スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

やさしいダンテ<神曲>

2008年04月26日 00:12

『阿刀田高』著 角川書店 295ページ

先日紹介した、ドレ画の神曲。岩波文庫の難解な「神曲」を諦め、
まずは絵を介してその迫力を感じたわけですが、今度は阿刀田さんのシリーズで入門編という事に。
前回のドレ画「神曲」はこちら↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-76.html

やっぱり先に阿刀田さんを読んでて良かったなあ~という感じ。
この人は本当に知識が深いですね。それが資料に基づくものであっても、簡単にこういった類の本を書けるものではないと思います。
シェイクスピアにしろ、コーランにしろ、日本文学にしろ…。特に「神曲」は聖書も神話も歴史も、解説には大いに知識を要する文学なので、
生半可に物知り…というだけでは網羅できないところでしょう。

まず大前提として、「神曲」は超キリスト教中心文学であるということ。
地獄・煉獄・天国の三つの世界を、ダンテが旅していくのは周知のところですが、イスラム教の始祖、マホメットが
地獄で切り裂かれてるところなんか、もうちょっと多宗教に対して寛容なところがあってもいいのになあ…と思ってしまう。

順を追って話すと、ダンテは1300年頃にこの冥界巡りを経験し、およそ丸一日かけて三つの世界を旅し、現実世界に戻ってきた。
その目で見た事を著書にしたのが神曲なのだけれど、その中には当時の友人から政敵、はたまた神話の人物から、
歴史上の皇帝まで、ありとあらゆる人がキリスト教、もといダンテの善悪判断で死後の世界をさまよっている。

私たちからすれば、この人ってそんなに悪い人かなあ?と思えるパターンや、
え?この人天国に入れないの!?という人も多く、その基準は推察しがたい。
まあ、そこは神様が決定したことだから、私たち人間の推し量れない領域なんでしょう。
地獄では前回の解説通り、悲惨な状況の中をダンテとウェルギリウスが見聞していく。
そもそも、なんでダンテが冥界巡りをする事になったのか…?

彼が生涯の中で本気であこがれ、愛した女性は一人だけだったようだ。
それは、彼を冥界巡りに導いた女性、ベアトリーチェ。生前、彼女に会ったのは、
二回ほどだったようだが、その神秘的な美しさの虜になってしまったようだ。
現在の私たちからすれば、それっていわゆるストー…げほっげほっ…な訳ですが、
ダンテにしてみれば、ベアトリーチェは天国の最上階に召されるほどの人だったらしく、
彼女が若くして死んだあと、ダンテはその御心に導かれて見聞の旅に赴く…といった筋書きのよう。

ウェルギリウスはその案内役を仰せつかってやってきた訳だが、何でも知ってるもの知り屋さん。
悪魔に襲われそうになっても、ウェルギリウスがいれば安心そのもの。
「私につかまってれば大丈夫。心配することはない。神が守ってくれる」と頼もしい。
そんなことで、まずは地獄を下へ下へと進んでいく二人。
地獄の裁判官(日本で言う閻魔大王のような感じ)ミノスが、罪人を裁いている。
そのしっぽを何回体に巻きつけるかで、その罪人が第何層の地獄へ落されるかが決まる。
地獄については前回紹介したので、そちらを参照して頂ければと思います。
ただ、阿刀田さんの解説する「神曲」の世界は、筆者の筆舌をもってしても簡単に説明するのは難しい様子。

そりゃそうだよなあ、だって歴史の政治問題とか、神話のマイナ~な話とかがわんさか出てくるんだから…
と、読者側もそこはそんなもんだろうと納得して読み進めていくしかない。

地獄の最下層、コキュートスから脱出して煉獄に入った二人は、そこに高名な詩人たちが集まっているのを見る。
話は脱線するかもしれないが、キリスト教が普及する前の世界の扱いは、「神曲」ではどうなっているのか?
なんせキリスト中心の世界なんだから、キリストが生まれていない時代は帰依することができない。
なので、アダムやイヴ、ダビデといった英雄たちは、キリストが生まれるまでは天国に入れなかったらしい。
キリストが天に召されてからのち、煉獄にいた彼らが神の御心で天国へ引き上げられたらしい。
そこまで徹底して天国へ導いていく人を選別しているのだから、煉獄に著名な人が集まってても不思議ではない。
彼らは天国に昇るためにここで罪を浄化しなければならないらしい。そこが煉獄の定めだ。

この三世界のなかで一番中途半端なのが煉獄。重い石を背負って懺悔している人たちや、
眼を縫い合わされて現世の罪を浄化している人、地獄と一見同じように責め苦に合っているように見えるが、
決定的な違いは、彼らがそれを喜んで受け入れているのであって、こうすることでいつかは神のもとへ行けると希望を抱いていることだ。
ダンテは彼らと話をしながら、これまた何層もある煉獄を、今度は上へ上へ昇っていく。

そして、ついに天国へ足を踏み入れるダンテ。
ベアトリーチェとの再会。その美しさにダンテは気を失いそうになるけれど、彼女は久々の再会なのに手厳しい。
「ダンテよ、かつて私を愛した人よ。私が死んでから、あなたは堕落しましたね」
これにはダンテも参った。自分を恥じてうなだれる。しばらくはお説教が続くけれど、その後はベアトリーチェの導きで天国の層を巡る。

ダンテも、筆舌に尽くしがたいと何度も著書の中で述べているように、天国の眩しさや喜び、美しさは表現できそうもない。
ただ、出てくる面々がすごい。ヨハネ、ペテロ、パウロ、マリアにガブリエル。
ベアトリーチェはその最上階の「すごい人たち」の一席に加われるほどの人物らしい。
あんた…二回しか会ってないくせに。
そういう突っ込みはなしにして、その最後の天上人たちが集まる場所を目の当たりにして、ダンテの旅は終わる。

長くなってしまったけれど、だいたいこんな感じ。
私でも一丁前に概要を説明できるくらいにはなれる本なので、ダンテを読む前には絶対読んでおきたい一冊。
ただ、やっぱりそれなりの宗教・神話の知識があった方が面白い。できたら歴史も…。
特に聖書は知らないと話にならない部分が多い。すこしだけ努力してそこは学んでからの方がいい。
「神曲」を読んだ芸術家、ダヴィンチ、ミケランジェロ。彼らの芸術作品にも影響を与えたダンテの「神曲」。
死後の世界が漠然としかなかった当時、明確なイメージをたたき出した彼の作品は、
キリスト教世界に旋風を巻き起こしたに違いない。ルネッサンスの先駆けになったのも頷ける。

まず、私たち日本人が天国に入るためには、キリスト教に帰依して洗礼を受けることから始まり、
欲望を捨てて貞淑に生き、食欲に負けず、嘘を付かず…と、やることが沢山ありそうですがね…。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://hihidx.blog115.fc2.com/tb.php/118-8e4a0437
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。