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青春は美わし

2008年10月31日 23:07

『ヘルマン・ヘッセ』著 高橋 健二 訳 新潮文庫 121ページ

暖かな田舎の情緒と、みずみずしい青春を表現した2編を収録。
主人公の年齢がはっきりと書かれてないので推測によるけれど、
だいたい15、6歳の設定でいいのかな。

少女マンガのヒロインは、16歳が王道らしいですね。
それなりに理由があるのだろうと考えてみたことがありますが、
今回ヘッセを読んでみて、なんとなく分かりました。

ここで突然話は脱線しますが、シェイクスピアのロミオとジュリエットは何歳だと思いますか?
ロミオは16歳。そしてジュリエットはなんと13歳。うひょー(!)。
その頃で言えば、結婚してもいいくらいの年齢だったんでしょうが、
13歳といえば中学1年生ですよ。パリス伯爵にロリコン疑惑が…!

この「青春は美わし」の主人公も、ロミオと同じような年齢でしょうが、
ロミオはもともと物語の最初でロザラインという女性に恋い焦がれている。
けれど、ジュリエットを一目見た瞬間に恋に落ちて、ロザラインの事はキレイさっぱり忘れてしまう。

参考までに「ロミオとジュリエット」↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-70.html

主人公のヘルマン(自分の名前なのか?)は、久しぶりに帰郷して昔恋したクルツに出会う。
けれど、新しく現れた女性のアンナへ簡単に心変わりしてしまう。
ロミオも言っていたけれど、本人たちに言わせれば、「あれは本当の恋じゃなかった」と。

ははぁ、そういう心の目まぐるしい変化、ある意味若いからできる変化が、
少女マンガの題材に持ってこいな訳ですな。(結局そこに落ち着く)

まあ、それは冗談としても、非常に懐かしく思える作品。
若いうちにヘッセを読んでも感動が薄いかもしれませんね。
それはもう、青春のセの字も忘れたような年齢になってから読んだ方が、
より深く味わえると思われます。


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昭和婦人新文庫

2008年10月30日 01:24

『福山秀賢』編 大日本雄辯会講談社 303ページ

発行:昭和3年1月1日「婦人倶楽部」より。
昔の講談社が出していたんですね。昔の名前は、大日本雄辯会講談社…。
なんて読むか分からない…ゆうべんかいでいいのかな。

当時の「これからの女性はどうあるべきか」を淡々と説いた本。
女は家庭に入って男を支えるという考え方が、まだあたりまえだった時代の本なので、
少しずつ西洋文化が取り入れられていたとしても内容はやっぱり家庭中心。

今と決定的に違うのは、婚前に体の関係を結んではいけないってところ。
処女が神聖視されていたのがよく分かります。初夜の時に失望しないように、
「こんなもんなんですよ」という説明がしてあったり、夢を見過ぎないように忠告している。
結婚前に知っておかねばならない性知識…とは、何ともウブではないか。

構成は三つに分かれている。
「結婚前・結婚後の夫婦」
「出産に関する知識」
「最新美容法・主婦の常識」

恋愛に関する章が一番おもしろくて、男性優位の時代だから、
夫が浮気をしてもまず自分の落ち度を責めなさい…とたしなめられる。
そもそも、「男は好奇心の強いもの」で、「我儘で蟲のいいもの」なんだとか。

「男とは奇を好み目新しいものを愛する性情が多分にあるといふことです。
 男心と秋の空、これが男子に共通した性情の一つでありませう。
 しかしこれは男子が女性に対して軽薄だといふのではなく、
 先天的に賦与された男子の特徴でありますから、
 妻たる者はこの性情を十分呑み込んで置く必要があります」

…結局女性が我慢するんでせうか!?(笑)大和撫子とゐふのは気苦労の絶えないことよ。

「また、男は可なり旺盛な享楽的気分をもつてゐるものです。
 性的な話などは耳にもしたことのない清らかな家庭に育った初心な娘さんが結婚生活に入り、
 夫婦としての性的生活を営むと一種の驚異を感じさせられることもありませうが、
 しかし、夫婦には性の結合が案外大きな力となつてゐることを知らねばなりません」

