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可愛い女・犬を連れた奥さん 他一篇

2007年11月29日 22:38

『アントン・チェーホフ』著 神西 清 訳 岩波文庫 122ページ

・犬を連れた奥さん
・ヨーヌィチ
・可愛い女

三作を収録。どれも短い話だが、切り口からじわりと血が溢れるように、
面白さが滲み出てきている。一作だけここでは「可愛い女」を紹介してみよう。

チェーホフは初めて読んだけれど、何か他の作家と違う印象を受けた。
もやもやしたものを感じつつ、読み終わった時、
「…なんか普通の話だったな…」こう思った。

そう、普通なのです。何か特別ドキドキするような事もないし、
言葉が美しく飾られているわけでもない。しかし、もやもやが残るこの感じ…。


オーレンカは誰からも愛される女だった。
そして彼女もいつも誰かを愛していなければ生きられなかった。

劇場を営んでいるクーキンと結婚した時は、
「この世で一番大切なものは、この芝居よ!」と知り合いに話していた。
そして、その夫が死んで木材屋と再婚した時は、
「木材を運ぶ運賃が大変なのよねえ」と話す。
まるで、今まで長い間、木材屋をしていたかのような話しぶりである。
そして、芝居に関しては「あんなもの、観る暇なんてないわ」と答える。

木材屋が死んでしまうと、次は獣医に恋をして、
「馬や、牛からも病気が感染なさったとか…」とくる。

誰も愛する人が周りにいなくなったら、彼女は抜け殻のように話すことがなくなる。

さて、はたして彼女のどこらへんが「可愛い女」であるか。
たしかに、周りからは「可愛い女(ひと)ねえ~」と言われている。
しかし、彼女はいつも夫のコピーである。

夫が寒いと思えば、自分も寒いと感じ、
夫が愚痴を言えば、自分もその愚痴を他人に聞かせる。

アイデンティティをまるまるコピーしているのである。
そして、それについて何も疑問に思わず、自分は幸せだと思っている。

話はそのまま、少年に対して母性愛が目覚めて…という終わり方。
最後になって、ようやく「あれ?可愛いってコピーすること?」と思った。

女性問題等も見え隠れする部分があるけれど、そこは置いておいて、
とにかく物語は、普通に終わってしまった。

残された私といえば、何かやっぱりもやもやを感じつつ本を閉じた。
この作家は、哀愁や、悲しみを残すことで有名らしいが、
もしかしたら、チェーホフの思惑にまんまとはまったのかもしれない。


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真夏の夜の夢

2007年11月28日 23:17

『シェイクスピア』著 三神 勲 訳 角川文庫 187ページ

ブログでも何冊か紹介しているが、シェイクスピアの翻訳で有名な福田恆存さん。
今回の「真夏の夜の夢」は、三神勲さんだけど、巻末の解説では福田さんの言葉が取り上げられていた。

「シェイクスピアは日本語に訳された時点で、その美の90%は死んでいる」

私は英語がてんでダメで、海外に行っては「勉強しよう!」と意気込むが、
だいたい一か月で忘れてしまって、未だに「聞くだけで話せる英語」のCDは、
最後まで通して聴いた事がない。

そんな私だから、英語の舞台は観れたものではないし、日本語のすら観たことがない。
しかしまあ、シェイクスピアは読めば読むほどに舞台への誘惑に駆られます。

踊りが激しさを増していくような展開、舞台を観ていなくてもワクワクして高揚する。
題名の「真夏の夜の夢」の通り、まさに一夜の夢のようなお話。

幻想的な妖精の世界と、人間たちの世界が入り混じって展開されていく。
ハーミアは親が決めたディミートリアスと結婚させられそうになる。
しかし、決断を迫られた前夜、愛しい恋人のライサンダーと駆け落ちする事に。
ディミートリアスは、ハーミアを愛していたが、以前にヘレナというハーミアの友人にも言い寄っていた。
ヘレナは今ではディミートリアスに振られ、それでも彼の事が忘れられない。

ハーミアは、駆け落ちすることをヘレナに打ち明けるが、ヘレナはそれをディミートリアスに漏らしてしまう。
そして4人は月夜の晩、妖精たちの舞う森へ入り込むのだった。

この物語では、人間と妖精の世界の橋渡しをするキャラクターが登場するが、
それが悪戯好きのパックという少年の妖精である。
ロビングッドフェローともいい、お調子ものでカワイイ。

眠っている時、目にたらせば、起きて最初に見たものの虜になってしまうという、
ほれ薬をライサンダーにたらすパック。たちまち彼は、駆け落ちしてきたハーミアをほったらかし、
ヘレナにほれ込んでしまう。
ハーミアとしてはびっくりだ。いきなり恋人が違う女の尻を追っかけてるんだから。
ヘレナもヘレナで、「ハーミア!あんたまでグルになって、私をからかってるんでしょ!」てなもの。
しかもパックは、ディミートリアスにもほれ薬をたらして…。
何が何だか、わあわあ、ぎゃあぎゃあ。そして彼らは疲れて眠りについて。。。

