スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

千夜一夜物語5

2008年01月27日 23:02

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 638ページ

そろそろ一人目の子供が生まれている頃かな?295~397話を収録。
シャーラザッドと、シャーリヤル王の楽しい夜は続く。

千夜一夜のいきさつは、御面倒ですが前回紹介させてただきましたので、そちらをご参照ください。
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-33.html

今回は、比較的短い話が多く、読みやすい。
ちょっと大人向けかな?というシーンも多め。
卑猥な言葉遣いがまた庶民的な話をいい具合に醸し出しています。
イスラム教は、結婚した女性が面紗で肌を隠す等、性に対して抑制が強い宗教です。
その反動か、こういった庶民的な話は卑猥なものが好まれたそうですが、王様も人間、
やっぱりこういう話がお好きなんでしょうか?

男女の交わりの他にも、よくあるのが男性同士の関係。
男装した女性がからかって男色を迫るのもあれば、本当に男性が迫るパターンもあり。
トルコの外国人旅行客は、トルコ風呂に入った後、少年たちが体を揉んでくれるのを、
受動的同性愛者のそれと知らずに、サービスと勘違いし快く受け入れるとかなんとか。

今回は、そんなオトナな話を一つ紹介します。

教主はある晩のこと、三人の奴隷女をはべらせて休んでいました。
一人の乙女が主人の一物をいじいじとやってると、そのうち息子はむっくり大きくなりました。
うふふん、さあ、今からお楽しみの時間よん。
そんな彼女に気がついてか、もう一人の乙女がそれを見て、すかさず教主の体を引き寄せました。

「まっ、あなたったらヒドイのね。横取りするなんて。アラーの使徒も教えの中でこう言ってるでしょ。
死せる土地を蘇らしたるものは、その土地の所有者なりって。だから私のよっ」
そう言って、教主の体を引き戻そうとします。
しかし、相手の奴隷女もアラーの信仰にかけては負けず劣らずで、

「何言ってるの、あなたはこんな言葉もご存じないの?
狩猟の獲物は捕えし者のものであって、追いたてし者のものにあらずってね。
アラーの使徒に、神の祝福がありますように。じゃあ、これは私が頂くわねん」

どーでもいいが、アラーの教えをこんな事に例えていいのか、君たち。

すると、今まで二人を眺めていた三人目の奴隷女が二人を突き飛ばして、
「うふん、じゃあその決着がつくまで、これは私が可愛がっててあげるわね」

教主、いいですね~。それにしても、一物を「死せる土地」と言われても、なんとも思わないんでしょうか。
長いお話も、それはそれで楽しいものですが、こういう小話的なのも楽しめますね。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト

空が落ちる(上)

2008年01月26日 15:31

『シドニィ・シェルダン』著 天馬 龍行 訳 アカデミー出版 302ページ

上院議員候補のゲーリー・ウィンスロープが殺害された。
ウィンスロープ家は世に知られた一族だった。栄誉ある地位を占め、
多額の寄付を行い、誰しもその名を知らぬものは無かった。
しかし、突然悲劇が起こる。一家の長であるタイラーと、その妻が火災で死んだのだ。
その後、一族の誰かが一人、また一人と死んでいく。
そして最後の生き残りであるゲーリーまでもが死亡した。

ダナはレポーターとして、サラエボで活躍したヒーローだった。
現地から片腕の無い少年ケマルを連れてきて養子にし、
スポーツコメンテイターのジェフと婚約をしていた。
サラエボから帰った現在のダナは、人気アナウンサーとして働いていた。
が、ある朝突然ゲーリー殺害ニュースが飛び込んできた。
ゲーリーと知り合いだった彼女は違和感を覚える。

「一年以内に、一家全員が死ぬなんて偶然に起こることじゃない」

悲劇の裏に何かがあると察したダナは、単身調査を始める。
しかし、誰に話を聞こうとウィンスロープ家の人々に関する話は同じだった。
「彼らは素晴らしい一家で、慈悲深く、今回のことは悲劇としか言いようが無い」
自分は考えすぎなのだ。もう、これで最後にしよう。
タイラーの元秘書の女性に話しを聞く機会を持ったダナは、そう考えていた。

