スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

斜陽

2009年04月21日 00:40

『太宰治』著 新潮文庫 206ページ

おもしろい。

太宰治で素直にそう感じたのはおそらく今回が初めて。
作品自体の出来がいいから…というのもあるでしょうが、
それ以上に作家の考え方がやっと自分に染みてきたのだと思います。

津軽のお金持ちの家に生れ、六男坊という家長制度下では
さして重要でない立場にいた太宰は、乳母や下男と親しみ育った。
周りからはお金持ちのことして特別扱いを受けるが、
やがてその地位が他人を搾取した上で築かれたものである事に気づく。

デモクラシーやマルキシズム運動の流れが主流になりつつある頃、
自分の立場が罪に感じ、その運動に参加することで紛らわしていた。
しかし、徐々にその運動にも違和感を覚え、残る道は自らの死だけであると思い、自殺を図る。

「人間失格」では、真に人間であろうとするほど、この世は生きにくいものなのだ…
という主張が読み取れたが、そこから分かるように元来この作家は純粋すぎたのだ。
ただ、太宰治は「負」の作家というだけではない。「走れメロス」のような人間の可能性、
希望を(それは理想に近いかもしれないが)見出そうともがいた作家だった。

さて、「斜陽」では4人の人物が登場するが、それが一人一人太宰治の姿なのだと分かる。
気高く最後まで「貴族」でありたいと願う自分(階級的な貴族ではなく、心の気高さをもつ意味の「貴族」)。
コンプレックスに悩み、デカダンに遊楽し逃げている自分。
それぞれが揺れ動く作家自身を投影している。

太宰治の人生を知ったとき、私たちは作品の中に彼自身を見つけることになる。
その悩みに同調し、かくもこの世は生きにくいと心は揺れ、その中でも希望を見つけたいと望む。
「斜陽」では、その悩みを映しているのが自殺をする弟、直治であったり、
流行作家だが虚しい放蕩の毎日を繰り返す上原であったりする。
逆に、気高く死んでいくママや、主人公のかず子なんかは「希望」であったりするのだろう。

太宰は40歳を手前に自殺するが、最後の作品となった「グッド・バイ」や、
ひとつ前の「人間失格」が物語るのは「かくもこの世は生きにくい」ということだ。
最終的に彼の行きついたところは、やはり「希望はあくまで希望であった」ということか。
はたしてそれは定かではないが。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://hihidx.blog115.fc2.com/tb.php/293-67f098f8
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。