起きた時には、あら不思議。魔法は解けて夢でも見ていたよう。
そしてディミートリアスだけはほれ薬にかかったままで、二つのカップルができてめでたしめでたし。

最初から最後までスピードに乗って、全速力で駆けていく。
頭の中で、登場人物たちが動き回って、さぞ役者も大変だろうといった感じ。

シェイクスピアの喜劇はヴェニスの商人に続いて2冊目だが、
悲劇よりも喜劇の方が気に入ってます。舞台も喜劇をより観てみたい。
今回は特に、ファンタジー色溢れていて、とても楽しめました。

そして、毎回思うことだけれど、海外文学というのは聖書とギリシャ神話の内容を知っているかどうかで、
随分とその楽しみ方が変わるものだなあと。
これから海外文学を読む人は、まず簡単な聖書と、ギリシャ神話から読むことをお勧めします。


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異邦人

2007年11月26日 22:35

『アルベール・カミュ』著 窪田 啓作 訳 新潮文庫 143ページ

本の裏表紙には、簡潔にストーリーが書かれている場合が多い。
バザーの古本コーナーで、この本を手にとって、
「あ、カミュだ。いつか読もうと思ってたんだ~」と、何気なく裏を見てみたら、
内容の面白そうなこと!

興味をそそられる紹介なので、真似て一部を掲載してみる。

『母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、
 映画を見て笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、
 動機について「太陽のせい」と答える』

これで、興味をそそられない訳がない。どういうこっちゃ!?
不条理の認識を極度に追求した傑作ということだが、なるほど、難しいが確かにそんな感じ。

主人公のムルソーは、殺人罪の死刑判決を前にしても、淡々と追求し続けた。

例えば、ある人が大恋愛をしたとする。
身も心もささげ、この人のためなら死ねると思った。
けれども、人は忘れていく。その熱い気持ちもいつかは薄れていく。
それが、人によって早いか遅いかの違いがあるだけで。

人間が、慣れてしまえないものはない。それは早いか遅いかだ。
人間が、忘れてしまえないものはない。それも早いか遅いかだ。

なら、いますぐ忘れてもいいのではないか。

彼は人殺しの罪で裁判にかけられた。
検事は母親の死後の彼の行動について、激しく非難を浴びせた。
人間的な感情が欠落している。被告は極めて冷血だ。

陪審員が彼に死刑判決を与えたのは、殺人の行為の経過よりも、
母親の死後に関するいきさつが大いに関係していたのは明らかだった。

なぜ?
ムルソーは独房で考えた。


たまに見せる、母親への愛情が、彼の人間的な部分を表していて、
非人間的という印象を薄れさせる。そこがまたポイントだと思う。
彼も、私たちと同じ人間であり、決してかけ離れた世界の人物ではない。

「人は悲しいくらい、忘れていく生き物。
 愛される喜びも、寂しい過去も」
ミスチルの歌には、こんな歌詞があったけど、まさにその通り。

本当は、忘れていくことは不条理でないのかもしれない。
けれど、「人間的」という世の中の定義は消えることはない。
それが人間なんだから矛盾に満ちた生き物でいいじゃないと、諦めるのが一番だったりしてね。


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アリババと40人の盗賊

2007年11月22日 22:39

『マーガレット・アーリー』再話/絵 清水 達也 文 評論社

「ひらけ、ゴマ!」

で有名な、あの千夜一夜のお話。
アリババというのは商人の名前で、彼はある日森で盗賊を見かける。
あわてて、木の上に身を隠したところ、盗賊たちが叫ぶとあら不思議、
大岩が開いて、洞窟の中に大量の宝が納められているではありませんか。

しかし、こういう主人公は欲のない男でして、
ロバ2匹に積める分だけ金貨を持って帰りました。

突っ込みを入れるようだが、ロバ2匹に積める分だけ持って帰るっていうのは、
割りと欲深いんじゃないかと思うんだが…。

兄のカシムは、それを見てびっくり!
「俺にも教えんかい!」
ここらへん、日本でも似たような話がありますね。
お花を咲かせる爺さまのヤツです。

兄も同じく今度はロバ10匹を連れて洞窟まで来て、
中に入ってみてびっくり!金銀財宝、美しい絨毯。
持ち出そうとして、ちょっと待て…例の呪文は何だっけ?

