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毛皮を着たヴィーナス

2008年11月17日 20:57

『L・ザッヘル=マゾッホ』著 種村 季弘 訳 河出文庫 235ページ

サドを読んだらマゾッホも!
というわけで、マゾヒストの語源になったマゾッホ氏の作品。
私的には、サドの「ソドム百二十日」よりは価値のある作品かなと思いました。
少し脱線するけれど、有名な嗜虐SF小説の家畜人ヤプーでは、本作の登場人物、
及びマゾッホの愛人、アンナ・コトヴィッツの名前が用いられている。

参考までに
ソドム百二十日 →http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-240.html
家畜人ヤプー  →http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-17.html

思ったよりもHな内容ではなく、表現も生々しくはない。
「ソフトSM」という言葉もあるように、今日では言葉攻めだの、
軽い拘束プレイだのを楽しんでいるカップルも珍しくありません。
人間はそもそも、どちらの要素も持ち合わせている…と言いますが、
では、それを引き起こすものとは一体何なのか?
この作品では、その答えを明確に見せつけられたような気がします。

ゼヴェリーンは狂おしく一人の女性を愛していた。
その女、ワンダはとてもギリシア的な女だった。享楽を愛し、快楽を良しとしていた。
自由すぎる彼女を愛人として引き留めておくのが無理ならば、奴隷になって自分が傍にいるしかない。
ゼヴェリーンは自分からそれを選んだのだった。

「私は相手があんまり身を捧げてくれると、傲慢になるの」
そう言って鞭を振るうワンダ。男にとってみれば、愛すればこそのマゾヒズムの享受なのだ。
奴隷としての扱いをした後、必ずワンダは昔の恋人同士のように優しく接する。
ゼヴェリーンを腕にかき抱いて、唇を貪る。

「今ならまだ戻れるわ。あなたは本当にこれでいいの?」
彼女はもとの恋人に戻りたいのだろうか…それとも。

いつか、本当に引き戻せない(本当の支配の快感)に目覚めるときが来るのだろうか。
恋人たちが最後に行き着くのは、どこなのだろうか。
クライマックスで、ワンダから届いた手紙の内容に鳥肌!
これは誰でも経験するかもしれないことなのだ!そう思うと、空恐ろしい。
人間の愛の形はいろいろだなあと、余韻を引く作品。なかなか面白かったです。

「人はたぶん、自分の上に立っている者しか愛することはできないのです」
…うーむ。


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