…ははあ、このやうな女性は近年稀になったようでございますが…。

と、こんな具合で非常に面白い。下手な小説を読むよりかは、
こういった古書を読む方が参考になるかもしれませんね(何の?)。


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オズの魔法使い

2008年10月26日 00:03

『ライマン・フランク・バーム』著 松村 達雄 訳 講談社文庫 243ページ

童話の名作。絵本では堪能できないエピソードも収録して堂々の243ページ。
実は続編があって、実に全部で14冊にもなるんですって!ビックリ。
折角小説でちゃんと読んだので、教訓的な側面から今回はオズを紹介しましょう。

カンザスに住んでいたドロシーが竜巻で家ごと飛ばされ、オズの国にやってきた。
脳みそが欲しいかかし、心が欲しいブリキの木こり、勇気が欲しいおくびょうもののライオン、
そして子犬のトートー。みんなで連れ立って願いをかなえてもらうためにオズ大王に会いにいく。

作者のバームはこの作品についてこう言っている。
「もっともらしい教訓、お説教などは抜きにしたような童話もあってよいのではないか。
 今の子供達は教訓などというものは学校で教わるのだから、ただもう存分に楽しませてくれるような、
 あっと驚かせてくれる、不思議なお話を求めているのだ。
 そこには不愉快な出来事などはあらわれなくてよいのである」

なるほど、絵本で見る限り教訓的な部分は随分省かれてしまったなと感じる。
けれど、原作ははたしてそうは思えない。作者が意図したかしないかに関わらず、
充分に哲学的な内容を含んでいるし、ドロシーの成長は教訓的だ。

例えばかかしとブリキの木こりの対話。
脳みそが欲しいかかしは、木こりが心を欲しがっているのを聞いて、
「だって、脳みそがないと心を持ってても使い方が分からないじゃないか」と言う。
木こりはそれに対して反論する。
「いや、やっぱり心がいいよ。脳みそだけじゃ幸せになれない。世の中で幸せほど大切なものはない」
フーン…難しいテーマでありますなぁ。

ドロシーはそんなことどうでもよくて、とにかくカンザスへ帰りたい。
「そんなのどっちでもいいわ」と、内心思う。
しかし、いざオズにかかしが脳みそをもらう段になると、
「あたしは、もとのままのあんたが、いつも好きだったのよ」とくる。
最後にはこの仲間達がかなえたそれぞれの願いを、心から喜ぶことができる。

よくよく考えてみると、皮肉が効いた小説だなあとも思う。
オズに願いをかなえてもらうまでに、ドロシーたちは沢山危険な目にあう。
しかし、困難にぶつかった時に何かいい知恵を絞りだすのは、脳みそのないかかしだったし、
悲しい事があって涙を流すのは、心のないブリキの木こりだった。
恐ろしい事があって足がすくむ時に勇気をだして立ち向かったのは、おくびょうもののライオン。
それでも皆、やっぱり自分の事をダメなヤツだと思っている。
オズがそれぞれに欲しいものを与えた時、まるで生まれ変わったように自分に自信を持つ事が出来る。

何か明確な形を取らないと、自信をつけれない心理を皮肉っているのか。
それとも、そういったものは誰しも生きる上で持っているのだから、自信を持てという事なのか。
いや、両方を示唆しているのでしょうね、きっと。


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恐怖の谷

2008年10月23日 00:23

『コナン・ドイル』著 延原 謙 訳 新潮文庫 258ページ

シャーロック・ホームズの長編シリーズ第4弾。
これで最後の長編になる。一番完成度が高いと言われる前作の「バスカヴィル家の犬」より、
私はこちらの方が好きかも知れない。少し打ち解けた話し方のホームズがGOOD。
シャーロック・ホームズのシリーズは、カテゴリー「コナン・ドイル」を参照してください。

今回の事件は、宿敵モリアティ教授の影が見え隠れする。
表面上はきわめて立派な教授で、学問もあり才能もあり、問題ない人物に見える。
「シャーロック・ホームズの思い出」で、その対決が語られるが、今回は横へ置いておこう。

事件はホームズの元に届いた暗号の手紙から始まる。
いつもの鮮やかさでその解読に成功したホームズとワトスン。
「内容はバールストンのダグラスに危険が迫っている」というものだった。
時同じくして警部のマクドナルドが、全く同じ内容を伝えるためにやってきた。
かくして、彼らはバールストンへ赴く。

死んだダグラスという男は、散弾銃で顔を打たれて悲惨な死に方をしていた。
生々しい死体の腕には謎の刻印。暗号のメモ。片方しかないダンベル。
地元警察が事件に有力な情報をつかみ、調査に進展を見せている中、
あくまでも自分の仮説を曲げないホームズは、今回も彼流の調査で犯人に迫る。