「ひらけ、セリ!」
「ひらけ、ライムギ!」

そうこうしてるうちに、盗賊たちが帰ってきて…。


千夜一夜物語は、どちらかというと教訓を暗示している物語は少ない。
しかし、アリババの話はまとまりもよく、絵本にもしやすい内容である。
後半は仕返しにきた盗賊たちを、召使のモルジアーナが裏をかいて退治してしまう。

マーガレット・アーリーの絵本はこれが処女作ということだが、
独創性の観点から言えば△といったところ。
アラビアの派手なカラーで背景が彩られているのは美しい。

アリババはシンドバッドと、アラジンのランプの次くらいに
アラビアンナイトでは有名な話だから、子供に読んで聞かせてあげるのに、
一冊くらいはもっておきたいところ。


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サロメ

2007年11月21日 20:47

オスカー・ワイルド』作 福田 恆存 訳 岩波文庫 104ページ

「欲しいものを何でもやろう」こう言われたら、多くの人は何を望むだろう?
美しい月の光が降り注ぐ中、妖美に舞う王女サロメ。
彼女が王に対して求めた褒美は、恋をした相手の首だった。

ワイルドの妖しい魅力を代表する作品。今でこそオペラとかで上演されてますが、
書かれた当時はイギリスで上演できなかったほど。これは確かに背徳的すぎますね~。
内容としては、1時間とかからないで読めてしまう。
非現実的なビアズレーの挿絵が沢山挿入されていて、奇妙にマッチしている。

<あらすじ>
ユダヤ人の王エロドは、自分の兄の妃を娶り、その義理の娘であるサロメにも眼をかけていた。

サロメはある夜、牢獄に囚われていたヨカナーンに出会う。
(ヨカナーンは聖書に出てくるキリストの洗礼をしたと云われる、洗礼者ヨハネの事。
 サロメはユダヤ人の女性だから、ヨカナーンは異教徒である)
ヨカナーンは、物語の中でキリストの出現を預言しており、
周りからは「もしかして、神が遣わした預言者!?」と恐れられていた。

「ああ、ヨカナーン、お前の肌が欲しくてたまらない」異教徒にもかかわらず、彼に恋をするサロメ。
「触るな!バビロンの娘!ソドムの娘!」そして、拒絶しまくるヨカナーン。
(バビロンもソドムも神の怒りに触れた都市)

そこへやってきた王は、サロメに対して踊りを踊ってくれと頼み込む。
初めは拒んでいたサロメだが、「なんでも欲しいものをやろう」という王に、
必ず願いをかなえてくれること約束して、承諾する。

踊り終えたサロメは言う。
「私はヨカナーンの首が欲しゅうございます」
ここらへんで、サロメの狂気度が急上昇!こわあっ!
ついに首は切り取られ、ヨカナーンが自分のものになる。

「ああ、お前はその口に口づけさせてくれなかったね、ヨカナーン、さあ、今こそ口づけを!!」
まだ、生暖かさ残る生首に狂喜して口づけをするサロメ。
「ああ、私はついにお前の口に口づけしたよ!!」
-----------------------------------------------------------------------------
シェイクスピアの名訳でおなじみの福田氏の翻訳とあれば、読むしかないでしょう!
本当に格調高く、かつワイルドの悪魔的な魅惑の雰囲気を損なわずの、パーフェクト名訳。

題材自体は、聖書のマルコ伝からとったものですが、恋、狂気、嫉妬と絡めて、
「悲劇」というストーリー立てにしてしまえるワイルドはすごい。
ワイルドの存命中に上演されることはなかったのですが、「ドリアン・グレイの画像」といい、
まだ、世の中に出すには早すぎた天才だったのかもしれませんね。


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ヴェニスの商人

2007年11月19日 22:43

『シェイクスピア』著 福田 恆存 訳 新潮文庫 169ページ

シェイクスピアで初めて読んだ喜劇。四大悲劇から攻めていったため、
これがシェイクスピアの作品??と、最後のめでたしめでたしの結末に違和感を覚えてしまった。

常々このブログを書いてて思うことがある。
私は感想を述べれるような文学通ではない。
でも、こんなに面白い本が世の中にはゴロゴロしている。
感想は述べれないけれど、せめて紹介し、多くの人に本に興味を持ってもらいたい。

「へ~、この本おもしろそう、アマゾンで検索してみようかな」
こうなれば、私にとって至福の事なのです。

だから、このブログは本をあんまり読まないけれど、
有名な本の簡単なストーリーくらいは知りたいな、という人向けです。
沢山文学を読んでる方は、素晴らしい文学評論サイトが沢山あるので、ぜひ!えへへ。

あくまで紹介という事を中心において、手短にストーリーを紹介して…
そしてちょこっとだけ、つたない素人の感想を… 

そして、今回のヴェニスの商人な訳ですが。なぜ、こんな事をちんたら述べたかというのも、
この作品に関しては手短にストーリーを紹介して…というのが難しい。。。
大きな見せ場が四つ。どれも紹介から外すのが惜しいのです。