しかし、待ち合わせ時間になっても秘書は現れなかった。
何故なら彼女は、数時間前に物言わぬ証人になっていたからだ…。

シドニィ・シェルダンの作品は、大部分が知的な女性を主人公に展開される。
今回も例に漏れず、活動的で魅力溢れる女性が事件に巻き込まれていく。
話の急展開、解き明かされていく事実に、いつも通りヒヤヒヤしっぱなし。

ネットで検索した事がすべて漏れていたら…。
隣の部屋で、すべての会話を聞かれていたら…。
アメリカの人気ドラマ「24」に似て、誰が敵か分からない緊張感が続く。

手に取るときは御用心。続きが気になって眠れないなんて事になりませんように。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

家畜人ヤプー3

2008年01月21日 21:23

『沼正三』著 幻冬舎アウトロー文庫 402ページ

麟一郎は人間ハンモックとなり、宙吊り状態でクララへの祈りをささげていた。
クララはその時、人間スキー(プキー)に跨り、黒人狩りをしていた。

未来世界イースに連れてこられた恋人たち。彼らの関係は順調に?「家畜とヒト」へ変化していた。
戦後最大の奇書、第三巻。前回までのあらすじはこちら↓
家畜人ヤプー1巻→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-17.html
家畜人ヤプー2巻→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-27.html

家畜としての洗礼を受けたリンは、クララへの信仰を強要されていた。
前述したハンモックは、両手両足の力で宙吊りの体を支える。
当然ながら痛む体が、クララへの思念によって和らぐという装置で、強制的に信仰を植えつけられる。
思念が一定以上に満たされていると、クララの装着しているブローチを通して、
彼女の見るもの、聞くものが脳に送られてくる。まさに彼女と一体となる訳だ。
しかし、一たび雑念を生じると、ハンモックの苦痛が襲いかかる。

彼がクララを通して知った事実は、信じがたいものだった。
日本神話の天照大神は、未来のイース人であったこと。
また、イザナミ、イザナギに至るまでが、未来人が実験的に放ったヤプーであった事。
信じがたいが、これは事実なのだ…。リンは次第に人間としての自覚を失っていく。

一方、クララはポーリーンの子宮畜(ヤプム)選びのため、フジヤマへ降り立っていた。
子宮畜というのは、白人の出産を替わりに行うヤプーである。
女性の身体的苦痛を取り除くという意味では、イースの女権制に拍車をかける契機になった。
しかし、その方法は必ず帝王切開で行われる(卑しいヤプーの性器を通過して人間が生まれる事があってはならない)。
その選び方も強烈で、放尿演技やら、逆立ち状態から大開脚しての局部検査など。

後半は、黒人奴隷の食生活事情。白人の放屁を含んだ尿ビール。
(食糧配給管に、尿成分が酩酊効果を発生させる薬を入れてあるため、尿がおいしく感じる)
嘔吐物ソース、さらに白人の衣料を調理加工した下着ステーキ等々。やりたい放題(笑)。
白人のアンドロイドが、放尿・放屁という形でビールサービスするが、そのロボットの名前が
「バッコちゃん」という。何故か、私が星新一さんに申し訳なくなってしまった…。
まあ、説明はこれくらいにして、あとは本編を参照されたい。

説明が長すぎて、ストーリーが進まない。三巻を終えて、二人がイースに来てまだ3日もたっていない。
少し読むのに疲れが出てくるかな?一部の作品評価を見ていても同意見が多いようです。

読書とは、その作品の意図、作者の主張を読み取るのが楽しみの一つでないかと思います。
カミカゼや、ハラキリなど、日本の負の文化を批判した作品であると思っていたのですが、
ここまでくると、単に日本文化を完全なるマゾ文化に仕立て上げる意図なのかと、勘違いしてしまいます。

