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オイディプス王

2009年03月31日 00:39

『ソポクレス』著 藤沢 令夫 訳 岩波文庫 134ページ

災厄の降りかかる古代ギリシアの国、テバイ。
作物は枯れ、家畜は死に、疫病は蔓延し、国は滅びの兆しを見せていた。

良君オイディプスは、国を救わんとしてアポロンヘ信託を乞う。
それによれば、先王ライオスを殺した賊が、未だテバイにいることがすべての元凶だという。
オイディプスが王になる前、ライオスは旅の途中で何者かの手により殺害されていたのだ。
王は賊を見つけ出し、死か追放に処するよう全土に命令を下す。
しかし、しだいに明らかになる事実は、彼にとってあまりに残酷だった…。

オイディプスといえば、ギリシア神話ではスフィンクスの謎を解いた人物として有名。
「1つの声を持ち、2つ足にしてまた4つ足にしてまた3つ足なるもの」
これなーんだ?ご存じの通り答えは「人間」。あのエピソードですね。
先王ライオスの亡きあと、スフィンクスの通せんぼに悩まされていたテバイの国民を救ったのがオイディプス。
その叡智により国王となったのだが、実はオイディプスは山奥に捨てられたライオスの実子であったのだ。
「自らの子の手により、亡き者にされる」という信託を受けたライオスは、子供が生まれるや捨てるようにと命じたのだった。

と、ここまでくればご察しの通り、オイディプスがその子供であり、
探していた犯人は、実は自分であり、さらに先王の妻、つまり実母と契りを結び、
子供までもうけてしまっていたという事実が明らかになる。

ギリシア神話を読んだ人なら、この話知ってるわ~と思われるかもしれません。
私も一度は読んだことのある物語でしたが、劇作になるとここまで美しくなるものかと感動しました。
古い劇作だからな~と油断してましたが、構成の巧さ、詩句の美しさ、合唱の入り方、
どれをとっても見事でした。私的にはシェイクスピア悲劇にも匹敵する面白さでした。

良き王として国を救う想いが強いほど、自分を破滅に導いていくというのは、
悲劇の中でもさらに悲壮感を増す。これには脱帽の一言。

もっと興味深かったのは、後書きの部分で、
「スフィンクスは人間に「己を知れ」という意味で、あの謎を問いかけていた」というくだり。
オイディプスは「人間」という答えを導き出せたが、のちに自分自身についての「素性」を
知ることになり、「己を知ること」になる。これは、あまりにも皮肉が効いている。
作中でも「俺はスフィンクスの謎を解いた男だぜ」的な発言をしており、その対比が際立つ。

そう考えると、ギリシア悲劇というのはなんて奥が深いんだろうと思う。
1つ1つのストーリーが短いので、そこまで深読みして読んだことはなかったのですが、
今考えるとたしかに教訓的な話も多かったなあと今更ながら感じます。
(アクタイオーンの話はひどすぎると思いますが…笑)

劇作の美しさが、ギリシア神話という土台に加味されたこの作品は、
ギリシア悲劇を知るという意味で、大きな役割を果たしてくれる書です。


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スペードの女王・ベールキン物語

2009年03月29日 00:22

『プーシキン』著 神西 清 訳 岩波文庫 221ページ

以前も少し感じていましたが、私はやっぱりロシアが好きみたいです。
プーシキンもこの本でスゴい好きになりました。
話のまとまりといい、視点といい、単純なストーリーなのに完成度が高い。

プーシキンがいかほどの人かを知るには、彼がロシア文学の先駆者であり、
スペードの女王の主人公ゲルマンは、ドストエフスキーの「罪と罰」の
主人公ラスコーリニコフのモデルになっていることでもうかがい知れる。

かるたあそび(カードゲーム)の集まりで、フェドトヴナ伯爵夫人が
絶対に勝てる秘儀を知っているという話題が持ち上がる。
夫人はその秘儀を誰にも洩らさずにいるが、その昔に一度だけ
その方法で知り合いを窮地から助けてやったことがあるという。

誰もがお伽噺だと信じなかったが、ドイツ青年のゲルマンは、
それを聞き出すために夫人の元へ出かけていく。
その方法とは、「3、7、1」の順番でカードを出すというものだった。
ゲルマンは賭博場で多額な賭けをし、勝負に臨むが、
最後のカードを引き当てたとき、スペードの女王がニヤリと薄笑いを浮かべる。

