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三銃士

2009年06月30日 23:51

『アレクサンドル・デュマ』著 桜井 成夫 訳 講談社青い鳥文庫 303ページ

デュマの有名作品としては、「巌窟王」こと「モンテ・クリスト伯」がありますが、
三銃士も本来はながーい小説なんですね。
今回読んだのは、子供向けの作品だったので、
内容も随分と簡略化されてましたから、概要を読むだけなら
いいかもしれませんが、話の展開が速すぎて、少し物足りないかもしれません。

田舎者のダルタニャンは、出世のため父に背中を押され、パリへやってくる。
血気盛んで、名誉のためならどんな相手にも決闘を申し込む、まっすぐな若者だった。

国内が乱れ、権力争いの絶えなかった17世紀フランス。
ひょんなことから、国王側の近衛銃士と、枢機卿側の親衛隊の争いに巻き込まれたダルタニャン。
この運命を大きく左右される別れ道を、彼は近衛銃士側に立って戦ったのだった。

アトス、アラミス、ポルトスの三銃士とダルタニャン。
四人の男の友情は、「一人は皆のために、皆は一人のために!」
この言葉を生み出しました。なぜ四銃士じゃないのだ…(笑)。

物語は奇抜な策略とか、大胆な行動とかでハラハラする内容。
ルイ13世の妃を救うために突っ走る四人は、まさに騎士道精神。

残念なのは、子供向けで話が端折っているので、緊張感が乏しくなってしまうところかな…。
「そうして数日のうちに○○になり…」といったような感じで、
ええっ、そこは飛ばしちゃっていいの?という箇所も。
他のを読んでないので、何ともいえませんが…。

今度は是非、岩波とかで読んでみたいですね。
そして、根気があれば、完結編まで…!


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ヘルマンとドロテーア

2009年06月29日 23:19

『ゲーテ』著 国松 孝二 訳 新潮文庫 112ページ

久々のゲーテ。思えば読書にはまりだした当初、
ギリシア神話に傾倒していたためか、「ファウスト」が異常に面白くて、
メフィストと若返って恋に夢中なファウストとのやり取りが楽しかった…。

そして雰囲気は変わって「ウェルテル」。あれもイイ。
あの作品を読んだのと読んでないのとでは、
ゲーテの印象が全く違ってくるでしょうね。

今回の作品は、今までの「悲恋」とは打って変わって、
苦しい革命のさなか、希望に満ちた男女の愛が牧歌的に描かれます。

原題になったのは、1731年にあった実際の事件。
ある金持ちの息子が、プロテスタントの避難民女性に恋をし、
女中として雇うという名目で、家に連れて帰ってきた。
やがて、息子は本当のことを打ち明け、二人は結ばれるという話。

純粋な青年ヘルマンは、フランス革命によって住所を追われた避難民へ施しをしに赴く。
そして、その中から美しく気丈で、誇り高い娘ドロテーアを見出す。
父親は元来、金銭的に見栄を張るところがあった為、
持参金も持たない避難民の娘に対して訝しがるが、反対に優しい母親は、
息子の悩みを聞いてやり、そして父親との仲介役を務めてくれる。

最終的に二人は結婚することになり、話としては単純と言えば単純。
しかし物語の中に、格言が散りばめられている。
派手さはないのに、やっぱりゲーテはさすがだなあと思わせる。
登場人物一人一人がとても良く、その中でもドロテーアと母親がすこぶる魅力的だ。

女性…これが一つのキーワードになっている。
母親の像は、ゲーテが愛してやまなかった母親がモチーフになっているし、
また、ドロテーアは「ウェルテル」に登場したロッテを思い起こさせる。
ゲーテの中で美しく誇り高い女性は、こんな理想像だったのかな?
というのが、いくつかの作品を見てると共通点が感じられる。

話の流れも、翻訳も非常に読みやすい。
基本的にゲーテは難産のイメージが強い作家で、
この作品も熟慮を重ねた上での完成だったようです。
そのせいか、文章が美しい、無駄がない。

