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黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇

2009年06月07日 04:14

『ポオ』著 中野 好夫 訳 岩波文庫 268ページ

探偵小説作家?いや、それだけのジャンルでは到底計れないでしょう。
推理小説の原石であると同時に、その観察力は人の「負」の感情へも向けられている。

何かを見る時、目に近づけすぎるとよく見えなくなる。
そんな盲点を突く着眼点は、以後の作家たちに影響を与えたこと必至。
思慮深い思考能力は、すこぶる高度だ。

なるほどと思ったのは、さいころを四回振って四回6が出る確率と、
四回目にまた6が出る確率は…一見似ているようだが、まったく違うということ。
「モルグ街の殺人事件」では、証人たちが証言が、順々に紹介されていき、
デュパン青年がそれを精査していくのだが、なるほど、見落としがちな
(いかにも大衆が陥りそうな)盲点を観察力によって見事に突破している。
単純な中に落とし穴あり。日常にミステリーは隠れているという
シャーロック・ホームズのまさにそれ。ドイルは、ポオよりは後の作家なんですね。

ただ、個人的には探偵小説よりも、「黒猫」や「天邪鬼」といった、
人の一番混沌としたところから出てくる感情、行為などを捉えている作品の方が好き。

時として訪れる、一般的に理解しがたい「負」の感情。
「実はわれわれにとってある行為が悪であり、罪であるというその確信自身、
 いや、それのみが、かえってその行為を犯させる、唯一の、
 勝ち打ち難い原動力となっている場合が決して珍しくないのである」

~してはいけないということを、何故かしてしまうのは、
私たちにも理解できる。いわゆる「魔が刺した」というヤツだ。
その一瞬の感情を捉えて観察したら、こんな作品ができるのかなと思うのが「黒猫」。
黒猫を殺そうとして手斧を振り下ろしたが、それを庇おうとした妻を殺してしまった。
死体を壁に塗り込め、自信を持って警察の事情聴取にも応じていた主人公だが…。

主人公は「悪いこと」をしているのを理解しており、そして「良心」も持ち合わせている。
最後には必ずと言っていいほど、その「良心」がチラリと顔を見せる。
「天邪鬼」にしても、~してはいけないといのは、何も悪い事に限っていない。
例えば、殺人を犯したあと警察に、「この罪を白状してはいけないのだ」と悩むことなど。
その微妙さ、曖昧さは、何故か作品全体を美しく見せる。

ポオは詩作も手掛けているし、とても幅広い作家だったんですね。
その薄幸な人生と同じく、儚い美しさが印象的です。


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