その後、ゲルマンは気が狂い、「3、7、1」、「3、7、女王」…とつぶやき続ける。

岩波だから若干固い感じはあるが、話の流れもスマートで読みやすい。
クライマックスの印象の深さが後を引く物語でした。
後半のベールキン物語では5篇の短編から成り、
「贋百姓娘」など明るいハッピーエンドな物語もあるのですが、
ロシア文学はやっぱり「負」のテーマが最高に面白いと思います。

プーシキンはのちの大物作家たちの到来を予期するかのような
ロシア文学の源流を見たような気がします。


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危険な童話

2009年03月25日 00:09

『阿刀田高』著 新潮文庫 287ページ

一昔前に「本当は怖い○○」というようなタイトルで流行ったのがありましたね。
その類のかと思ってたんですが、全然違いました。
阿刀田さんの本来の分野で、現代もののショートストーリーでした。

10作品の収録ですが、どれもユニークなものばかり。
のほほんと読んでたら、最後の2、3ページでいつも驚かされます。
なんかこの感じ、デジャヴだなーと思ってたら、あァ…あれです、
「世にも奇妙な物語」です。あれに似てました。

あからさまなホラーではなく、異様な薄気味悪さにゾッとするような作品ばかり。
この独特なセンスは本当にすごいな~と思います。

阿刀田さんの短編は、いうほど読んでないんですが、
どっちかっていうとこの人は、ちょっと気味の悪い話のほうが合ってる気がする。
ほっとするストーリーや、ギャグみたいなのも勿論おもしろいんですが、
やっぱりキレがあって「うまい!」と思うのは、今回みたいな短編。
なんていうか…、奇妙なところを見つける発想が鋭いという感じ。

お気に入りは「茜色の空」。
同窓会で40年ぶりにあった親友と、子供のころ、
夕陽の校庭でした友情の誓いを語り合う。
懐かく、切ないような、それでいて温かい気持ちになったところで…。
ドンデン返しがキツい。実にシュールだ。

一つの長さも30ページ前後とちょうどいい。
一日とかからず読めてしまいます。


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ヴィヨンの妻

2009年03月24日 00:47

『太宰治』著 新潮文庫 173ページ

なんだか知らないけれど、不思議な魅力のある作家。
今回ので太宰の本は、新潮文庫にして3冊目になるけれど、
楽しい気持ちになる作品が少ない割に、妙に気になる作家だ…。

収録作品は以下の8作品。

・親友交歓   ・トカトントン
・父        ・母
・ヴィヨンの妻  ・おさん
・家庭の幸福  ・桜桃

正直、私の読みが浅いので、太宰が何を言いたかったのか、
8作品を通してあんまり理解することができなかった…。

表題作の「ヴィヨンの妻」は、放蕩者の夫がしでかした盗みをきっかけとして、
妻は料理屋で働くことになる。新しい生活に喜びを見出す妻と、変わらず酒を飲み続ける夫…。
最後に妻は他の男に犯されるが、「生きてさえいればいいのよ」と
夫に何も話すことなく、いつものように働き続ける。

暗いストーリーの割には、あっさりとした妻の態度が印象的。
太宰の作品はどれもそうだが、女がとても力強いと思う。
夫の遊楽にもめげず、子供を育て、なんとかやりくりしている。

戦争のさなかも芸術意欲を燃やし、作品を書き続けた作家というのは少ない…と、
どこかで読んだことがあるけれど、太宰はその数少ない作家の一人。
無条件降伏の後の虚脱感、それを作品にも読み取ることができる。

作品の中の女は力強いと書いたけれど、引き換えに男の方は変わらない。
戦後の新しい日本の歩む道、希望の道を女性の力強さに見る反面、
常に付きまとう虚脱感が、作家のもがいている心情を投影していると思った。
テーマが分かりづらいな…と思うのも、そこかもしれない。
迷っている気持ちが分かるからこそ、救いようのない夫の行動も憎めない。

太宰治の作品は、その作家の家庭生活を垣間見れるものが多いが、
もしまあ、これが半分でも実話だとすると、大変な人だったのだろうなあ…。
「家庭の幸福は諸悪のもと」と言ってのけるように、決して純粋に家庭生活を楽しめる人ではなかったようだ。