予備知識が要らないので、ゲーテの入門としては入りやすいのでは。
それぞれの歌章にタイトルが付き、女神の名前になっているけれど、
注釈があるので知らない人でも問題なしです。


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Vの悲劇

2009年06月27日 21:32

『阿刀田高』著 講談社文庫 303ページ

阿刀田さんでは、あんまり読まない長編推理小説。
やっぱり阿刀田さんは短編の方が面白いかな。
文章の書き方も、その方がマッチしてるし、しっくりくる。

二つの謎が交錯する推理小説。
一つは死んだ父親に愛人がいた事実が判明し、その愛人の家に
主人公の安津子は行った記憶がかすかにあること。
その家で嗅いだ、香水の匂いが、父の葬式の時にも香っていたこと…。

もう一つは、自分の恋人の死。
不倫の仲だった智生は、安津子の友人、茂美の旦那だった。
友達の夫と恋仲になることは、安津子にとっても後ろめたいことだ。
これで最後…と思って、那須のコテージへ泊まりに行ったとき、
何者かによって、智生は絞殺されていた。
そして、現場に残っていたあの香水の香り…。

「香り」によってこの謎が結びつき、その先にどんな事実があるのか…。
ガッチガチの推理小説というわけではないし、残酷なシーンが出てくるわけでもないから、
肩肘張らずに読むことができます。
阿刀田さんによく親しんでいる人なら、いつものあっという落とし所や、
ブラックユーモアじゃないから、物足りないかもしれません。

こういう長編にも挑戦しているんだな~くらい。
前に阿刀田さんは、短編小説家が長編を書くときは四苦八苦すると
何かの折に書いていたことがありますが、これもそうなのかなぁ…とか考えました。
私のような素人が読む分には全く分かりませんけれどね…(笑)。


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グラント船長の子供たち 上

2009年06月26日 00:24

『ジュール・ヴェルヌ』著 大久保 和郎 訳 ブッキング 364ページ

ひひの中でナンバー1の作家ヴェルヌの登場です。
この人の感想を書くときは、自分の文章力のなさに歯がゆさを覚え、
声に出して称賛するときは、言葉が途絶えることがないのです。

1862年6月7日。グラント船長の率いるブリタニア号は遭難した。
彼が救出の希望を込めて海へ放った手紙は、瓶の中で腐食されながら大洋をさまよい、
ある勇敢な一行の手元へたどり着いたのだった!!

手紙の発見は、偶然だったのか、必然だったのか。それは神のみぞ知る。
しかし、それがエドワード・グレナヴァンを中心とした冒険者たちの手に入った限り、
グラント船長が救出されるのは、少なくとも必然となったのだ。

すぐに文章の解読を試みた人々は、グラント船長が遭難したこと、
そして彼は今、地球上の南緯37度で原住民に捕らわれている可能性があること、
救出を求めていることを知る。彼が残してきた子供たち、勇敢な少年ロバートと、
美しくも気丈な姉のなメァリは、父親の探索を申し出たグレナヴァンに当然のことながら同行した。

彼らはヨーロッパから大西洋を渡り、マゼラン海峡を通過、南アメリカ大陸の
西海岸から東海岸まで、南緯37度をくまなく探索するため、大陸を横切る事を試みる。

ここら辺からが、ヴェルヌの本領発揮!実にハラハラ、ドキドキ、そして感動の渦…!
グレナヴァンと、その従兄弟のマクナブズ少佐、ローバト少年と二人の水夫、
そしてヨーロッパ出発の際に船に間違えて乗ってしまった粗忽者の地理学者パガネル。
この六人が最初の南アメリカ横断の冒険者たちだった。

ヴェルヌは地底旅行や、海底二万マイル、神秘の島などで、様々な自然の困難を
主人公たちに立ち向かわせていますが、今回は「大平原の恐ろしさ」を大いに教えてくれます。
まるで作家が乗り移ったように、知識を披露してくれる地理学者パガネルは、
その愛すべき明るい性格と冗談も含め、ヴェルヌの知識の広さ、フランス人のユーモアを思わせます。