しかし、作品の中で天照大神が語る「慈悲(チャリティ)主義」には、マゾの極域が読み取れます。
つまり、最初は肉便器(セッチン)を強要しても、嫌がって飲まない。
だが、白人崇拝を植えつけることによって、それが「快楽」へ変化するのである。
私達人間は、黄色人ヤプーに対して「信仰」を与えてやってるのであって、
本来苦痛な家畜の仕事に、快楽・誇りをもたせてやっている。
まさに、これこそ「慈悲」である…という主張だ。

う~ん、とってもS的ですねえ。。。
ヤプーの立場になってみると、初めて「人間とは何か」という哲学が、
「人間のため」だけにあって、他の動物の上に成り立っていると思い知らされます。
この物語、いつかクララはリンを迎えにきて…というハッピーエンドを期待してしまうが、決してそれはあり得ない。
最初こそ、クララが他の男にすぐ恋したのを、少しムカつきながら読んでいたが、
今ではそれも感じなくなってしまった。なぜなら彼は「家畜」だから気にすることはないのだ。

今ではもう、彼は全裸で局部にハンドバッグ用のチェーンをつけられ、犬のようにクララに引かれている。
そして、大人しく彼女の横に「お座り」している。
『これから、どんな家畜にしようか。家具かしら?それとも舌人形?肉便器はちょっと可哀想よね』

家畜として生きる、一生の行方を彼はまだ知る由もなかった。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

イワンのばか

2008年01月19日 18:11

『レフ・トルストイ』著 木村 浩 訳 講談社青い鳥文庫 251ページ

トルストイが晩年になって書き上げた民話を3話収録。『戦争と平和』とか、
難しいのばっか書いてる人かと思ったら、牧歌的なものも書いてるんですね~。
イワンのばか。イワンのばか。イワンのばか。いやん、ばか。昔言いませんでした?(笑)
小学校時代にはやってたんですが…。イワンのばかって、意味不明な言葉だと思ってましたが、
文豪の作品でしたか。失礼致しました。

イワンは三人兄弟で、一番上の兄セミョーンは兵隊を指揮する将軍でした。二番目の兄タラスは商売人で富豪でした。
イワンはお父さんと口のきけない妹の三人で、畑を耕して暮らしていました。
ある日、悪魔小僧三匹が集まって兄弟の仲たがいをしようと企みました。
それぞれ一匹目の小僧は、セミョーンを戦争でボロ負けにし、二匹目の小僧はタラスを破産させました。
二人の兄は、農家のイワンのところを頼ってきましたが、イワンはそれを快く受け入れました。

さて、三匹目の小僧も同様にイワンの農作業の邪魔をしようと、腹痛をおこしたり、
犂を押さえたりしましたが、イワンは妨害にへこたれずに一生懸命働きます。
「このばかには参っちまう。いくら邪魔をしても仕事をやめない」
そのうち邪魔をしているところを悪魔小僧は見つけられてしまう。

「このやろう、憎たらしい奴め」
「ダンナ、許してくだせえ、何でもしますから」
「じゃあ、この腹痛を治してくれよ。痛くてたまらない」
悪魔小僧は、イワンにどんな病気も治す根っこのありかを教えてやる。
三つに割れた根っこの一本を食べると、あら不思議。瞬時に治ってしまった。
「じゃあ逃がしてやる。神様と共にあれよ」

悪魔に「神様」という言葉は、幽霊に「南無阿弥陀仏」というニュアンスと似てるのか、その言葉を聞くと悪魔小僧は死んでしまった。
兄弟達を陥れるのに成功した他の二匹の悪魔小僧は、仲間が死んでいるのを見てびっくり。
仇討ちだ~!とばかりに同じようにイワンの仕事の邪魔をするが、結局失敗して見つかってしまう。
どんな邪魔をされても、イワンはしゃにむに仕事をしてやめようとしない。
また悪魔小僧を捕まえたイワンは、兵隊を作る方法と、お金を作る方法を聞き出して、
「神様と共にあれよ」と言って悪魔を殺してしまう。無知ほど怖いものはない。

