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審判

2009年10月31日 23:32

フランツ・カフカ』著 本野 亨一 訳 角川文庫 313ページ

カフカの長編三部作、「アメリカ」、「城」、そしてこの「審判」。
前に「変身」を紹介しましたが、一貫して孤独がテーマになってます。

「変身」でも、カブトムシになった主人公を尻目に変わっていく家族たち、
そして最後に主人公が死んだときに、ピクニックに出かけるという結末、
こういったところで「孤独」が常に付きまとっていましたが、
今回はさらに「不安」というのが、その上に輪をかけていました。

<あらすじ>
ヨーゼフ・Kは、ある朝突然、逮捕される。何の罪かは分からない。
彼を捕まえに来た人たちも、何の罪に問われているのか分からない。

裁判所から最初に審判に呼び出されて応じ、大勢の傍聴人の前で、
逮捕を不当だ、処理が煩雑だと裁判所を批判して見せるも、その聴衆はすべて裁判所の役人だった。
一回目の審判からは、心理が進展を見せることなく、Kは通常通り銀行の重役として出勤する日々を送る。

叔父が裁判を受けていることを心配し、弁護士を紹介してくれる。
しかし、遅々として進展はみられない。弁護士は「そういうシステムだ」とか、
「勝機をつかむのは人脈だ」ということを、こんこんと説教して聞かせる。

裁判所の人脈に通じている画家を紹介されたKは、その人物ティトレリを訪れる。
そこで裁判には、「形式的な無罪か、進行妨害しか道はない」と教えられる。

物語は突然に終わりを迎える。二人の役人がKを石切り場へひっぱってゆき、
彼の心臓を一刺しにしてしまう。「犬のようにくたばる!」とKは叫び、死んでゆく。
-----------------------------------------------------------------------------
結局、Kの罪は何だったのか分からない。そして、裁判所の実態も分からない。
今行われているという審判が非常に不利な方向へ動いていること。
裁判所が得体も知れない組織で、Kは最初の入り口にしか到達していないこと。
遅々としている弁護士。5年も裁判を続けている商人との会話。完全な無罪を望めない事を教える画家。
実態が見えない中で、断片だけが延々と説明されていき、漠然を不安だけが募っていく。

「本当の犯人、つまり、高い地位にいる役人、まだ一度も彼の前に姿を現す勇気のない
 この連中が、厳罰に処せられるよう、尽力せねばならぬと決心した」

「この厖大な裁判組織は、いわば永久に浮遊の状態にあり、その上にいる我々が
 赤手空拳、なんらかの改革を試みたとしても、かえって自分の足場をはずして墜落する(略)」

前者はKの心情、後者は弁護士のセリフですが、実態が分からずにもがいているKに対し、
弁護士が裁判組織の現状、長いものに巻かれろと諭している状態が伺えます。
Kは孤独な反駁を続け、最終的には「負けて」しまう。カフカはこの不条理に対して答えは出していない。

カフカの人となりが、巻末のあとがきで紹介されていますが、
家族や仕事など、あらゆるところで孤独な人だったようです。
「文学でないものを嫌悪する」人物で、くらだない仕事に日々を費やされ、
悪夢にうなされ、不眠が続く…そういう(彼にとって)不幸な毎日だったのだとか。
こういう明らかに「陰」オーラを出してる作家は、基本的に好きですが、中でもカフカは最強クラスですね。
解釈はいかようにもできるのは、「変身」のところで述べたのと同じ。参考までにですが、
ゲーテの「ファウスト」の散文訳でお馴染み、池内紀氏が解釈の書籍も多数出しておられるようです。

翻訳は、可も無く、不可もなく。淡々と綴られる組織の深遠さにはマッチしているほうかと思います。
岩波の方がメジャーのようですね。辻ひかる氏の翻訳は読みやすさに定評があるようです。
本書は未完の作品となっており、完成していない断片部分も収録されています。


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ドイル傑作集2 海洋奇談編

2009年10月28日 23:42

コナン・ドイル』著 延原 謙 訳 新潮文庫 221ページ

先日の「ミステリー編」に引き続き、第二弾の「海洋奇談編」へ。
その名の通り、海をテーマにした作品が収められているのですが、
ドイルが晩年になって、テーマごとにカテゴライズしたのは先日紹介したとおり。

