スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

獄中記

2009年10月06日 23:25

オスカー・ワイルド』著 田部 重治 訳 角川文庫ソフィア 117ページ

今回は「獄中記」読んでみましたが、私にどこまで理解できたのやら甚だ疑問…(笑)。
「同性愛の恋人にあてた未練の手紙」という感想をよく見かけますが、
うーん、そうでしょうか。それだけで片付く作品では無いと思うんですが。

医者であり考古学者でもあった父と、作家の母との間に生まれたオスカー。
生まれながらにしてエリート芸術家だったんですね。
大学では優秀な成績を修め、ロンドンに出てからというものは、
学生時代に影響を受けた唯美主義を体現するかのような生活を送る。

いわゆる唯美主義は、「美しさの追求が人生の目的」ということ。
「ドリアン・グレイの画像」なんかを読んでると、この人は本当に「美しく生きる」という事に、
すごい情熱を燃やしてたんだろうなぁと思う。反面、ドリアン・グレイが最後にスゴイ結末を迎えるのは何故か。
ここら辺の矛盾、美しさの儚さっていうのはワイルド自身気が付いていたはずだと思うのに…。

「獄中記」の中でも、
「自分はこの世の園のあらゆる樹木の果実を味わいたい(略)、
 そして実際その通りに世に飛び出し、その通りの生活をした」とある。
ただ、そのあとに、
「私のただひとつの間違いは、園の陽のよく当たる側と思われる木にのみ専念して、
 その反対側を日蔭と陰鬱とのゆえに嫌って避けたことであった」と続く。

この正反対の世界…というのは、ワイルドの人生そのもの。
妻を娶って、子供が二人でき、作家としてノリに乗ってた頃、
「サロメ」の英訳者であるダグラスとの同性愛が発覚し、二年の懲役を受ける。
(ダグラスの父を名誉棄損で訴えたけど、逆に自分が法に引っかかったらしい…)
転落、とはまさにこの事。一年間は涙にくれて過ごし、その後「獄中記」の執筆が行われた。

華々しい生活を送っていたワイルドが転落して「日蔭の世界」を知ることになった。
「獄中記」はダグラスへの手紙という形式になってはいるが、転落した身だからこそ
見つけることが出来た芸術についての真理がつづられている。いわゆる「芸術論」という印象を受ける。

彼は「獄中記」の中で、楽しみや快楽の裏には苦痛・悲哀が潜んでいる、
けれど悲哀の裏には悲哀しかない…、そして悲哀こそが芸術で一番必要なことだと書いている。
それらがダグラスへの未練…と言ってしまえば話はそれで終わってしまうが…。

ただ、キリストを詩人と評し、こんなことも述べている。
「(キリストは)罪と悩みとをそれ自ら美しい聖なものであり、完成の様式でもあると見ていた」。
「罪人は懺悔しなければならない。なぜその必要があろうか。
 そうでないと自分のやったことを切実に知る事が出来えないからという簡単な理由による」
変化のない獄中の生活において、キリストの救いへ芸術論を展開するほどの精神を持っていた…。
そう考えることはできないだろうか。想像もできない転落を経験した人間が、である。

まあ、「芸術について完全になったからには、自分は牢屋に入れられたことを恥に思ってない!」
なんて言いつつ、出獄したら名前変えてますし、内容も「くっそ~!」と負け惜しみ的なところもあって、
倒錯した精神状態で、胸につかえてたものを吐き出したような作品だったのだと思います。
以後の作品でも目立ったものはないですし、才能に比して寂しい死を迎えた天才…という感じ。
時代が許さなかったのでしょう。彼の小説は現代の私たちが読んでも非常に魅惑的ですものね。
若者にウケるのも納得できます。彼の墓は今なお、キスマークが絶えないようです。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://hihidx.blog115.fc2.com/tb.php/354-19b57dcb
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。