しまいには悪魔の親玉、悪魔じじいが出てきて「ふふふ、わしの出番じゃな」とばかりにイワンを苦しめようとする。
悪魔じじいはイワンに言う。
「お前さんはばかだな。そんな汗を流して働かなくても、頭で働いたらいいじゃないか」
そりゃそうだ。だってイワンは兵隊もお金も自由に作れるんだから。
しかし、イワンは兵隊は音楽隊のため、お金はキラキラしてきれいなものくらいの認識しかない。
「頭で働くことなんてできるんですかい?ひとつ教えて下さいよ」

そこで悪魔じじいは頭で働くことで、どれだけ楽かを懇々と演説し始める。
「何だ、あのじいさんは。早く頭で働いておくれよ。頭で働くと、もっと簡単にパンが食べられると思ったになあ」
しまいに悪魔じじいは空腹で演説台から落っこちて頭をぶつけてしまう。
「やや、じいさんやっと頭を使って働き出したな。どんな方法で小麦を育てるんだ?」

しかし、悪魔は落っこちて死んでしまった。
「なあんだ。また悪魔だったのか。ちぇっ、憎らしい奴らだなあ」
その後、イワンはこんな調子で幸せに暮らしましたとさ。

…金もいらない、人の物も欲しがらない。他人のために世話を焼く。
欲がなくて、価値あるものが分からないばかたち。
しかし、悪魔にはつけ込むスキが無いのです。
人間らしいとは何か。紙切れに振り回される人間は「賢い」のか。
イワンのようにはなれないが、ちょっと今の自分を振り返る良い機会になった本です。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

松陰読本

2008年01月18日 22:01

山口県教育委員会 編集・出版 95ページ

親戚のおばさんが、本好きな私のために買ってきてくれました。
本?というより子供向けの教育本で、易しく書かれてます。観光地で売ってるやつかな。
吉田松陰て、塾開いた人…くらいのイメージしかないんですが、
歴史に名を残す人を沢山、世に送り出してるんですね。
伊藤博文、高杉晋作、久坂玄瑞、などなど。知らなかったなあ…。

どんなインテリか?と思いきや、結構ワイルドなお人だったようで、
波の高い夜に海に繰り出して、黒船まで泳いで行ったりしたそうです。
牢屋に入れられる事も数回、それが国の為、勉学のためになるなら、
死をもいとわない覚悟の行動だったというから、立派な人でございます。

塾の始まりは、牢屋の中で「孟子」を講義して聞かせたのが始まりだそう。
牢屋に入れられた人間は、たいていがヤケになったり、後ろ向きになったりするのですが、
松陰に関しては、本を読む時間ができたと、一か月40冊の本を読んだというのだからすばらしい。
彼の講義の熱心さを見て、藩も「松陰のような人物を牢に入れておくべきではない」と、釈放した。
その後、日本はいつまでも鎖国をしているべきでないとの意志を強くした松陰は、
その妨げとなっている幕府の老中、間部詮勝を殺害する計画を立てる。
それが原因で、また牢屋に入れられてしまう。

「吾今国の為に死す、死して君親に負(ソム)かず。
           悠々たり天地の事、鑑照、明神にあり」

~私は今、国のために死ぬのである。死んでも君や親に逆らったとは思わない。
   天地は永遠である。私の真心も、この永遠の神が知っておられるから、少しも恥じる事はない~

最後まで松陰は国のためを想って死んでいく。志半ばでの死であったが、
彼の意志を継ぐ者が沢山いたのは、存在の大きさを物語っている。

「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり」
この言葉は、人は真心をもってすれば感動しないものはないという意味。
本書は幼少期から松陰の一生を紹介していますが、その生き方は一貫してこの言葉通りだと感じました。
日本史好きの方にはオススメです。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