経緯○○度、緯度○○度…といきなり言われても分からないような所もありますが、
さらっと読み飛ばすのであれば、問題はありません。
ドイルが医者として、一年間船医をしていた経験が生きた作品たちでした。

収録作品は以下の6作。
・縞のある衣類箱
・ポールスター号船長
・たる工場の怪
・ジェランドの航海
・J・ハバクク・ジェフスンの遺書
・あの四角い小箱

日本をテーマにした作品がある…というので楽しみにしてたのが「ジェランドの航海」。
横浜が舞台なんですが、うーん…別に日本でなくてもよかった内容かな。

面白かったのは、実話のメアリー・セレスト号(マリー・セレスト号)を取り扱った作品。
「J・ハバクク・ジェフスンの遺書」というタイトルですが、このジェフスン博士が、
未だに謎の解けていない、「無人で漂流していた船」、メアリー・セレスト号の客として乗っており、
どうして船が無人で漂流していたかという謎を、遺書によって解き明かすというもの。

全体としては、自由に作品書いてるなあ~~という、筆の進みが早い印象を受けました。
「ミステリー編」よりか、スケールが大きくてドイルらしいかなと思うので、こちらの方が好きです。
ただ、「これ!」と印象に残るようなのは少なく、面白いが、感銘は受けない。
あくまでも、ドイルの作品では、こういうのもあるんだな、という感じ。

残すところは、「恐怖編」のみですね。また、紹介します。


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ハツカネズミと人間

2009年10月27日 01:08

スタインベック』著 大浦 暁生 訳 新潮文庫 156ページ

文句のつけようがない名作を、久々に読んだ気がします。
前回の「赤い小馬」と同時購入しましたが、こちらの方が読みやすく入りとしてはお薦め。

<あらすじ>
大恐慌時代のアメリカ。多くの労働者たちは、日々長時間働き、
もらったお金は博打や、酒に使っては、また働くという事を繰り返していた。

ソルダードの農場へ労働者としてやってきた、レニーとジョージ。二人は対照的だった。
頭が悪くてすぐに物忘れをするが、心は優しく力持ちのレニー。
頭の回転が速く、いつもレニーの面倒を見ている小男のジョージ。

農場には黒人のクルックス、老人のキャンディなど、孤独な者ばかり。
その中で、二人はいつか力を合わせ自分たちの土地を買い、ささやかながら生活をする事を夢見ていた。
いつか自分の牧場でウサギを飼う事をレニーは夢み、その情景をジョージはいつも語って聞かせるのだった。
そんな二人の愚かしくも純粋な夢に、黒人と老人も、しだいに感化されていく。

しかし、レニーは農場の息子の妻を、悪気はないが手に掛けて殺してしまう。
ジョージはレニーがリンチを受けることを防ぐため、苦渋の決断をするのだった。
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中編小説の分類になるのでしょうけれど、非常に上手くまとめられています。
感想としては…後味が悪い結末ですが、温かさが残る作品。

労働の最下層にスポットライトを当て、その孤独な渡り者が多い中で、
二人の固い友情を詩的に描き、そして最後には現実を突き付ける。
単に「悲劇として落とす」のではなく、最後まで美しい友情を保つ所が一線を引く。
それは、登場人物の一人、黒人のクルックスと、二人の交わすセリフが対照的な事に表れる。

「黒人だから、飯場へ行ってトランプ遊びもさせてもらえねえとしてみろ。
 どんな気がすると思う?ここに閉じこもって、本を読んでなきゃならねえとしたら?(中略)
 人間には仲間が必要だ―そばにいる仲間が」(クルックスのセリフ 101ページ)

「だって、おれにはおめえがついてるし―」
「おらにはおめえがついている。おらたちゃ、そうさ、たがいに話し合い世話をし合う友達どうしなのさ」
(ジョージとレニーのセリフ 144ページ)

たとえ、ささやかな夢は叶わなかったにしろ、弱者へ共感溢れる優しいスタインベックの人柄が伺えます。
大浦さんの訳も、非常に読みやすくてイイです。
これだけ良い作品なら、当然他のものにも期待がかかるところですが、
スランプのような時期もあったらしく、結構作品には生みの苦しみを伴う作家だったのでしょうか。