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クロイツェル・ソナタ 悪魔

2009年03月22日 23:31

『トルストイ』著 原 卓也 訳 新潮文庫 215ページ

性について、トルストイのストイックな主張が読み取れる2作品。
どちらも言うことに理屈が通っているので、やっぱりすごいなーと思わざるを得ない。

クロイツェル・ソナタついて取り上げてみると、列車の中で数人の男女が
離婚問題について論じている。一人の男がその問題について、
「女は男を恐れるべきである」という主張をするが、周りの者は「古い考えだ」と反論する。
男はかつて、妻が不貞を働き、それが元で妻を殺したことを告白する。

彼はそこにいたるまでのいきさつと、人間は性に対してどうであるべきかということを語る。
後書きの解説で、男女の関係をまとめた文があったので、トルストイの言いたいことを要約すると、

第一は、男性に対する女性の隷属。
第二は、男性に対する女性の反抗。ここでは女性も権利の平等を要求する。
第三は、偽善の仮面を被った道徳。

つまり、男性が性的な対象として女性を見る→女性はそれを受けた上で、
(つまり要求にこたえ、隷属を承知の上で)引き換えに権利を要求する→
そして、その性の結びつきを世間は愛という言葉で飾り立てる。
と、簡単に言うとこういうことなのだが…。

人間は真の目的を求めて生きるのであれば、性欲や性行為は目的の妨げである…とトルストイは言う。
極論を言えば、目的を達した人間は死んでもよいのである。
かといって、逆に動物のように生み増やすことを目的とする人間はいない。
性欲が死に対する予防剤となっている…そんなニュアンスにも読み取れる。
しかし、死んでもいいほど高尚な目的を持っている人間など、本当にいるのだろうか?

たしかに性欲というものがなくなれば、そこから生まれるわだかまりや、問題もなくなり、
動物的に子を産み育てる行為のほかには、愛と名付けごまかす欲望的な気持ちもなくなるかもしれない…。
しかし、トルストイとて自分の浮気問題がなければ、この事を深く追求しなかったであろうし、
現に一夫一婦制を貫いている人間もいるのだから、私としては少し見方を変えれば、
まったく違った考え方が生まれる可能性もあったじゃない…と思う。

ただ、ここまで自分の主張を強く立派な理屈として、作品にするのは難しい。
トルストイは、この2作品以外にも、性についての考察に関するものを、いくつか書いており、
その生涯で大きなテーマになっていたことは間違いない。
一つの事柄にここまで深くつきつめて考える人だったのかなあと思うと、
やはりスゴイ作家だったのだなあと、尊敬を感じ得ない。


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楽しい古事記

2009年03月18日 21:15

『阿刀田高』著 角川文庫 293ページ

「天地初発之時、於高天原成神名…」
この時点で、古事記はもぉいいか…読む気をなくしてしまう。
もともと外国語に近い古文を、初心者が原文から入るのは無理というもの。

阿刀田さんは入門書をたくさん書いているが、日本のものに着手したのは珍しい。
相変わらずの手腕で、難解な古事記もユニークに紹介してくれる。

基本的に、○○のミコト、○○のオオキミ、などの名前からして覚えにくい。
うんざりさせられ、読む気をなくす。その連鎖に必ず陥ってしまう。
初心者の私たちには、誰に注目して読むべきなのかが分からない。
そこをスムーズに解決してくれるから嬉しい。

アマテラス大神や、ヤマトタケルなどの有名な名前は知ってるが、
意外に何をどうした神様なのか、知らないことが多い。
読んでみて、大したことしてないんだな…というのが正直な感想(笑)。
阿刀田さんのいいところは、その伝承の紹介にとどまらず、
由来のある現地に赴いて、そこの感想も一緒に語ってくれるので、
さながら一種の紀行譚のような趣がある。

入門書だけあって、時代錯誤の指摘も簡単にすませ、
ストーリーとして楽しい部分だけを抜き出してくれる。
感想としては、聖書に似ているな…と。こういった歴史を語る書物には
よくあることだが、初期の頃の話は「伝説」のような人間離れした話が多い。
時代がすすむにつれて、戦争の話が多くなってリアルな歴史に近づいていく。
古事記も例外にもれずそれで、後半になってくると多少面白さも減速気味。

「楽しい古事記」というタイトル通り、冒頭に取り上げられている話は、
イザナギとイザナミが、ようするにチョメチョメするところから。
さすが、阿刀田氏は読者をひきつけるポイントを押さえてらっしゃる(笑)。
それ以外にも、古事記の書かれた時代背景や、思惑のようなものも勉強になりました。

日本人である以上、やはり古事記の内容は多少知っておきたいところ。
全く読んだこともなく、興味もない…という人には、お勧めの一冊。


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シャーロック・ホームズの帰還

2009年03月16日 22:53

『コナン・ドイル』著 延原 謙 訳 新潮文庫 389ページ

前回の「シャーロック・ホームズの思い出」で、宿敵モリアティ教授と、
ライヘンバッハの滝で死んだはずのホームズ。
しかし、読者からの強い要望に応え、ドイルはホームズを”帰還”させた!

