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ツァラトゥストラはこう言った(上)

2008年01月09日 23:56

『ニーチェ』著 氷上 英廣 訳 岩波文庫 275ページ

「神は死んだ」

って、突然言われても、訳分からんよなあぁ…。
ニーチェの思想は、言葉は難解だし、深く果てしないし、
説明する私は勉強不足だしで、ホント紹介するのに気を揉みます。
分かりやすく、本書に載っている言葉を例に出して説明していきますが、
至らない点と、それちょっとニュアンス違うんじゃない?等は、大目に見てやってくださいませ。

「神」というのは、当時ヨーロッパの基盤にあった宗教、つまりキリスト教の神を指します。
「信じる者は救われる」、「右の頬を殴られたら、左の頬も差し出しなさい」。
こういった言葉は日本人の私たちにも馴染み深いものですね。
死んだら最後の審判があって、その人の生き方で天国へ行くか、地獄へ落されるかが決まります。

近代の思想では「最後の審判やら、天国やらある訳ないじゃん」と、批判し始めます。
ニーチェの場合、その近代思想とは異なるのですが、あえて触れず先に進みます。

・「私は身体であり、魂である」
この文章は、キリスト教を痛烈に批判しています。
欲を持たず、自己を犠牲にして、質素を美徳とし、右の頬を殴られたら、
むしろ相手の心を哀れみなさい。そして左の頬も殴らせてやんなさい。
おお、あなたはきっと天国へ行けます。大切なのは体でなく、精神なのです。

…なわけねーだろっ!!
と、ニーチェが言ったかは知りませんが、彼は「ケガして痛いから子供が泣くように、
体あってこその精神で、まして身体を軽蔑した自己犠牲なんてとんでもない!」と、
真っ向から反対し、忌み嫌ってさえいます。

そもそも、裕福な人が神に感謝するのはたやすい事なのです。
金持ち貴族たちを妬む平民に、「彼らは欲に目がくらんでる愚か者です。
欲を持たず質素に生活できるあなた方こそ、天国に行ける。皆で神を信じましょう」、
こう言ったら彼らはどう思うだろう。喜びいさんで信仰に加わったかはともかく、
ヨーロッパの基盤を形成するまでにキリスト教は発展した。
服従は命令より簡単で、宗教は「支配」の手段でしかない。ニーチェの批判はだいたいこんな感じ。

自分に正直に生き、体の求める欲を受け止め、生を肯定する。
捉え方を間違えば恐ろしい思想になる。実際この思想はヒトラーに影響を与えている。
ニーチェの思想はキリスト教批判から、超人思想、永遠回帰と進んでいく。
上巻では超人思想までが読み取れるが、およそニーチェの思想の集大成ともいえるこの作品を、
私はざっと目を通して、30%でも理解できていれば良い方だと実感した。
一つ言えることは、必ず入門書を先に読んでおくこと。
「」のような言葉のみで書かれているので、非常に、いや非情に難しい。

話自体は、主人公ツァラトゥストラが思想を語っていく。
彼は人々が崇拝して、心の支えにしていたもの(神)はいないと教える為、山を下りる。
「神は死んだ」と叫ぶツァラトゥストラを、人々は嘲笑した。しかし、彼は語り続けた。
上巻の最後に、彼はまだ自分が人々に思想を教えるには未熟すぎると悟り、また山へ隠れてしまう。

ツァラトゥストラは言う。
・「しかし、私は人間を愛しているのです」
この一言がニーチェの原点であると私は思う。
下巻でツァラトゥストラは、また山から下りてくる。そして再び語り聞かせるだろう。

「神は死んだ」と。


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