シャーロック・ホームズの冒険

2008年01月16日 19:19

『コナン・ドイル』著 延原 謙 訳 新潮文庫 394ページ

「ふむ、ワトスン君、君はこの事件をどう思うかね?」

ハンチング帽にパイプを咥え、虫眼鏡を覗きこむ姿はもうお馴染みのもの。
こんな面白い小説を今まで放っておいたのが悔やまれる!というほど面白かったです。

「鋭い推理の運びぶりはまことに驚嘆すべきもので、私としては彼の仕事の方式を研究してみたり、
一見不可解な事件を、テキパキと片付けてゆく巧妙・神速な方法を、
あとからたどってみるのが、何よりも面白くてならなかったのである」

彼の助手であり、よき相棒のワトスン博士はこう言う。
非凡人なホームズと違って、彼は私たち読者に近い存在。
わくわくしながらページを進めていくうちに、ワトスンが橋渡しとなって、
私たちはホームズと一緒に事件を解決することになるのだ。

ある日、帽子を拾ったホームズは、その持ち主はどんな人間かワトスンに訊ねる。
「僕には何も分からない」
「分からないはずはない」
「じゃあ、君はどう推理するか聞かせてくれたまえ」

「この人物は知能がすぐれていて、今は零落しているが、過去三カ月以内にかなり裕福な時期があったこと。
昔は思慮深かったが、今は退歩の傾向がみられる。それにともない、飲酒癖があり、妻には愛想を尽かされている…」
ホームズはひょうひょうと答える。
「冗談ばっかり!」
「冗談なものか」
この帽子の流行は三年前のもの。品物は非常に上等で、その後安物も変えないとしたら、
零落したとみて間違いない。帽子についてる留め具は、買う時に風で飛ばないようにと
特注でつけたもので、当時の思慮深さを思わせる。今は紐が切れたのもつけ替えずにいる。
以前ほどの思慮深さがなく、意志が弱くなったことを物語っている。
妻に愛想をつかされたというのは、長い間ブラシをかけていない事から分かる。

紐解いてみれば何てことはない。その推理が単純なほど、読者はニヤリとしてしまう。
そして、その快感が過ぎると、今度は自分で推理がしてみたくなる。
例えばレストランで食器が片付いていない机を見て、
「食事をしていたのは二人で、仕事関係者に違いない。
タバコの本数が多いし、まだ煙も出ている。帰ってそう時間はたっていない」とか。
こんなどうでもいい推理、意味無いよなあ…。幼稚な推理をして自分に笑う。

しかし、ホームズはどんな小さなことでも見逃さない。
結果的に事件解決に全く関わりない事でも。
ホームズは言う。
「大きな事件ほど単純な事が多い。日常の些細な事に奇怪は潜んでいるのだ」

平凡な毎日をバカにしてはいけない。推理は誰にでも楽しめるものなのだ。
コナン・ドイルはこう伝えたかったのだと思う。
「見ているだけで、君は観察をしていない」
ホームズの一言一言が、生活を変化させてくれるだろう。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

ミルドレッドの魔女学校2 魔女学校の転校生

2008年01月14日 23:29

『ジル・マーフィ』著・絵 松川 真弓 訳 評論社 107ページ

ミルドレッドの魔女学校第二弾。またまたドタバタ騒ぎの予感…。
一巻の内容はこちらを参照ください↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-50.html

前回、ハロウィンで大失敗をして学校を抜け出したミルドレッド。
危機一髪、学校を悪い魔女たちから救った功績を認められて、
新しく来た転校生のイーニッドの面倒を任せられる事に。
本当はそんなのしたくないのに…、あんまり乗り気でないミルドレッド。
しかもイーニッドはとんでもないイタズラ好きだった!