ストーリーのまとまりから映画化しやすかったのでしょうか。
ゲイリー・シニーズジョン・マルコビッチ主演で「二十日鼠と人間」というタイトルで映画も出てます。


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魔女の宅急便 その6 それぞれの旅立ち

2009年10月22日 02:34

『角野栄子』著 佐竹 美保 画 福音館書店 405ページ

「魔女の宅急便」シリーズも、遂に最終巻になりました!
10/7に発売で早速購入。最後にふさわしく、400ページを越える分厚い本になってます。
長年の恋を実らせて、キキととんぼさんはついに結婚!
前回の5巻から数えて、15年の年月がたった設定なんですが、
11歳になる双子の子供が今回の主人公です。キキに子供とは!いやはや。
これまでの紹介はカテゴリー「児童書」より。

<あらすじ>
キキととんぼさん、ジジの家族(白い猫のヌヌをお嫁さんにもらって、今では2匹のお父さん)、
そして双子の姉ニニ、弟のトト。さらに、それぞれのパートナー猫の、ブブとベベ。
総勢4人と6匹で、コリコの町で今でも宅急便を続けているキキ。

13歳になったら、魔女は知らない街に住んで、独り立ちする、
その年齢に双子も近付いてきています。が、わがまま娘のニニは、
流行に流されたり、かと思えば「やっぱりなろうかな、かっこいいし」と言ってみたり、
コロコロと心境の変化が訪れています。逆にトトは男の子なので、
「魔女」にはなれません。女の子が主役の魔女の家では、
この話題になればニニばかりに期待が寄せられて、少しアウェー気味。

キキも魔女になってほしい気持ちはあるけれど、無理強いはしてはいけないと何も言いません。
1巻のキキが子供だったころ、お母さんのコキリさんも同じような気持ちだったからです。

トトが3巻で登場した「ケケ」と文通を通して成長していく姿や、
ニニが初めて空を飛んで仕事をした事など、二人には沢山の事起こります。
そして、迎えた13歳の誕生日。双子が決めた、それぞれの旅立ちはどういう方向へ行くのでしょう。
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ケケはもちろん、おソノさんや、ヨモギさん、ノラオさんなど懐かしい面々が勢ぞろい。
昔、キキが花柄のワンピースを来てやってきたレストランや、星くず群島などの、
おなじみの名前もぞくぞく出てくるので、もうこの世界に入り込みましたとも!

「ファンタジーと呼ばれるけれど、この物語は限りなく普通の話」と、作者の角野さんが
言われるとおり、将来について悩むニニとトトは、とても現代的。
魔女の家系だから「特別」と思われる二人は、それを得意がったりうっとおしがったり、
とんぼさんは優しく見守り、キキはこんな時代だからこそ「見えない不思議」を大切にしてほしいと思う。

最後の6巻まで読んでみたけれど、一貫して作者の言いたかったことは同じことだったんだなぁと。
「誰でも魔法を持っている」、それは魔女でなくても。魔女は飛べるから、目に見えるだけ、そういう事かなぁ。

これで、24年続いたシリーズは終わりですが、24年って…物心ついてないですよ(笑)。
今回の発売を記念して、福音館のHPで作者インタビューとか特集されています。
何度か挿絵のイラストレーターさんも変わってますが、それぞれにインタビュー有りです。
そして、6冊セットが出てます。箱が欲しいよぉ~~(涙)。


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オズのオズマ姫

2009年10月20日 23:02

ライマン・フランク・ボーム』著 佐藤 高子 訳 ハヤカワ文庫 232ページ

「オズの魔法使い」は、全部で40作もあるシリーズ。
本作は3作目で、2作目では登場しなかったドロシーが主役として戻ってきました。

前作の「オズの虹の国」で、正当な王位継承者オズマ姫がめでたく
オズの国を支配することになりました。今回の舞台はオズの西に広がる、
「死の砂漠」を越えた「エヴの国」。

