スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハックルベリー・フィンの冒険(上)

2008年07月17日 20:57

『マーク・トウェイン』著 西田 実 訳 岩波文庫 278ページ

ハックルベリーといえば、あのトム・ソーヤーの友達。
浮浪児で学校に行かず、自由気ままに毎日を暮らしているハックは、みんなの憧れの的。
前回の『トム・ソーヤーの冒険』では、財宝を見つけて6千ドルという大金持ちになったトムとハック。
お金は町の判事さんが管理しているけれど、ハック自身はちっとも関心がないみたい。

『トム・ソーヤーの冒険』はこちらから↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-117.html

一躍有名になったハックは、未亡人に引き取られて、今までの気ままな生活から、
学校へ行って読み書きをして、普通の家庭の教育までを教えてもらえることになった。
けれど、タバコは吸えないし、お行儀作法やら食事の前のお祈りやら、
ハックにとっては窮屈極まりない生活だった。

ある日、これまた浮浪者で飲んだくれの父親が、ハックがお金持ちになったことを知って引き取りに来る。
もちろん、お酒のお金が必要だからというのは目に見えている。
ハックは一計を案じて、黒人奴隷のジムと一緒に筏に乗って街を抜け出した。

筏でミシシッピ川を何日も下り、釣りをしたり、昼寝をしたり、泳いだり、
時には途中の街に寄ったり、難破船の捜索をしたり…。
どこまでもどこまでも下流へ旅をしていく。

何日も川を下る旅をするなんて、日本に住む私たちにはあまり想像が出来ない。
アメリカのこういった自然を感じる文学は、どうも雄大すぎて馴染めないのが残念なところ。
しかし、南北戦争時代の、何となくゆっくり時間が過ぎていくような生活にあこがれを感じる。
この小説には目的がない。ハックはどこへ行く当てもなく、いつか故郷の町へ戻りたいという気持ちもない。
ただ、一日一日を自由に過ごしているだけだ。

大型船とぶつかって、川に投げ出された時、たまたまそこの岸の近くの家にお世話になることもあった。
何不自由なく、毎日おなかいっぱい食べれて、着るものもあるけれど、結局のところハックは筏の生活へ戻る。
裕福な生活が、実は色々な制約で縛られているという事を、気が付かないまでも感じているかのように。

そんな風に生きているハックだから、同じ少年でもトム・ソーヤーとは少し違っている。
どこか現実的に物事をとらえるようなところがあって、子供だけれど発想は大人びている。
面白かったのは、ハックが父親から教わったこと、

「とうちゃんから教わった事は何もないけれど、とうちゃんと同類の連中と付き合うには、
そいつらの勝手にさせておくことがいいってことだけは、教わった」
こんなハックだから、頭の良さは抜群。とっさの嘘も得意で、色々と危ない場面も切り抜ける。
まさに、「冒険」というタイトルに相応しい内容。

作者のマーク・トウェインは、この作品を深読みして、教訓などを読み取ろうとすることを拒否している。
この本から教訓を読み取ろうとするものは訴えられたいい。とまで言っている。
それもそのはず。読んでみたら分かるけれど、この本は気ままな旅を一緒に同行している気分になれる。
そこに教訓だのなんだのと、自由に生きるハックに求める事がすでに意味がない。

アメリカ文学は、登場人物の感情や性格、人間性の重みが薄いと言われるけれど、
正直なところ私もそう思う。これは、そういう人物像に重点を置いた物語なのではなく、
自然や、時間の流れにとらわれないきままさ、穏やかさを感じる物語なのだと、そう感じる。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト


コメント

  1. ふー | URL | -

    岩波新書のをよんだんですけど、話がだんだんこんがらがってきてしまいました
    深読みするなと書いてありましたが、物語の中では奴隷制真っ只中ですよね
    最後に“自由の奴隷をまた自由にする”って言うのはどぉ言う意味だと思いますか
    そして、トムはジムが自由であったことを知っていたにも関わらず、冒険がしたかったからあのような芝居をしてたんですよね

  2. ひひ | URL | /1jwPX2s

    はじめまして!