これ以上学校内で問題を起こしたくないミルドレッド。
イーニッドのイタズラの誘惑を頑なに断るのだったが、それは運の悪い彼女の事、
今回もそうはいかないハメになりそう…。

親友のモードは、イーニッドにかまってばかりのミルドレッドにいささか不満げ。
しまいには、いじわる同級生エセルと親友?になってしまう。
恐ろしく怖いハードブルーム先生(HB)は今回も健在!(笑)
はたして、今学期ミルドレッドは退学にならずに無事終える事ができるのでしょうか。

運が悪くて、ドジな魔女をイラストいっぱいで今回も楽しませてくれます。
個人的にはハードブルーム先生がキャラ濃すぎて大好きです(笑)。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

ツァラトゥストラはこう言った(上)

2008年01月09日 23:56

『ニーチェ』著 氷上 英廣 訳 岩波文庫 275ページ

「神は死んだ」

って、突然言われても、訳分からんよなあぁ…。
ニーチェの思想は、言葉は難解だし、深く果てしないし、
説明する私は勉強不足だしで、ホント紹介するのに気を揉みます。
分かりやすく、本書に載っている言葉を例に出して説明していきますが、
至らない点と、それちょっとニュアンス違うんじゃない?等は、大目に見てやってくださいませ。

「神」というのは、当時ヨーロッパの基盤にあった宗教、つまりキリスト教の神を指します。
「信じる者は救われる」、「右の頬を殴られたら、左の頬も差し出しなさい」。
こういった言葉は日本人の私たちにも馴染み深いものですね。
死んだら最後の審判があって、その人の生き方で天国へ行くか、地獄へ落されるかが決まります。

近代の思想では「最後の審判やら、天国やらある訳ないじゃん」と、批判し始めます。
ニーチェの場合、その近代思想とは異なるのですが、あえて触れず先に進みます。

・「私は身体であり、魂である」
この文章は、キリスト教を痛烈に批判しています。
欲を持たず、自己を犠牲にして、質素を美徳とし、右の頬を殴られたら、
むしろ相手の心を哀れみなさい。そして左の頬も殴らせてやんなさい。
おお、あなたはきっと天国へ行けます。大切なのは体でなく、精神なのです。

…なわけねーだろっ!!
と、ニーチェが言ったかは知りませんが、彼は「ケガして痛いから子供が泣くように、
体あってこその精神で、まして身体を軽蔑した自己犠牲なんてとんでもない!」と、
真っ向から反対し、忌み嫌ってさえいます。

そもそも、裕福な人が神に感謝するのはたやすい事なのです。
金持ち貴族たちを妬む平民に、「彼らは欲に目がくらんでる愚か者です。
欲を持たず質素に生活できるあなた方こそ、天国に行ける。皆で神を信じましょう」、
こう言ったら彼らはどう思うだろう。喜びいさんで信仰に加わったかはともかく、
ヨーロッパの基盤を形成するまでにキリスト教は発展した。
服従は命令より簡単で、宗教は「支配」の手段でしかない。ニーチェの批判はだいたいこんな感じ。

自分に正直に生き、体の求める欲を受け止め、生を肯定する。
捉え方を間違えば恐ろしい思想になる。実際この思想はヒトラーに影響を与えている。
ニーチェの思想はキリスト教批判から、超人思想、永遠回帰と進んでいく。
上巻では超人思想までが読み取れるが、およそニーチェの思想の集大成ともいえるこの作品を、
私はざっと目を通して、30%でも理解できていれば良い方だと実感した。
一つ言えることは、必ず入門書を先に読んでおくこと。
「」のような言葉のみで書かれているので、非常に、いや非情に難しい。

話自体は、主人公ツァラトゥストラが思想を語っていく。
彼は人々が崇拝して、心の支えにしていたもの(神)はいないと教える為、山を下りる。
「神は死んだ」と叫ぶツァラトゥストラを、人々は嘲笑した。しかし、彼は語り続けた。
上巻の最後に、彼はまだ自分が人々に思想を教えるには未熟すぎると悟り、また山へ隠れてしまう。