<あらすじ>
ドロシーは乗っていた船が難破し、漂流した先がこのエヴの国でした。
旅のお供は、おとぎの国に入ってから言葉を話せるようになったメンドリのビリーナ。

ドロシーが訪れたとき、エヴの国は誰も治めていませんでした。
というのも、ノームの王様が女王と10人の子供たちを、自分の宮殿の飾り物に変えていたからです。
そこで、前作のオズマ姫と、かかし、ブリキの木こり、臆病ライオンなどおなじみメンバーと、
今作から登場のロボットのチクタクなどを加え、女王たちを救出に行くのでした。
-----------------------------------------------------------------------------
1作目の面々がまた出てくれるのは嬉しいですね~。ライオンの出番が少なかったような気もしますが。
前回の紹介で「皮肉を利かせる要素が多い」と紹介したんですが、今回はそうでもなかったかな。
どちらかといえば、純粋におとぎの国を冒険する、わくわく感にあふれた場面が多かったです。
ちなみに、2作目で美少女軍団を率いてオズの国を占拠した、ジンジャーも出てきますが、
今では奥さんになってダンナを尻に敷き、それなりに幸せそうです(笑)。

ノーム王から、どの飾り物がエヴの人々か当てられるか…という賭けを持ちかけられるんですが、
間違ってしまうと飾り物の一つになってしまう…という恐ろしい条件付き(笑)。
おとぎの国ならではの、子供が好きそうだなあ~と思える内容満載です。

ところで、巻末にオズシリーズの人気投票結果が載っていたんですが、293名の集計結果で
1位・「オズの魔法使い」、2位・「オズのオズマ姫」、3位・「オズの虹の国」だそうです。
こう見ると、ファンダジー色が強い順番に並んでいるように感じますね。
オズは哲学的なところも多いにあると思うので、そういう視点で斜めから
作品を読んだら、皮肉のスパイスが効きすぎの「オズの虹の国」が一番です(笑)。

さて、日本で翻訳されているのは40作品のうちハヤカワ文庫は14作です。
原作の発表順に翻訳がされていないのか、次は6作目の「オズのエメラルドの都」です。
4作目の「オズと不思議な地下の国」も翻訳されてますので、いずれはそちらも読んでみるつもりです。


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赤い小馬

2009年10月16日 23:07

スタインベック』著 西川 正身 訳 新潮文庫 156ページ

カリフォルニア州に、サリナスというところがある。
二つの山に挟まれた長い谷が続く土地で、作者はここで生まれる。
「赤い小馬」はサリナスが舞台となっている。

主人公ジョーディ少年が繰り広げる、日常のストーリー。
厳格な父、やさしい母、雇い人のビリー、そして遠い昔に思いをはせる祖父。
有名な「怒りの葡萄」とは違って、牧歌的な作品。

<あらすじ>
「贈り物」、「大連峰」、「約束」、「開拓者」の四つが収録されている。
赤い小馬が出てくるのは、最初の「贈り物」。
ジョーディ少年が父親から「自分の馬」を初めて買ってもらい、
乗れるようになるまで、丹精込めて育てていく。
しかし馬は途中で伝染病にかかってしまい、死んでしまう。
-----------------------------------------------------------------------------
一つ一つの短編の内容は繋がっているという訳ではなく、単独で読むことができる。
同じフレーズが出てきたりして、詩的な効果があったりアメリカ作家らしくない感じ。
どうもアメリカ文学と言うと、人間味ある作品ではなくハードボイルドなイメージだけど、
(ドイツ系の人だったからか?)とても丁寧な心理観察がされている作品だと思います。

ストーリーの流れは地味ではあるんですが、スタインベックはこの作品の解説で、
これを通して伝えたかった事を書いています。作家の家族の者に死が訪れ、
「子供はすべて不滅なものと信じていたことから、完全に打ちのめされてしまった」と。
また、「おそらく人は、男であれ女であれ、このようなことから初めて成人するのであろう。
初めて「なぜ?」という疑問に接して苦しみ悩み、それを受入れ、やがて子供は大人になっていく」
この姿を描きたかったんだとか。この作品は、スタインベックの自叙伝なんですね。

「スタインベック短編集」では、どういうものが収録されているのでしょうか。
この本と一緒に購入したんですが、それもまた読んで、作家の多彩なところを垣間見ようと思います。