地震、狼との戦い、日照り…そして水の枯渇。
幾多の冒険者たちが、新大陸を切り開く際にぶつかったであろう困難を、パガネルの知恵、
少佐の冷静さ、ロバートの勇気、水夫たちの忍耐、そしてグレナヴァンの統括力で乗り越えていく。
旅の中での新しい仲間との出会いや、そそっかしいパガネルと、冷静な少佐の掛け合いも必見です(笑)。

いや、本当に期待を裏切らない作家です。まったく!!
時間をかけてゆっくり読みたい一冊。絶版になったのを、復刊ドットコムが一度再出版してますが、
今は新品で買うことはできません。でも、これは再度新版が出てもいい面白さだと思います。

地球儀をぐるぐる回しながら、その軌跡をたどる楽しさ!
勇敢な冒険者たちの旅はまだまだ続きます!


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無言の名誉 下

2009年06月22日 00:13

『ダニエル・スティール』著 天馬 龍行 訳 アカデミー出版 272ページ

第二次世界大戦がはじまり、アメリカでは反日感情が爆発した。
何十年もアメリカ人として生きていた日系人も、
危険人物とみなされ、隔離される動きが出ていた。

上巻→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-316.html
以下、内容の重要部分を含みます。

留学するヒロコを受け入れてくれていたタケオ一家も、
隔離生活を余儀なくされることになった。持っていた不動産や家財を
すべて処分して、収容所へ送られる日がついにやってきた。

日本国籍を持つヒロコの扱いは、アメリカ国籍の日系人以上のものだった。
愛するピーターは祖国のため、志願兵として戦地へ赴くことに決まり、
恋人たちの残された時間は、収容所でのあわただしい中、無情に過ぎて行った。

誰もが戦争によって、まともな思考を狂わされていた。
ヒロコにとっては、アメリカと日本のどちらが勝つことよりも、
ただ、戦争に対して悲しい思いしか湧き上らなかった。

「どんなことがあっても死んじゃいけない。生き抜くんだ」
ピーターとは、別れの際にこう約束した。
ヒロコはそれを守り、必死に生き抜いていく。
そして、その最中に新しい命の誕生…。

引き込まれてすぐに読み終わりました。
アメリカから見た戦争の話というのがあまり読む機会がなかったのですが、
勝った国、負けた国に限らず、その愚かさは共通なのだと分かりました。


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無言の名誉 上

2009年06月19日 00:33

『ダニエル・スティール』著 天馬 龍行 訳 アカデミー出版 276ページ

アカデミー出版の単行本を読めば読むほど、
本棚の未読コーナーに余裕のスペースが増えること(笑)。
今まで買うのが読むのに追い付いてない状況でしたが、
最近忙しかったせいか、ゆっくりと本を買う時間がなく、
おかげで棚に空きも出てきました。やれやれ。
でもまたすぐ買ってしまうんだろうなあ…。

ダニエル・スティールは苦労性の女性のテーマが多い気がしますが、気のせいでしょうか。
第二次世界大戦中、アメリカへ留学中だった女性の物語。

日本の古いしきたりを愛し、内気な少女ヒロコは、
先進的な父親の希望に従ってアメリカのカリフォルニアの大学へ入学する。

右も左も分からない中で、途方に暮れるヒロコだったが、
受け入れ先である父の友人、タケオの家族にも慣れ親しみ、
しだいにアメリカの開放的な文化に適応していった。
そして、れっきとしたアメリカ人男性ピーターとの出会い…。

国際情勢が悪化し、反日感情が高まる中、
ヒロコは学友のイジメにも耐えて勉学に励んでいた。
しかし、1941年、真珠湾攻撃を契機として、第二次世界大戦が勃発した。
日本への帰国は不可能になり、敵国での日系人の扱いは壮絶を極めていく。。。

たった今、世界各国で行われている大規模な紛争。
つきつめて考えてみれば、一人一人がそれを望んでしているのではない。
大衆心理の恐ろしさ、愚かさをこの本でも訴えているように思います。
日本、アメリカ、どちらの味方というわけでもなく、
芯から「生き抜く」ことに誇りをかけた女性の物語です。
考えさせられることが多い作品。