    こんばんは。コメントありがとうございます!
    私も正直なところ、この本は読んでると深読みしてしまってました。
    ただ、この作品に関してマーク・トウェインが持っていた気持ちは、上巻と下巻で大きな隔たりがあると思うんです。
    上巻での現代の制約にとらわれない少年の姿を描いた作品から、下巻はペテン師が加わって、急に人間の愚かさが強調されてきたと思いますし、
    奴隷を逃がしたことについてハックが真剣に考え出すのも後半からです。

    私の意見で恐縮ですが、やはりこのマーク・トウェインという作家が、何も教訓の入ってない話を書くということが考えにくいのです。
    それに反して「深読みするな」と言うのは、推測ですが、ただ単に「何も考えずに自由なハックと共鳴してほしい」という作家の想いなんだと思います。

    「自由の奴隷をまた自由にする」のは、トムはジムが自由の身であることを知りつつ、
    冒険心から(どうせするなら大がかりに)自由にしてやろうという事なんでしょうね。
    奴隷の問題について、ジムを最後に開放するということを考えれば、
    作者は奴隷解放派で間違いないとは思うのですが…。
    結論的に言うと、やはり考えさせられる作品ですよね。
    作者自身も中途半端で揺れていると気づいていたのではないかと思いますが…。
    偉そうなこと言ってますね、すいません。

    トム・ソーヤーの冒険は読まれましたか?幾分大げさすぎますが、
    トムという少年がどれだけ冒険にこだわるか、仰々しさを重視するかが分かります。
    ジムに対する芝居は、普通に考えたらひどい話ですが、
    当時の白人の子供が黒人奴隷を扱う態度としては普通だったのでしょうか。
    そこも踏まえてのトムの登場だったのだと考えるのは、やはり深読みのしすぎでしょうか?

  3. ふー | URL | -

    お答えありがとうございます!
    とてもなるほどと思いました!

    トム・ソーヤはハックの前に読みました(^_^)
    確かにトムはとても冒険が好きな腕白者ですよね( ̄∀ ̄)
    毎回のイタズラ、笑ってしまいましたよ(^^)


    今回のハックルベリー・フィンの冒険の作品では、ハックとトムとで明らか黒人に対しての考え方が違うと言う事ですよね?
    ハックは本気でジムを助けようと思ったのにトムは自分の大好きな冒険のためだったんですもんね?


    奴隷制を背景にしたこの本は、奴隷解放の宣言を出して、しばらくして出版されました。読み手としては、現実では奴隷制はなくなったのに本の中では奴隷制。
    奴隷制がなくなっても黒人は本当に幸せになっているのかを考えさせているって言うのもありますかね?

  4. ひひ | URL | .mYluWXM

    ふーさんへ

    おおっ、そういうところまで気がつきませんでした。
    そうなると、やっぱり奴隷制の暗い部分に焦点を当てた、重い作品ともいえますよね。

    マーク・トウェインの「人間とは何か」という本が岩波から出てますが、
    これはこの作家の考え方を理解するのに、ヒントになるかもしれませんね。
    (恥ずかしながら、まだ読んでませんが・・・えへへ)

    トム・ソーヤーは笑えますよね。微笑ましいというか…。
    明らかに文学価値はハックに軍配があがるでしょうが、
    私はトムあってのハック、ハックあってのトムの物語だと思います。

    こうして本の内容を深く語り合える場というのはなかなかないので、
    ふーさんのようなコメントが貴重でありがたいです。
    とても感受性のある読み方をされてると思いますし。
    また、気軽に遊びに来てくださいねッ(^皿^)//

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hihidx.blog115.fc2.com/tb.php/143-103bfeb9
この記事へのトラックバック



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。