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そして誰もいなくなった

2008年07月15日 18:56

『アガサ・クリスティ』著 清水 俊二 訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 266ページ

とにかく有名なクリスティ代表作。
誰もが一度はこの本のタイトルを聞いたことがあるでしょう。
気がついたら終わっていた感じで、不気味さが始終付きまとった作品でした。

それぞれ見も知らぬ、さまざまの職業、年齢、経歴の十人の男女が、
U・N・オーエンと名乗る一人の男からの招待状を手に、デヴォン州沖にあるインディアン島へ向かっていた。
不気味な、岩だらけの島だった。やがて一行は豪奢な大邸宅へとついたが、
肝心の招待主は姿を見せず、そのかわりに見事な食卓が待っていた。
不審に思いながらも十人が食卓に着いたとき、どこからともなく古い童話がひびいてきた。
つづいて、十人の客たちの過去の犯罪を、一人ずつ告白していく不気味な声が…!
                                     (裏表紙の紹介より)

古い童話というのは、マザーグースの唄にあるインディアンの子守歌。

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十人のインディアンの少年が食事に出かけた。
一人が咽喉を詰まらせて、九人になった。

九人のインディアンの少年が遅くまで起きていた。
一人が寝過して、八人になった。

八人のインディアンの少年がデヴァンを旅していた。
一人がそこに残って、七人になった。

七人のインディアンの少年が薪を割っていた。
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった。

六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた。
蜂が一人を刺して、五人になった。

五人のインディアンの少年が法律に夢中になった。
一人が大法院に入って、四人になった。

四人のインディアンの少年が海に出かけた。
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった。

三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた。
大熊が一人を抱きしめ、二人になった。

二人のインディアンの少年が日向に坐った。
一人が陽に焼かれて、一人になった。

一人のインディアンの少年が後に残された。
彼が首をくくり、後には誰もいなくなった。

-----------------------------------------------------------------------------

交通手段のない島で、取り残された十人が一人、また一人と唄の通りに死んでいく。
この中の一人が犯人なのか、それとも殺人狂が島のどこかで隠れているのか。
それとも、本当に罪を裁く神がいるのか…。

推理小説というカテゴリーではないと思う。
犯人の推測などは逆にこの小説を陳腐な現実感で包んでしまう。
ファンタジー色溢れる童話と、繰り広げられる殺人のギャップ。
クリスティの評価の高さが、その発想性に置かれることは、誰もが認める事だ。

可愛いものが不気味さを併せ持っている事は、ルイス・キャロルの作品でもそうだし、
ホラーを観てても子供のお人形がしゃべったりすることや、日本の「とおりゃんせ」でもよくある事。
「怖もの見たさ」という言葉がある通り、読者は少なからず不気味さを欲しているのだと思う。
さしずめクリスティは、それを自在に操ることができる小説家というところだろうか。

有名だから読むというだけではもったいない作品。
やっと読めて満足です。


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