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デカメロン

2009年10月15日 23:31

ボッカッチョ』著 大久保 昭男 訳 角川文庫 332ページ

「デカメロン」は、ギリシャ語で「十日」を表す。
高校の授業でこの名前を聞いた時は、おっぱいのことだと思ってた。
日本語で言うと、「十日物語」。

背景は1348年のペスト大流行。フィレンツェの郊外へのがれた10人の男女は、
(女7人・男3人)退屈しのぎに、一日に一人一話ずつ物語を話して聞かせることにする。
一日のリーダーを一人決め、テーマに沿った内容で10日に渡り計100話が語られる。
(この本に収録されてたのは、選りすぐった30話のみ)

<10日間それぞれのテーマを紹介>
一日目:各自が最も得意とする話
二日目:様々なことで苦しめられた人が思いがけない幸せな結果を迎えた話
三日目:欲しくてたまらなかったものを上手く手に入れた人、一度失ったものを取り戻した人の話
四日目:不幸な終わりを遂げた恋の話
五日目:残酷・不幸な出来事の後で幸福になる恋人たちの話
六日目:他人に挑まれてやさしい言葉でやり返したり、鮮やかな即答で危機や損害を免れた人の話
七日目:婦人たちが、恋のために、また自分の恋を守るために夫を欺いた話
八日目:女が男を、男が女を、男が他の男を愚弄する話
九日目:各自が自分で一番面白いと思う話
十日目:愛その他のことで立派な振る舞いをした人の話

~有名な八日目の一話より~
隣同士に住んでいた夫婦がおり、片方の男と、片方の女がねんごろになった。
寝取られた方の夫は、自分の妻を責め、ある計画を手伝わせる。
妻は命令に従い、浮気相手の男を箱に閉じ込める。
夫は相手の女房を連れ込み、その箱の上で情事に及ぶ。
その後、事はすべて明らかにされ、男たちは互いの妻を共有することに合意する。
-----------------------------------------------------------------------------
ルネサンスで、ダンテ「神曲」を書いたけれど、それとは対極の位置における「人曲」とも言われる。
ダンテが厳格なキリスト文学を書いたのに対し、ボッカッチョは肉欲を自然の事と捉えて推奨してる節がある。裸の婦人像がバンバン作られたルネサンス時代なら、ボッカッチョの方がよりイメージに近い気がする。

ボッカッチョ自身は神様も信じてれば、背教徒でもない。ただ、当時の腐敗した僧侶階級に
皮肉をこめて「アナタ達も、肉欲に溺れてるでしょ」という意味を込めたかったのだとか。
「ほらね、人間は同じようにできてるんだよ」、「機知とユーモアで肉欲を楽しもう」的な、
根本から明るいスタンスで話は進められていくから、エロくない。嫌味がない。

全話読んでみたいなあーと思いました。
角川のは「古書」の扱いになるんでしょうか。Amazonでは検索にかからなかった…。
今、手に入るのは「ちくま文庫(上・中・下)」版と、「講談社文芸文庫(上・下)」版。
基本的に「ちくま」は、話を省くことなく収録するというイメージがあるけど、
今回のはどうなんだろう。「講談社」は完全な100話収録ではないらしい。
古本屋で見かけたらチェックしようっと。


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ドイル傑作集1 ミステリー編

2009年10月08日 23:39

コナン・ドイル』著 延原 謙 訳 新潮文庫 252ページ

ドイルって、ホームズしかイメージなかったんですが、
本当はそれ以外の作品の方が多いんですね。

特定の主人公いない短編集で、オムニバス形式。
天才探偵が登場するわけでもなく、告白によって事件の解明が行われるようなのが多い。

収録されている作品は、ドイルが死の前年に、これまでの短編集を
カテゴリーごとに再編集した中で、「ミステリー編」と名づけた作品集から取ったもの。
例外として「五十年後」はオムニブックに加えられていない。

・消えた臨急    ・甲虫採集家
・時計だらけの男  ・漆器の箱
・膚黒医師     ・ユダヤの胸牌
・悪夢の部屋    ・五十年後

異色を放つのが、「悪魔の部屋」。およそ結末が肩すかしで、ドイルらしからぬ。
「五十年後」に関しては、訳者が雑誌に掲載して反響が大きかったため、
今回の短編集にも収録されることになったが、これはミステリーではなく、
妻が夫の帰りを貞淑に待ちづづけて感動の再会を果たす、王道ストーリー。