「シャーロック・ホームズの思い出」↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-271.html

私のようなにわかファンにとっても嬉しい復活!
自分の死を悟られないように、しばらく東洋方面へ漂泊していたホームズが、
ある事件をきっかけにロンドンへ戻ってくることになった。
生きているホームズを見た時のワトスンの驚きようと、喜びようはぜひ本編を読んでもらいたい。

これで最後…と「思い出」で考えていたにも関わらず、
復活以後の方がエピソード数して多いのは、ファンの熱狂ぶりがうかがえる。
その通り、ますます円熟した筆致はホームズ・シリーズでも一番と言われる、
「金縁の鼻眼鏡」を始めとして、「六つのナポレオン」など、有名な作品を生み出している。

しかし、やはりこの巻で注目したいのはホームズが”帰還”する「空家の冒険」。
巧妙な変身でロンドンへ戻ってきたホームズ。
ワトスンとの再会、モリアティ教授に次ぐ危険人物、モーラン大佐との対決。

1894年の「最後の事件」から、間に長編(バスカヴィル家の犬)をはさむものの、
直接的に復活する「空家の冒険」1905年までの間は、実に11年間。
当時のファンにとっては、これぞ待ってましたの一編。
事件の内容もさることながら、どうしてホームズは助かったのか?
その部分が知りたい!という欲求を十分に満たしてくれる内容だったのではなかったでしょうか?


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デミアン

2009年03月12日 21:05

『ヘッセ』著 高橋 健二 訳 新潮文庫 233ページ

「私は自分の中からひとりで出てこようとしたところのものを
 生きてみようと欲したにすぎない。なぜそれがそんなに困難だったのか」

本書の冒頭にある言葉は、この本を読み終わったときに読み返すと感慨深い。
この小説は自我を追求する主人公シンクレールの物語。
哲学的な話で最初はテーマが分かりづらかったけれど、
すこしニーチェ的な、下手をすれば危険な思想に結びつきそうなテーマ。

少年シンクレールは、友達同士の集まりでよくある「悪いことの自慢話」に加わっていた。
不良の一人に目をつけられないよう、とっさに嘘の話をでっちあげてしゃべるが、逆にその嘘をゆすりに使われる。
今更、嘘ともいえずに従うしかない彼は、毎日つらい日々が続言いていた。

しばらくたってのち、シンクレールはデミアンにであう。
デミアンはとても早熟していた。周りの者を寄せ付けず、先生に対してさえ自分の意見を言い、
時にはやり込めることもあるほどの大人びた子どもだった。
彼はシンクレールの悩みを、何がしかの行いによって解決した。
つらい日々、それは突然に終わりを告げたのだった。

物語の最初の方で、シンクレールは世界には2種類あることをデミアンに教えられる。
1つは規律や戒律、祈りが支配する善の世界で、そこには父母、やさしい姉たちが属していた。
もう1つは反対に俗なもの、犯罪などを包含する悪の世界。すなわち、前述の不良が属す世界だ。
この考え方を知ったシンクレールは、青年になるとそれがいっそう明確な心理だと感じられた。

神は半分だけに存在してはいけないのだ。世界の善だけを要求する神は本当ではない。
「汝の欲することをなせ」、という理論に通じるところがあるかもしれない。
たとえば、子孫を生み増やすことは称賛されているのに、性行為自体はけがらわしい扱いを受ける。
その矛盾に気がつけば、自我を追求する真理に流れるのは当然だ。しかし、たいていの人間はそれができない。

「ぼくは自分の夢の中に生きているんだ。ほかの人たちも夢の中に生きてはいるが、
自分自身の夢の中ではない。それが違いだ」

彼があこがれた女性をモデルに絵を描いたとき、その姿はデミアンに見え、自分にも見えた。
シンクレールはデミアンに影響されていたのではなかった。
つまるところ、彼の思想は最初から自己から出てきたものだったのだ。
すべての人間の生活は自己自身への道である。どんな人もかつて完全に彼自身ではなかった…。