犯人逮捕のために、彼がした行動といえば…。
殺人現場の書斎に、一晩こもること。ワトスンから借りた大きなこうもり傘を持って。
結果が確定するまでは明確な答えを披露しないホームズ流に、周りはイライラしっぱなし。
しかし、それに従うしかないのも事実。一晩をすぎて彼の下した結論は…。

ワトスンはホームズのことを「実生活における劇作家」だという。

「私の内部からは芸術的な素質が湧きおこって、好演出をしつこく求めるのですな。
 われわれの職業というやつ、ときに結果を美化すうような膳立てでもしないことには、
 まったく単調で目も当てられないものになりますよ。(中略)

 電光的な推理や巧妙なわな、起こりうべき事柄への鋭い洞察、大胆な仮定のみごとな的中。
 こうしたものこそわが生涯の誇りであり、生きがいというものじゃないでしょうか?」

こうして、劇的な結末が見事に披露されるのである。
長編シリーズはその背景の深さがもう一つの楽しみ。
深い因縁に基づいた事件で、今回もその説明のために本編の半分が取られている。
長編シリーズがここで終わってしまうのは非常に残念なところ。

次はモリアティ教授との対決を楽しみに取っておこうと思います。
そういえば、ホームズが映画化されるようで…。コミック版のを元にしたアクションっ気の強いものになるとか。
「ボヘミアの醜聞」で出てきたアイリーン・アドラーが出たり、モリアティ教授が出たり、
割りと原作とは違った内容のようですね。うーん、見に行くかは微妙なところ。
ホームズはあのガリガリな体躯と、ちょっと変人気味の性格がイイと思うのですが…。
そこを監督にはぜひ表現して頂きたいものです。


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月世界へ行く

2008年10月20日 22:26

ジュール・ヴェルヌ』著 江口 清 訳 創元SF文庫 317ページ

「空想科学小説の父」と称されるだけの事はあるなあ~としみじみ感じる作品。
いや~、ヴェルヌはやっぱり勉強家ですね。とにかく数学がバンバン出てきます。
もう、そこらへんはさらっと読み飛ばした感がありますが(笑)。

「地球から月へ」という前編があるのですが、内容としては読まなくても楽しめます。
現在では、ちくま文庫の「月世界旅行」といく訳名で手に入れる事が出来ます。

<あらすじ>
三人の乗組員…すなわち「大砲クラブ」の会長バービケーン、ニコール大尉、
ミシェル・アルダンの三人は、砲弾の発射を今か今かと待ち構えていた。

三人が乗っているのは、拳銃の弾を巨大化したような砲弾型ロケット。
彼らはその中で、無事に発射されて宇宙へいけるかどうか、賭けをしていたのだ。
つまり、人類未踏の惑星である月へ、これから向かうところなのだ!

バービケーン(バービケイン)と、ニコール大尉(ニコル大尉)はアメリカ人で論理的。
ミシェルは陽気なフランス人のモードメーカー。彼らの掛け合いも実に面白い。

「月に行くのは結構だよ、しかしわれわれはどういうふうにして戻ってくるんだね?」
「そんなことは、ぜんぜんわたしは知らないね」
「どうして戻るのか分かっていたら、ぼくは行かなかったろうね」
「月にコロンビヤード砲が無かったら、われわれはずっと月にいるまでさ!」
「そいつはいいや!」

宇宙へ飛び立った砲弾の中で、彼らは楽しげに会話をするのだった。

宇宙へ飛び出した彼らをまず待ち受けていたのは、小さな隕石との衝突だった。
かろうじて衝突は避けれたものの、それが引き起こす結果は予想だにできなかった。
どんな小さな天体も引力を持つように、その隕石にも物質を引き寄せる力があったのだ。
かくして計算されつくした軌道からずれた砲弾は、無事に月面にたどりつけるのかどうか。
-----------------------------------------------------------------------------
凡人はミシェル側の立場で、一緒になって「ああ!きみたちはまったくXの好きな人たちだね!」と
呆れ顔でヴェルヌの数学論を読み飛ばしていればいいと思います。
宇宙への旅が現実に行われている今、ヴェルヌの書く宇宙空間は幼稚に感じますが、そこは仕方ないですね。
あくまでも1800年代後半に書かれた話ですから。そこを考えるとやはり、すごい。