ドイルらしいなぁ~と感じたのは、「消えた臨急」。
とある紳士が、臨時急行列車を大金はたいて運行させた。
しかし、臨急は予定の駅には到着せず、こつぜんと姿を消したのだった…。
「時計だらけの男」なんかも、ミステリー性があってよかったと思います。

ただ…、やはりちょっと物足りないかなぁ、という気がします。
アイデアや奇異性は、他の作品と劣ってはいないのですが、「勢い」がなくて残念。
いわゆる「ハラハラ・ドキドキ」が、無い。

贅沢言いすぎですかね~。ホームズばかり読んできたので、その印象から入ったから感じるのかも。
やっぱりホームズは、キャラクター性で小説の魅力を押し上げてたんでしょう。
ちなみに、シャーロック・ホームズのシリーズはカテゴリー「コナン・ドイル」より。

新潮文庫から出ている傑作集は、「海洋奇談編」「恐怖編」と続きますが、
こちらの紹介も、おいおいしていきたいと思います。


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獄中記

2009年10月06日 23:25

オスカー・ワイルド』著 田部 重治 訳 角川文庫ソフィア 117ページ

今回は「獄中記」読んでみましたが、私にどこまで理解できたのやら甚だ疑問…(笑)。
「同性愛の恋人にあてた未練の手紙」という感想をよく見かけますが、
うーん、そうでしょうか。それだけで片付く作品では無いと思うんですが。

医者であり考古学者でもあった父と、作家の母との間に生まれたオスカー。
生まれながらにしてエリート芸術家だったんですね。
大学では優秀な成績を修め、ロンドンに出てからというものは、
学生時代に影響を受けた唯美主義を体現するかのような生活を送る。

いわゆる唯美主義は、「美しさの追求が人生の目的」ということ。
「ドリアン・グレイの画像」なんかを読んでると、この人は本当に「美しく生きる」という事に、
すごい情熱を燃やしてたんだろうなぁと思う。反面、ドリアン・グレイが最後にスゴイ結末を迎えるのは何故か。
ここら辺の矛盾、美しさの儚さっていうのはワイルド自身気が付いていたはずだと思うのに…。

「獄中記」の中でも、
「自分はこの世の園のあらゆる樹木の果実を味わいたい(略)、
 そして実際その通りに世に飛び出し、その通りの生活をした」とある。
ただ、そのあとに、
「私のただひとつの間違いは、園の陽のよく当たる側と思われる木にのみ専念して、
 その反対側を日蔭と陰鬱とのゆえに嫌って避けたことであった」と続く。

この正反対の世界…というのは、ワイルドの人生そのもの。
妻を娶って、子供が二人でき、作家としてノリに乗ってた頃、
「サロメ」の英訳者であるダグラスとの同性愛が発覚し、二年の懲役を受ける。
(ダグラスの父を名誉棄損で訴えたけど、逆に自分が法に引っかかったらしい…)
転落、とはまさにこの事。一年間は涙にくれて過ごし、その後「獄中記」の執筆が行われた。

華々しい生活を送っていたワイルドが転落して「日蔭の世界」を知ることになった。
「獄中記」はダグラスへの手紙という形式になってはいるが、転落した身だからこそ
見つけることが出来た芸術についての真理がつづられている。いわゆる「芸術論」という印象を受ける。

彼は「獄中記」の中で、楽しみや快楽の裏には苦痛・悲哀が潜んでいる、
けれど悲哀の裏には悲哀しかない…、そして悲哀こそが芸術で一番必要なことだと書いている。
それらがダグラスへの未練…と言ってしまえば話はそれで終わってしまうが…。

ただ、キリストを詩人と評し、こんなことも述べている。
「(キリストは)罪と悩みとをそれ自ら美しい聖なものであり、完成の様式でもあると見ていた」。
「罪人は懺悔しなければならない。なぜその必要があろうか。
 そうでないと自分のやったことを切実に知る事が出来えないからという簡単な理由による」
変化のない獄中の生活において、キリストの救いへ芸術論を展開するほどの精神を持っていた…。
そう考えることはできないだろうか。想像もできない転落を経験した人間が、である。

