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正義の教室 闇からの声

2007年12月10日 23:33

『赤川次郎』著 角川文庫 237ページ

赤川次郎作品では、初の推理小説以外のもの。
「大人になる」という事を考えさせられる作品。5本の短編を収録。

ポイントは登場人物の中心が中学生くらいの子供のだという事。
「子供は純粋」とよく言うけれど、「純粋」とは一体何だろう。
「大人は汚い」とよく言うけれど、「汚い」とはどういう事なのか。

シザーハンズという映画をご存じでしょうか?
手がハサミの人間…という設定のアレです。
「財布を拾ったらどうする?①自分で使う、②好きな人にあげる、③警察に届ける」
この問題に対して、主人公のエドワードは「②番」と答える。

純粋とはこういう事をいうのかな…ふと私はこのエピソードを思い出した。
人にあげるのは罪になるかもしれない。だがそれは、無邪気な罪だ。
それが子供の純粋さであり、怖さでもあると思うのです。

「正義の教室」という作品は、この逆パターンの話だ。
文部科学省の発行した「心のノート」という、ゆとり教育の産物のような教科書を読んだ少年が、
その中の「この学校に正義はあるのか」という文言をうけ、学内の不正を告発していくというもの。

少年の告発はエスカレートしていき、ついに先生と女生徒が関係を結んだ事まで、
マスコミに公表してしまう。
彼の告発は、「正しい」かもしれない。
だが、結果的に少年の心には後悔しか残らなかった。
彼は「大人」へ近づいたのではないだろうか。


小さい頃は、早く大人になりたいと思っていたけれど、どうだろう?
逆に人はいつまで罪に純粋であり、また正しい事を貫けるのだろうか。
そして、それが良いことか、悪いことかは、きっと誰にも分らないのだろう。


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