ストーリー的には、科学趣味に力点を置き過ぎた感じがして、「科学説明>冒険小説」。
もちろん、SFとしての注目すべき点は多いのですが、読んでてわくわくする類ではないと思う。
結局月にも着陸せず、目的を達してはいないので残念。
ただ、この作品といい、電気時代の到来予測といい、先見の明には脱帽というところ。

この前編の「月世界旅行」と、続編の「地軸変更計画」も、
それぞれ趣の違いなどもあって(人間描写や、作者の人生の変遷による作風の変化)、比べてみたい。
ちなみに、ヴェルヌの作品をもとにして、メリエスの作った14分の映画も有名ですね。

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食べられた男

2008年10月15日 21:39

『阿刀田高』著 講談社文庫 265ページ

こりゃあ活字嫌いな人も、読んだらハマるんじゃないかな~。
ブラック・ユーモア溢れるショートショート集。全42編。

重い話題も阿刀田テイストで読むと、あーら不思議、こんなにとっつきやすく。
作品みてると、「あ~阿刀田さんっぽいなあ…」と思うものばかり。
シンプルで必要な言葉を厳選した感じ。無駄がない。

基本的に薄気味悪い話が多いので、イメージとしては「世にも奇妙な物語」。
とにかく読みやすいのが今回は一番のポイント。
最近、読書をする時間が減ったせいか、文を目で追うのにいつものスピードが出ず、イライラしてました。
こんな時に読むのはやっぱり阿刀田さんや、赤川さんあたりの作家に限りますねー。

今回も一作だけ紹介を。

夜遅くまで残っていたサラリーマンが、誰もいない廊下を歩いて帰ろうとしていた。
ロッカールームはひっそりと静まり返って薄気味悪い。
ふと、同僚だったN君のことを思い出した。一目見た時から気の弱そうな印象のN君。

N君が配属されたのは、一番底意地の悪いS課長のところだった。
一種のサディズムな新人イビリは、N君を自殺へ追い込んだ。
屋上からの飛び降り自殺だった。遺書はなかったが、言いたいことはきっと沢山あっただろう。

歩いていると、ふと青白い顔が目に浮かんだ。
おや?と思うと、それは次第に輪郭をあらわにしてN君の姿になった。
「…N君!迷わずに成仏してくれ…!」

しかし、N君は黙ってこちらを見つめている。
なんでそんな目つきで私を見るんだ。私は何もしてやしない。見当違いもはなはだしい。
「キミ、お門違いだ。化けて出るのならS課長の所へ出ろ」
怯えながらも私はそう言った。

しかし、N君は悲しげな歌うような声で言う。
「でも、怖くて。オレ、S課長の所へは出られないんだ」

こんな感じのショートショートが続くので、テンポのいいことったらない。
この手のユーモアは、人によって気にいるか気に入らないか分かれるところですね。
私は高尚なセンスだと思っているので、とても気に入っています(笑)。


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新約聖書物語

2008年10月08日 18:44

『谷口江里也』著 ギュルダーヴ・ドレ画 アルケミア出版 223ページ

ホテルに備え付けられてる机の引き出しを見て、聖書が置いてるのに気がついた人は多いでしょう。
あれを手にとって最初のページを見たら、なんじゃこりゃ?と思わなかったでしょうか?

聖書には「旧約聖書」と「新約聖書」があって、ホテルにあるのは「新約」の方。
(たまに旧約と一緒になっているのもありますが…)
「○○は△△の息子」…といった退屈な冒頭部分が続き、キリストの系統が説明される。
聖書を題材にした映画は、「十戒」や「ベンハー」など有名なのがありますが、
基本的にその内容は「旧約聖書」のウェイトが高いのかなと思います。
それは何故か?

うーん、やっぱりダイナミックさが違うからかな。
海をズバーンと真っ二つに割ってしまったり、街を雷で一掃してしまったり。
「新約」はイエス・キリストの生涯を追う物語だから、少し控え目。
水面を歩いたり、水を葡萄酒に変えたり…ちょっと地味(失礼)。

前回の「旧約聖書物語」はコチラから↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-151.html

「新約聖書」の内容は、もうご存知の前提で今回は省略。
構成はマリアの受胎告知からイエスの誕生、ヨハネの洗礼、
布教を始めるイエスと続いて、エルサレムで十字架にかけられるいつもの流れ。
そして、復活、昇天、弟子たちの布教活動、ヨハネの黙示録と続く。

