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可愛い女・犬を連れた奥さん 他一篇

2007年11月29日 22:38

『アントン・チェーホフ』著 神西 清 訳 岩波文庫 122ページ

・犬を連れた奥さん
・ヨーヌィチ
・可愛い女

三作を収録。どれも短い話だが、切り口からじわりと血が溢れるように、
面白さが滲み出てきている。一作だけここでは「可愛い女」を紹介してみよう。

チェーホフは初めて読んだけれど、何か他の作家と違う印象を受けた。
もやもやしたものを感じつつ、読み終わった時、
「…なんか普通の話だったな…」こう思った。

そう、普通なのです。何か特別ドキドキするような事もないし、
言葉が美しく飾られているわけでもない。しかし、もやもやが残るこの感じ…。


オーレンカは誰からも愛される女だった。
そして彼女もいつも誰かを愛していなければ生きられなかった。

劇場を営んでいるクーキンと結婚した時は、
「この世で一番大切なものは、この芝居よ!」と知り合いに話していた。
そして、その夫が死んで木材屋と再婚した時は、
「木材を運ぶ運賃が大変なのよねえ」と話す。
まるで、今まで長い間、木材屋をしていたかのような話しぶりである。
そして、芝居に関しては「あんなもの、観る暇なんてないわ」と答える。

木材屋が死んでしまうと、次は獣医に恋をして、
「馬や、牛からも病気が感染なさったとか…」とくる。

誰も愛する人が周りにいなくなったら、彼女は抜け殻のように話すことがなくなる。

さて、はたして彼女のどこらへんが「可愛い女」であるか。
たしかに、周りからは「可愛い女(ひと)ねえ~」と言われている。
しかし、彼女はいつも夫のコピーである。

夫が寒いと思えば、自分も寒いと感じ、
夫が愚痴を言えば、自分もその愚痴を他人に聞かせる。

アイデンティティをまるまるコピーしているのである。
そして、それについて何も疑問に思わず、自分は幸せだと思っている。

話はそのまま、少年に対して母性愛が目覚めて…という終わり方。
最後になって、ようやく「あれ?可愛いってコピーすること?」と思った。

女性問題等も見え隠れする部分があるけれど、そこは置いておいて、
とにかく物語は、普通に終わってしまった。

残された私といえば、何かやっぱりもやもやを感じつつ本を閉じた。
この作家は、哀愁や、悲しみを残すことで有名らしいが、
もしかしたら、チェーホフの思惑にまんまとはまったのかもしれない。


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