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陰謀の日 下

2009年06月17日 23:25

『シドニィ・シェルダン』著 天馬 龍行 訳 アカデミー出版 362ページ

UFOを目撃したという人々を一人、また一人を発見していくロバート・ベラミー中佐。
そしてついに、最後の目撃者を見つけようとしていた。

上巻内容はコチラ→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-314.html
以下、内容の重要部分を含みます。

最後の目撃者はハンガリーで発見した。
ラズロ・バシフケテはカーニバルの主催者だった。
これで任務完了、こんな仕事はやめてしまおうと思っていた時、
ラズロがもう一人目撃者が現場にいたと発言する。

一通りの調査を終えたことで、彼は国家安全保障局のヒリヤード将軍へ報告を終えた。
その後、ふとした懸念から、最初にコンタクトをとった目撃者のもとを訪れるが、
すでにその人は他界したという…。いやな予感がベラミー中佐を襲う。

一人、また一人、見つけた目撃者へ電話をかけてみる。
「教授は実験中の爆発事故で亡くなりました…」
「かわいそうに彼女は、あんな若さで…」
「神父さまは睡眠中に…」

自分が探し当てた目撃者たちが全員他界している。
彼がこの件を報告したのはヒリヤード将軍ただ一人だったはずだ。
いったいこの背後に何があるというのか…!?

人探しの前半部分から、逃げる側に逆転する後半、流れは単調で少し残念。
シドニィ・シェルダンならでは!という場面が少なかったかな。
離縁した妻との思い出のシーンも、結局はそう重要でもなかった気がする。

よくあるSFのチープさだけには陥らないでほしかったけれど、結末に関しては、う~ん…(笑)。
むしろ、巻末のエイリアン報告に関するレポの方が興味深かったです。
本当にこういったUFOの事実が、大規模な隠蔽工作で隠されているのだろうか。
初めにこのレポを読んでいたら、もっとリアリティが持てたかもしれませんね。


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陰謀の日 上

2009年06月17日 00:24

『シドニィ・シェルダン』著 天馬 龍行 訳 アカデミー出版 267ページ

久々のシドニィ・シェルダン。さくさく読み終わりました。
珍しく男の主人公で新鮮に感じました。

海軍情報局に所属している、ロバート・ベラミー中佐は、
朝六時に国家安全保障局へ出頭するようにと命令を受けた。

そこで彼に命じられた任務は途方もないものだった。
それは、彼のいるアメリカから5千キロも離れた彼方で起きた、
気象気球の墜落現場を目撃した人々を探すというものだった。
目撃者はスイスの観光バスでたまたま、事故当時に現場近くに
居合わせた人々だった。国籍も名前も分からない人間をどう探せばいのか。

中佐はエリート中のエリートだった。
その輝かしい功績が買われての今回の任務だったのであろうが、
命令を下したヒリヤード将軍によると、調査は単独で行い、
誰にも他言はしないようにとのことだった。

スイスへ飛び、目的の観光バス会社を探し当てたベラミー中佐は、
一人、また一人と目撃者を見つけては、報告していった。
しかし、その調査を続けるうちに、ある事実が発覚してきた。
目撃者の証言によると、現場に墜落したのは気球ではなく、
なんとエイリアンの乗ったUFOだったというのだ…。

シェルダン氏の書く話にしては、少し異色の作品です。
SFというのはともすれば陳腐になりがちのところ。
ここをどういう具合にこれから話を持っていくのか、
そこが腕の見せ所になるのでしょうか。後半へ期待です。


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魔女の宅急便 その2 キキと新しい魔法

2009年06月13日 19:16

『角野栄子』著 広野 多珂子 画 福音館書店 383ページ

1巻で無事に1年間の魔女の修業を終えたキキ。
コリコの街での宅急便も軌道に乗り始めて、
形のあるものから、ないものまでいろいろな物を運んできました。
さて、またコリコの街にまた戻ってきたキキは、今日も仕事に精を出しています。