ツァラトゥストラは言う。
・「しかし、私は人間を愛しているのです」
この一言がニーチェの原点であると私は思う。
下巻でツァラトゥストラは、また山から下りてくる。そして再び語り聞かせるだろう。

「神は死んだ」と。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

5日間のパリ

2008年01月08日 22:50

『ダニエル・スティール』著 天馬 龍行 訳 アカデミー出版 378ページ

シドニィ・シェルダンといえば、有名なのでご存知の方も多いと思います。
「ゲームの達人」を始め、「天使の自立」、「明日があるなら」など、
寝るのを惜しんで読みふけった記憶があります。
私が読書に目覚めたのも、この方の影響が大いにありました。
だいたいは読んでしまった後なので、この場で紹介する本があまり無いのですが、
また読み返す機会があれば、じっくり紹介したいと思います。

さて、そのシドニィ・シェルダンの作品を翻訳しているアカデミー出版ですが、
「超訳シリーズ」と銘打ってダニエル・スティールの作品も出版しています。
だいたい古本屋に行くと、この二人の作家は並んで大量に置かれているんですが、
彼女の作品には手を出しませんでした。というのも、他の作家に手を出したら、
手を広げすぎて際限が無いだろうと思ったからです。
まあ、結果としては手を出している訳ですが(笑)。

シドニィ・シェルダンの作品は胸をハラハラさせながら興奮して読むのに対し、
ダニエル・スティールはじわじわ心に迫ります。感情を表現する文章が多いので、
登場人物と一緒に虚しくなったり、高揚したり、とても女性的だなと思わせる作品です。

製薬会社のピーターは、ガン治療の世界に旋風を巻き起こす奇跡の薬を手掛けていた。
その薬「ビコテック」のテストは、ドイツ、スイスの研究所で問題なし。
あとはパリの結果を聞き、人体治験の緊急承認扱いを申請する段階に来ていた。

しかし、薬学研究の権威、スシャールの下した判断は、
「ビコテックは現段階では毒薬」というものだった。

ピーターは妻の父親フランクに誘われて会社へ就職した。
今の社長の地位も、義父と妻のおかげと考えていた。
しかし、彼は自分を不幸だとは思わなかった。
三人の子供にも恵まれ、世紀の薬を開発して社会に貢献しようとしている。
妻や義父に会社の事で小言を言われる事はあっても、自分の生活には満足していた。

そこへこの問題が浮上してきた。この薬には莫大な研究開発費がかかっている。
当然クリアするだろうとタカをくくっていたピーターは、義父にこの報告をするのに気が重かった。

しかし、沈むピーターに出会いが訪れた。
彼の20年間の結婚生活を無味乾燥なものに思わせる出会いが。
パリの街で繰り広げられる5日間のロマンス。
アガサ・クリスティの失踪事件さながらに、一組の男女は自由を探して逃げ出した。

本当に分かり合える人とは、結婚とは、生きがいとは。
既婚の方なら、少なからず感じるところがあるかもしれません。
私も早くそうなりたいものですが(笑)。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

NHKスペシャル 四大文明[エジプト]

2008年01月04日 13:58

『吉村作治・後藤健・NHKスペシャル「四大文明」プロジェクト』編著 NHK出版 254ページ

あけましておめでとうございます!おかげさまでめでたく新年を迎えることができました。
今年も一年、日々精進して文学の教養を深める所存です。本年もよろしくお願い致します。

さて!記念すべき2008年の第一冊目は、私のもう一つの趣味である「古代文明」に関する本の紹介です。
皆様は1日24時間という、何気なく使っているサイクルを、「起源はどこからきたのか?」と、考えた事があるでしょうか?