イエスのセリフっていうのは、ちょっとよく分からないのが多い。例え話も多い。
いや~、神の子はやっぱり言うことも違うわな…意味は分からないけど厳かな感じだし。
正直こんな感想を持ってしまうのが、だいたい一般人の共通するところ。
谷口さんの訳は前回も読みやすかったのですが、今回のも分かりやすい。
すべてを網羅したわけではないけれど、必要な場面は押さえてますって感じ。
極力、普通の日本人が読んでも分かるように訳してくれているので、
ホテルの聖書のように投げ出してしまう事は無いと思います。

特に興味深かったのは「ヨハネの黙示録」。
キリストの話はだいたい分かったけれど、これについては触れる機会が少なかった。
これはいわゆる「預言書」。ヨハネさんが受けた啓示をそのまま書き記したもの。

これがまたドレの絵に合う。四頭の馬が天から降りてくる姿や、
大天使ミカエルと竜の戦いなど、荘厳な雰囲気がよく分かって面白い。
普段読む機会がなかったので、勉強になりました。

現在出ているアルケミア出版のドレ画作品は、今のところこの新・旧聖書と、
ダンテの神曲、寓話1~3までですが、もっと見てみたいですね。
大型本で値段も張って、本棚を見ると結構なスペースも占領してますが…(笑)。


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はつ恋

2008年10月05日 21:41

『イワン・ツルゲーネフ』著 神西 清 訳 新潮文庫 137ページ

やっとロシア名にも抵抗がなくなってきました。
ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフなどの有名すぎる作家が多いせいか、
ちょっと目立たないイメージがありますね。

ロシア作家というのは人間観察が得意なんでしょうか。
決して派手な話は書かないのですが、人間の心理を書きだす技術というのは素晴らしいと思います。
ロシアという土地柄、寒くてじっとしてるかわりに、人間観察ばかりしてたとか…そんな訳ないか。
この技術に関してはツルゲーネフもしかり。

ある夜、男が三人集まって、それぞれの初恋の話を始めた。
その中の一人の男が語った話はこうだった。

ウラジーミル青年は16歳のころ、別荘で零落した公爵家の年上の令嬢ジナイーダと出会った。
彼女には何人もの男が集まっていて、いわば彼もその一人に加えられた形だった。
しかし、ウラジーミルは彼女に恋をした。
気も狂わんばかりの日々を迎えるが、ある夜、ジナイーダのところへ忍んで行く父親の姿を目撃する…。

公爵令嬢ともあろうものが、結婚相手に事欠かない身でありながら…一体その先に何があるというのだろう。
みすみす自分の前途を台無しにするのが恐ろしくなかったのだろうか。
ウラジーミルはそこで気がつく。

…そうか…これが恋なのだ。

初恋。すべてが正当化されるようなあの興奮から、一つ大人になるあきらめにも似たあの段階の感情が
表現されている作品だと思います。たしかに…正直言ってしまうとドフトエフスキーやトルストイからは一歩下がった感じ。
逆にいえば、時代背景などの難しい部分を省いて読めるので、
ロシア文学をお手軽に軽く読みたい、雰囲気をつかみたいという方ならとっつきやすいかもしれません。


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注文の多い料理店

2008年10月03日 18:35

『宮沢賢治』著 新潮文庫 358ページ

今回は宮沢賢治のイーハトヴ童話「注文の多い料理店」の全話と他10作を集録した本へ挑戦。

・イーハトヴ童話収録作品       ・ その他10作
  序                       雪渡り
  どんぐりと山猫               ざしき童子のはなし
  狼森と笊森、盗森             さるのこしかけ
  注文の多い料理店            気のいい火山弾
  鳥の北斗七星               ひかりの素足
  水仙月の四日               茨海小学校
  山男の四月                 おきなぐさ
  かしわばやしの夜             土神ときつね
  月夜のでんしんばしら           楢ノ木大学士の野宿
  鹿踊りのはじまり             なめとこ山の熊

だいたい年代順に並べられているけれど、どれも甲乙付け難い。
評論家でないなら、これが一番!という作品は読み手で大きく異なると思う。

どれも20ページ前後で終わるため、読むのに区切りやすい。
しかし、話は短くても、その初めの数行で宮沢ワールドへ取り込む手法はさすが。
たちまちその世界が目に浮かぶのです。

「そのとき西のぎらぎらのちぢれた家のあいだから、夕陽は赤くななめに苔の野原に注ぎ、
すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました」
                                      (鹿踊りのはじまり 冒頭部分)

私たちが雄大な自然を前にしたとき感じるあの恍惚感。
アドレナリンが大量に出ている時に、宮沢賢治のペンが動いたのでしょうか?

「ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風の中に、
ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです」
                                            (イーハトヴ童話 序)

「鹿踊りのはじまり」で、主人公の嘉十は、鹿たちがぐるぐる踊る輪の中に我を忘れて飛び込んでいってしまいます。
本当は誰しもこんな心を持っているのかもしれません。
アーティストは芸術を表現するときに、「ここはジャーンって感じ」と、曖昧な言葉で言いますが、
それは仕方のないことなのかもしれません。
宮沢賢治も独特な擬態語・擬音語でできる限りありのままを表現しようとしたのではないでしょうか。
伝えにくくもどかしい、しかしすばらしい自然や動物たちを。


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続 あしながおじさん

2008年10月01日 20:20

『ジーン・ウェブスター』著 松本 恵子 訳 新潮文庫 354ページ

ジョン・グリア孤児院に新しい風が入り込んだ。
前院長のリペット女史がその職から退き、替わりにやってきたのは
ジュディの親友サリー・マクブライドだったのです!

『あしながおじさん』参照↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-62.html

サリーは前主人公ジュディの大学時代の親友。
あしながおじさんこと、ジャーヴィスさんと結婚したジュディは千万長者になりました。
クリスマスプレゼントに夫から貰ったのは、なんと育った孤児院を改造するための莫大な資金。
ジュディはそのお金をサリーに託して、孤児院の院長になってくれるよう依頼したのでした。

さあ、大変な改革が始まりました。
抑圧に慣れた子供達は、無感動でスレた子供ばかり。
いやいやながらも引き受けたサリーは、その醜悪な施設に驚くばかり。
自分には無理!そんな気持ちはしだいに子供たちへの愛情に目覚め、
院長としての誇りが芽生えてきて…。

ウェブスターの素敵な手紙がまた読める!
前作で反響を呼び起こした作者がアンコールに答えて二作目を出版。
今回も笑いあり、事件あり、感動ありのてんこ盛り。
サリーが孤児院で起こったことを、ジュディに手紙で報告する形式です。

一つ一つの手紙を読み終わるたびに、少しずつ変わっていく孤児院が目に浮かぶよう。
漂う孤児院臭を新鮮な空気で吹き飛ばし、食堂を明るい色に塗り替えて、
イモばかり食べていた子供たちの食事の献立を考えて…。
ずっとイモが植えられていた畑には、玉ねぎ、トウモロコシ、トマト、大根、人参、カブが植えられました。
これで孤児たちの成長に大いに役立っていくことでしょう。

物は買うものという概念がなかった子供たちに銀貨を与え、
欲しいものを考えて買わせると、とても誇らしげにそれを自慢してみせるのです。
どうしてこんな小さな天使たちを愛さずにいられましょう!
サリーの目標は、いつのまにか「世界一の模範的な孤児院にする」というものになっていました。

そんな経営を支えてくれていたのが通称「敵さま」。
孤児院のかかりつけのお医者さんで、表情を表に出さないスコットランド気質のマックレイ先生。
いつもむっつりしていて科学的で、理路整然。活発なサリーとはどうも気が合わない。
しかし、子供たちに対する愛情は本物で、サリーが子供のことを一心に考える時は、
不思議とこの医師と意見が合うのでした。

決して恋愛話ではないのですが、孤児院の経営を通していつでも支えてくれる存在にサリーが気がついた時は感動もの。
サリーはもう孤児院から離れられなくなっているので、その仕事に理解を示し、誇りを持ってくれる相手がどれほどありがたいか知れません。

「たとえば私が引退してから結婚して当世の家族並に子供を持つようになったとしても、
 精々五人か六人ぐらいの子供より持てませんし、それがどれもみんな同じ遺伝子体質です。
 だったらそんな家族は、全然無意味で単調でやりきれませんわ!
 あなた方は私をすっかり孤児院化しておしまいになりましたわね。
                                 おうらみ申す、サリー・マクブライド」

どうでしょう、こんなに仕事に誇りを持った素敵な女性を妻にもらおうと思ったら、
余程の覚悟と寛容さがないと難しいと思われませんか?


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