スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ワーニャおじさん

2008年08月31日 01:15

『アントン・チェーホフ』著 小野 理子 訳 岩波文庫 148ページ

シェイクスピア同様、戯曲という形で展開されていく内容。
これまたチェーホフの得意な「哀愁を残すような」作品です。

最初、通して読んだ時には「ふーん…」という感じ。
田園生活を四幕で描いた作品で、何か特別な事が起こる訳でもない。
しかし、当時公演された時には、すごい反響があったようで、意外に思えた。

その訳を知るためには、ロシアの歴史的事実を学ばなければならない。
世界史を知らないと、少し理解が及ばない作品なので、私には難しかったです。

夏の初め、ソーニャの父セレブリャコーフが教授の職を退き、
若い後妻エレーナを連れて(ソーニャの母は彼女が幼いうちに死んだ)、
田舎屋敷に戻ってきた。早起きの一家の生活は、夜中に教授の手伝いをさせられたり、
自分の老いと病を愚痴る身勝手なセレブリャコーフのため、すっかり変わってしまう。

主人公のヴォイニーツキイ(ワーニャおじさん)は、教授を崇拝して領地収入を貢いできたのだが、
最近彼に失望して、憤懣やるかたなく、その反動のようにしつこくエレーナに言い寄る。
後半、森林伐採を批判する医者アーストロフもエレーナに言い寄り、仕事そっちのけで屋敷に入り浸る始末。

ちやほやされた現役自体を忘れる事が出来ないセレブリャコーフは、
もう一度都会で暮らすため、領地を売って利回りの良い有価証券に変えようと言いだしたから、
ヴォイニーツキイの怒りが爆発する(かつてはこの領地は自分たち親族のものだったから)。
セレブリャコーフ目がけてピストルを打つヴォイニーツキイだったが、その弾ははずれる。

最終的に、セレブリャコーフとエレーナは、逃げるように都会へ行ってしまった。
ヴォイニーツキイは今まで通り働いて、領地収入を貢ぐことを約束する。
かくして彼らは元の生活に戻り、単調な日々を繰り返すことにしたのだった。
幕が閉じる最後の場面で、ソーニャはこうヴォイニーツキイに語りかける。

「ワーニャおじさん、生きていきましょう。長いながい日々の連なりを。
 果てしない夜ごと夜ごとを、あたしたちは生き伸び、運命が与える試練に耐えて、
 今も、年老いてからも、休むことなく他の人たちのために働き続けましょう。
 そして寿命が尽きたら大人しく死んで、あの世に行き、
 「私たちは苦しみました。泣きました。ほんとにつろうございました」と申し上げましょう」

ロシアの圧政の事情から鑑みると、「出る杭は打たれる」ような時代、
ただもくもくと生き続ける事を皮肉った様子がうかがえるけれど、私見だけでは定かでない。
フェミニズムや森林伐採反対などの内容が盛り込まれているあたり、
当時の若い知識人に強く訴えかける作品だったことは間違いないようだけれど。

ロシアの歴史と、人名とがなかなか馴染めないので、難しいかもしれない。
阿刀田高氏の解説書シリーズでチェーホフを扱ったものがハードカバーで出ていたので、
そちらを読んでからだと、より理解が深まるのではないかと思う。

しかし、奥が深い。日本文学の奥の深さと少し通じるところがあるように思えた。
一度読んだだけでは理解できないと思う。読んで、背景を知り、また読んで…くらいがちょうど良いのでは。
ただ、派手さがないので、どうしても繰り返し読むことに飽きが来てしまう。
世界の文豪相手に大変失礼ですね。申し訳ありません。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://hihidx.blog115.fc2.com/tb.php/164-31366ca3
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。