「エジプトはナイルの賜物」。ギリシャの歴史家ヘロドトスは、有名な言葉を残しています。
これほどエジプト文明を端的かつ、的確に表した言葉はありません。
アレクサンドロス大王のヨーロッパ・アジア統一を機として、東西の文化が融合したヘレニズム文化。
エジプトの1日24時間と、メソポタミアの365日の概念が融合し、現在の暦が誕生しました。
そこにユリウス・カエサルが閏年をくわえ、現在はさらに修正を加えたグレゴリウス暦が使われています。

古代人は、現在に通用するほど時間を正確に知ることができました。
その驚くべき事実は、ナイル川の氾濫に大きく関係しています。
四大文明を世界史で勉強する時、「文明は水のあるところ、つまり川の流れる土地に興る」と習います。
事実、四大文明は川と切って話すことはできません。が、これほど川の周期と密接に結びついて
発展しているのは、エジプトをおいて他にありません。

ナイル川は南のエチオピア・ウガンダから地中海にかけて、全長6695kmに及ぶ大河です。
上流で6月に降る雨が、7月頃からエジプトで氾濫し、水の引く11月頃には肥沃な大地を毎年甦らせます。
氾濫期後の8ヵ月間は、種まき刈入れの季節になり、このサイクルが文明を発達させていったのです。
その為、エジプトでは氾濫期を正確に知ることが必要でした。
古代人達は、おおいぬ座のシリウスが空に輝く時から日数を数え、正確な暦を知ったと伝えられています。
また、ナイルの水量を測るため、沿岸に設けられたナイロメーターや、
氾濫後に区画を再整備する必要から、測量・度量衡が発達していきました。

通常、川の氾濫は堤防を築くなどして、制御することが多いのですが、
エジプト人はその氾濫による恵みを享受するかわりに、自然のままの川と共存してきたのです。
結果として、数学や暦が発達したのは、むしろ当然の事だったと言えるでしょう。

もうひとつ、エジプト文明を象徴するものにピラミッドがあります。
いちばん有名なギザの三大ピラミッドは、カフラー王、メンカウラー王、クフ王のもの。
クフ王のピラミッドは高さ147m、約40階建てのビルに相当するというのだから、その巨大さが分かります。

この偉大な事業を成し遂げたのは、ヘロドトスの著書「歴史」によれば、奴隷であったとされています。
しかし、近年になって労働者たちの墓が発見され、長年信じられてきた説が覆される事となりました。
人口の99%を占める農民が、氾濫時の失業期間に公共事業として参加したのが、ピラミッドの建設であるというのです。
テレビでも特集が何本も組まれているほど有名になったこの話は、今や通説となってきています。
現代に生きる私たちが、その科学力をもって歴史を解明していく…何とも言えないロマンではないでしょうか。
また、エジプト王朝最後のファラオ、クレオパトラ(7世)の住んでいた宮殿が、今もアレクサンドリアの海に沈んでいます。
公害で汚れた海の底、発掘は困難を極め、私たち現代人を皮肉っているようでもあります。

最後に、何故これほどまでエジプト文明が人々のロマンをかき立てるのか、その1つの根拠を挙げておきましょう。
エジプトの古代語といえばヒエログリフ。その美しい象形文字は、王朝の衰退とともに忘れ去られていました。
しかし、かのナポレオンがエジプトに遠征した際、持ち帰ったロゼッタストーンにより
解読が試みられ、シャンポリオンによってその偉業は成し遂げられたのです。

エジプト文明は、王墓やパピルスに多くのヒエログリフが残されています。
しかしながら、それまでは解読が進まずに、大量の古文書を目の前にして、
学者たちは指をくわえて見ている事しかできなかったのです。
シャンポリオンの開いた突破口により、エジプト文明は飛躍的に研究が進み、
今日、私たちがこれほど身近に感じるまでに解明が進んだのです。

世界に古代文明は数多くあれど、まだ謎に包まれているものが大半と言ってもいいでしょう。
その中で、その気になれば5000年も前の文章が読める!というエジプト文明は、
まさにロマンをかき立てる文明と言えるのです。

この本は、そんなエジプト古代文明への足掛かりとなるものです。
人類のたどってきた軌跡を追う。遠い砂漠の地に想いを馳せながら、今年最初の一冊を紹介させて頂きました。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。