<あらすじ>
すっかり有名になった「魔女の宅急便」は、
なんでも運んでくれるというので様々な要望が舞い込みます。
カバを運んで欲しい…とか、どこにいるか分からない人に届けてほしいとか…
みんな「魔女は何でもできる」と思ってるみたい。

そんな時、「魔女に呪いの手紙を運ばせる」なんていう依頼も受けて、
自分が運んでる物は、必ずしも人を幸せにするものじゃない…という事に気が付くキキ。
さて、そこからが大変。急に魔法の力は弱くなり、飛び方もふらふら。
ジジも他の友達が出来たとかで留守がちだし…。
とんぼさんは自分とは「飛ぶことについて」しか話をしないし…。
不機嫌がつのってイライラしっぱなしです。

お母さんのコキリさんは、キキがただ物を運ぶだけじゃなく、
たのまれた人の心の中まで、考えるようになったからと言うけれど。
そのうち、自分の持ってる魔女の力までいらないものに思えてきて…。
-----------------------------------------------------------------------------
自分の飛ぶことについて、真剣に考え始めたキキの青春ストーリー。
ちょっぴり考え方も大人になってきて、人の役に立つことに、
本当の魔法の意義を感じ始める。そして、前はあれほど面倒だと思っていた、
魔法の薬作りに挑戦しようと決心したのでした。

本筋ではないけれど、念願の「コスモス色のワンピース」を
着たりして、背伸びした愛らしいキキが見れます。
ほっこり気分になって、おいもが食べたくなること請け合いです(笑)。


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黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇

2009年06月07日 04:14

『ポオ』著 中野 好夫 訳 岩波文庫 268ページ

探偵小説作家?いや、それだけのジャンルでは到底計れないでしょう。
推理小説の原石であると同時に、その観察力は人の「負」の感情へも向けられている。

何かを見る時、目に近づけすぎるとよく見えなくなる。
そんな盲点を突く着眼点は、以後の作家たちに影響を与えたこと必至。
思慮深い思考能力は、すこぶる高度だ。

なるほどと思ったのは、さいころを四回振って四回6が出る確率と、
四回目にまた6が出る確率は…一見似ているようだが、まったく違うということ。
「モルグ街の殺人事件」では、証人たちが証言が、順々に紹介されていき、
デュパン青年がそれを精査していくのだが、なるほど、見落としがちな
(いかにも大衆が陥りそうな)盲点を観察力によって見事に突破している。
単純な中に落とし穴あり。日常にミステリーは隠れているという
シャーロック・ホームズのまさにそれ。ドイルは、ポオよりは後の作家なんですね。

ただ、個人的には探偵小説よりも、「黒猫」や「天邪鬼」といった、
人の一番混沌としたところから出てくる感情、行為などを捉えている作品の方が好き。

時として訪れる、一般的に理解しがたい「負」の感情。
「実はわれわれにとってある行為が悪であり、罪であるというその確信自身、
 いや、それのみが、かえってその行為を犯させる、唯一の、
 勝ち打ち難い原動力となっている場合が決して珍しくないのである」

~してはいけないということを、何故かしてしまうのは、
私たちにも理解できる。いわゆる「魔が刺した」というヤツだ。
その一瞬の感情を捉えて観察したら、こんな作品ができるのかなと思うのが「黒猫」。
黒猫を殺そうとして手斧を振り下ろしたが、それを庇おうとした妻を殺してしまった。
死体を壁に塗り込め、自信を持って警察の事情聴取にも応じていた主人公だが…。

主人公は「悪いこと」をしているのを理解しており、そして「良心」も持ち合わせている。
最後には必ずと言っていいほど、その「良心」がチラリと顔を見せる。
「天邪鬼」にしても、~してはいけないといのは、何も悪い事に限っていない。
例えば、殺人を犯したあと警察に、「この罪を白状してはいけないのだ」と悩むことなど。
その微妙さ、曖昧さは、何故か作品全体を美しく見せる。

ポオは詩作も手掛けているし、とても幅広い作家だったんですね。
その薄幸な人生と同じく、儚い美しさが印象的です。


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