そして冒頭の一文へ繋がる…。
この本はできたら二回読んだ方がいいと思う。
自分に立ち迷う青春時代に読むと、大きな影響を受けていたかもしれない。
戦後という地盤の上で、ドイツの青年たちに与えた影響を考えると、
この本がキリスト教よりも救い求めるに値する書物となる事は頷ける。


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みずうみ

2009年03月08日 01:54

『シュトルム』著 高橋 義孝 訳 新潮文庫 163ページ

よく古本屋で見かける本なので、一時期売れていたのかな?
これと「チップス先生さようなら」は必ず見かける…(笑)。

シュトルムという作家自体はよく知りません。
読んだイメージとして、作風は少し地味だが、懐かしい感じ。

「みずうみ」、「ヴェローニカ」、「大学時代」の三作品を収められてるが、
どれも恋愛(青春)をテーマにしたもの。一番有名なのは、初期の作品「みずうみ」。

老人が幼いころの少女との淡い恋から、別れまでを回想している。
将来の結婚を誓ったラインハルトとエリーザベトの二人。
幼かった二人は成長し、ラインハルトは故郷を離れて都会の生活へ移った。
連絡が途絶えがちになったところへ、エリーザベトが結婚したというニュースが入ってくる。

まるで、木綿のハンカチーフ…。
こういうのって、誰を責めることもできないテーマですよねえ…。
感想としては、まあ普通。深く考えさせられるほど重くもなく、
しかし、作品としてはしっかりとしたテーマを持っているといった感じ。

大抵こういう作品は、作者自身の恋愛経験が投影されていることが多いけれど、
シュトルムの場合も例外ではなかったみたいですね。
彼女を責めることもできないし、自分の気持ちの整理もつかない。
そんな微妙な気持ちの表れがありありと見えるような、青春小説です。


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変身

2009年03月03日 23:54

フランツ・カフカ』著 中井 正文 訳 角川文庫 192ページ

あまりに奇異なストーリー。最初から強くひきつけられる作品です。

<あらすじ>
グレゴールは出張販売員。朝四時に起きて、五時には家を出る。
仕事は楽ではない。家は借金を抱えており、父は引退して仕事もない。
母はぜんそく持ちで病弱。妹は17歳で、まだ子供のようなものだ。
グレゴールの収入が一家を支えていた。

ある日、いつものように朝目覚めると、グレゴールは茶色い甲虫の毒虫になっていた…。
家族は驚き、憐み、気味悪がる。しだいにグレゴールに対する家族の態度は無関心に変わり、
干からびたグレゴールは死んでいく。そして家族は解放されてピクニックにでかけるのだった。
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…どうも、この”甲虫”という表現では伝わりにくい。
カナブンとか、カブトムシの大きいのを想像すると近いかなぁ。

家族はこの虫の世話と、収入がなくなるのとで二重に負担がかかることになる。
最初は驚き、気味悪がるが、しだいにその状況に慣れ、虫の存在を疎ましく思うようになる。
ところが、当のグレゴールは話こそできないが家族の話す言葉は理解でき、考えることもできる。
彼が虫になった朝、まず考えたのは仕事のことだった。

全然驚いていないのが実にこの小説の奇妙なところ。
虫になった朝、グレゴールはタンスを頼りにすれば、立ち上がれるかな…とか冷静に考えたりする。
カフカは仕事に対して嫌悪感をかなり持ってた人だから、そこらへんの感情も反映されてるのかも。
いくらなんでも、虫になってりゃ仕事ができないという言い訳ぐらい通るだろう…的な。

虫というだけで、グレゴールが家族に対して貢献した過去が一掃されてしまっている。
父親は仕事を始めて少し若さを取り戻し、妹も仕事を始めて神経質になった。
今まで「俺が守ってやらなければ…」と思っていたグレゴールの愛情を、
まるでエゴだと言わんばかりに変わっていく家族たち…。

そして、最後には家族にとってグレゴールは不要の存在になり、
死んだあとに、ほっとした家族はピクニックへ行く…。
なんという孤独な作品だろう。おのずとカフカの家庭事情も見えてくるというもの。

正直難しい小説でした。いろんな解釈にとれるので。カフカの研究者が沢山いるのも分かります。
「ある戦いの描写」という作品も収録されていますが、こっちは私には理解できませんでした。
とても謎な作家です。読んだ後の「すげえ作品だ…」という感銘は強く残るのですが…。


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