まあ、「芸術について完全になったからには、自分は牢屋に入れられたことを恥に思ってない!」
なんて言いつつ、出獄したら名前変えてますし、内容も「くっそ~!」と負け惜しみ的なところもあって、
倒錯した精神状態で、胸につかえてたものを吐き出したような作品だったのだと思います。
以後の作品でも目立ったものはないですし、才能に比して寂しい死を迎えた天才…という感じ。
時代が許さなかったのでしょう。彼の小説は現代の私たちが読んでも非常に魅惑的ですものね。
若者にウケるのも納得できます。彼の墓は今なお、キスマークが絶えないようです。


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オズの虹の国

2009年10月03日 08:05

ライマン・フランク・ボーム』著 佐藤 高子 訳 ハヤカワ文庫 257ページ

「オズの魔法使い」の続編。作者がファンの子供たちから、
「もっと書いて!」という要望を受けて書いたものです。

<あらすじ>
ドロシーがカンザスへ帰ってしまった後のオズの国。
エメラルドの都は、かかしが王様となり、西のウィンキーの国はブリキの木こりが治めていました。
主人公は、チップという少年。意地悪ばあさんな魔術師のモンビに育てられましたが、
ある日、変身の術で大理石の像に変えられそうになったチップは家出をします。

魔法の粉で命を与えられた、かぼちゃ頭のジャックと、木挽き台と共にエメラルドの都を目指します。
途中、今しもエメラルドの都を奪うために反乱を起こそうとしている美少女軍団に出会います。
彼女たちは、手に手に鋭くとがった「編み棒」を武器として持ち、将軍のジンジャーという女の子のもと、
都のエメラルドを自分たちのものにしようと企んでいたのです!

はたして革命は成功し、かかしは王国から逃げ出します。
チップはかかしと一緒にブリキの木こりがいる西の国へ赴き、応援を求めます。
ジンジャーはモンビを味方につけて、何かとチップたちの邪魔をしますが、ことごとく失敗。
一度は彼らもエメラルドの都の奪還に成功しますが、今度は少女たちは城を取り囲み、兵糧攻め。

再び、城から脱出するために、魔法の粉で空飛ぶ乗り物のガンプを作ったチップ。
南のよい魔女グリンダに協力を仰ごうと空を飛んでいきます。
話を聞いたグリンダは了承し、もともとオズが治める前からの正当な王位継承者である、
オズマ姫を探し出して、その地位につけることを提案します。

オズマ姫は、その昔にオズがエメラルドの都を奪った時、
どこかに隠されてしまったのでした。その秘密をモンビが知っているようなのですが…。

ジンジャーは攻めてきた軍勢を見て、「こんな編み棒が、何になるの!」とビックリ仰天。
モンビは囚われの身となり、オズマ姫についての真相を語り始めます…。
-----------------------------------------------------------------------------
日本で翻訳されている14作品の、まだ序章ですね。これを書いた後に、ファンの子供たちからは、
「ドロシーはどこに行ったの?」(カンザスに帰ったんだヨ!)と質問が相次ぎ、
3作目からは再びドロシーが主人公として、活躍するんだとか(笑)。

前回も「哲学的な小説」という見方で紹介をしましたが、今回はさらにその上をいくレベルに感じます。
というのも、皮肉を利かせる要素が多く、当時の時代背景を揶揄した部分が多く見られるからです。
子供の要求にこたえて…という割には、大人も深読みできるオールマイティな作品に仕上がってます。

時代背景とすれば、婦人参政権運動があるらしいです。なるほどな、と思います。
そもそも、美少女軍団の武器が「編み棒」ですよ。軍勢が攻めてきて「こんな編み棒で何ができるの!」と
将軍ジンジャーは叫びますが、「編み棒」ですからね、大したことはできません。
また、革命のおかげで、女性優位になり、男たちが子育てや料理をするようになるのですが、
最後にジンジャーが失脚して、国が元に戻ると、女たちは男の作る料理に飽き飽きしていたので、
革命が終わったのを喜んだ…という結末。皮肉、利かせ過ぎですね。

最後の「え!」と驚くドンデン返しも、意表を突かれます。
「オズの魔法使い」に並んで、もっとたくさんの人に読まれてもイイと思う、良い作品だと思います。


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