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クロイツェル・ソナタ 悪魔

2009年03月22日 23:31

『トルストイ』著 原 卓也 訳 新潮文庫 215ページ

性について、トルストイのストイックな主張が読み取れる2作品。
どちらも言うことに理屈が通っているので、やっぱりすごいなーと思わざるを得ない。

クロイツェル・ソナタついて取り上げてみると、列車の中で数人の男女が
離婚問題について論じている。一人の男がその問題について、
「女は男を恐れるべきである」という主張をするが、周りの者は「古い考えだ」と反論する。
男はかつて、妻が不貞を働き、それが元で妻を殺したことを告白する。

彼はそこにいたるまでのいきさつと、人間は性に対してどうであるべきかということを語る。
後書きの解説で、男女の関係をまとめた文があったので、トルストイの言いたいことを要約すると、

第一は、男性に対する女性の隷属。
第二は、男性に対する女性の反抗。ここでは女性も権利の平等を要求する。
第三は、偽善の仮面を被った道徳。

つまり、男性が性的な対象として女性を見る→女性はそれを受けた上で、
(つまり要求にこたえ、隷属を承知の上で)引き換えに権利を要求する→
そして、その性の結びつきを世間は愛という言葉で飾り立てる。
と、簡単に言うとこういうことなのだが…。

人間は真の目的を求めて生きるのであれば、性欲や性行為は目的の妨げである…とトルストイは言う。
極論を言えば、目的を達した人間は死んでもよいのである。
かといって、逆に動物のように生み増やすことを目的とする人間はいない。
性欲が死に対する予防剤となっている…そんなニュアンスにも読み取れる。
しかし、死んでもいいほど高尚な目的を持っている人間など、本当にいるのだろうか?

たしかに性欲というものがなくなれば、そこから生まれるわだかまりや、問題もなくなり、
動物的に子を産み育てる行為のほかには、愛と名付けごまかす欲望的な気持ちもなくなるかもしれない…。
しかし、トルストイとて自分の浮気問題がなければ、この事を深く追求しなかったであろうし、
現に一夫一婦制を貫いている人間もいるのだから、私としては少し見方を変えれば、
まったく違った考え方が生まれる可能性もあったじゃない…と思う。

ただ、ここまで自分の主張を強く立派な理屈として、作品にするのは難しい。
トルストイは、この2作品以外にも、性についての考察に関するものを、いくつか書いており、
その生涯で大きなテーマになっていたことは間違いない。
一つの事柄にここまで深くつきつめて考える人だったのかなあと思うと、
やはりスゴイ作家だったのだなあと、尊敬を感じ得ない。


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