「じゃじゃ馬ならし」や、「空騒ぎ」といったシェイクスピアの有名な喜劇は
まだ読んだことがないので、彼の喜劇がどういうものかまだ掴めてないのも事実。
ただ、本ではなくて是非、舞台を見てみたい!と強く思う作品。

ヴェニスの商人アントーニオーは、友人から求婚の為にお金を貸してほしいと頼まれる。
船で商売をしていたアントーニオーだったが、今は航海に出ている船が帰ってくるまで、手元に金はない。

シャイロックは高利貸しのユダヤ人という事で、アントーニオーには
幾度も商売の邪魔をされていた。いつかは彼に復讐してやると思っていた彼は、
これはしめたとばかりに、金を貸す。そして、証書には担保として、
「期限までに返せなかった場合は、心臓スレスレに肉を1ポンドもらいうける」と書く。

シャイロックが気持ちいいほどに悪役に徹してくれているので、
特にユダヤ人でなくてもいいんじゃないか?と思うけれど、
ここは歴史的背景も大いに関係してくるところ。

ここでは紹介しきれないが、この後のどんでん返しの名裁判や、
指輪をめぐっての、男女の楽しいやり取りも見逃せないところ。
そして、最後は予想通り気持ちよーく、めでたしめでたし♪

1ポンドの肉ってどれくらいなんだろうか?ちょっと調べてみたところ、なんと450グラム!
スーパーで450グラムの肉っていったら結構多い方だよね??
ということは、当時の医療技術ならおそらく出血多量で死ぬ確率大ですね。
携帯電話の重さが私の標準の機種で100グラムといえばイメージが湧きやすいかな?

物語は、予想通りに進んで「つまらない」と思う時と、
「待ってました!」と思う時と、「え!?そう来たか!」と思う時、
この三通りに大別できるのではないかと思う。

この喜劇は「待ってました!」と、「え!?そう来たか!」が二ついっぺんに楽しめる、
内容盛りだくさんの作品。シェイクスピアの新しい境地、これからも覗いていくのが楽しみになってきました。


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千夜一夜物語4

2007年11月18日 12:51

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 617ページ

171~294夜を収録。気のせいか、一話一話が短くなってる気がするのは、
シャーリヤル王がシェヘラザードとイチャイチャしてるからなのか?(笑)

千夜一夜物語の紹介が2巻からだったので、簡単にアラビアンナイトの物語が
なぜ千夜一夜なのかを説明しておく事にする。有名だから知ってる人も多いと思う。

シャーリヤル王はある日、妻の不倫を目撃する。
怒りにまかせ妻を殺し、それよりのちに毎日一人の美女に夜伽をさせては
翌朝には殺してしまうという事を繰り返していた。

大臣の聡明な娘であるシェヘラザードは(本書ではシャーラザッド)、
自ら夜伽をかって出る。いつものように行為が終わったのちに、
傍らにいた妹が「お姉さま、何か面白いお話を聞かせてくださいな」と申し出る。

シェヘラザードの語り紡ぐ物語の面白さに、シャーリヤル王はのめり込む。
話が盛り上がってきたところで、いつも「今日はこれまで」と打ち切ってしまう。

「この話の結末を聞くまでは、決してこの娘を殺しはしないぞ」
王はそう心に決めるが、シェヘラザードの話は一つ終わったかと思うと、
さらに面白い話がございますと、次々と際限がない。
ついに千と一夜をそのように過ごした王は、心を入れ替えるのだった。
その間にシェヘラザードは三回出産しているのだから、
王様もさぞ旺盛な方だったのだろうなあ。

アラジンや、シンドバッド、アリババといった有名な話は、
このシェヘラザードの語る物語に登場する人物たち。
他にも実在の人物が取り入れられていたりする。
魔人や、怪しげな魔術も出てきてまさに私たちの知ってるアラビアンナイトの世界。
今回は「カマル・アル・ザマン」の話で魔人が登場している。

ある遠く離れた二つの国に、それぞれ頑なに結婚を拒む王子と王女がいた。
どんなに父親たちが婚約者を紹介しても、「今度そんな話をしたら私は死にますよ」というありさま。
ある日、女の魔人が眠っている王子を見つけ、その美しさに度肝を抜かれる。
「こんな美しい王子は見たことがない~!」

そこへ通りかかった他の魔人は、もう一人の方の王女の方が美しいと言い張る。
「じゃあ、魔法で王女をここへ連れてきて、お互いに一人ずつ起こして、
どちらがより相手に恋をするかで決着をつけようじゃないか」という事に。

たちまち異国の地から連れてこられた王女は、魔法で眠らされて王子の傍らに降ろされる。
目を覚ました王子はびっくり仰天。誰だこりゃ!?それにしても美しい。
たちまち恋のとりこになるが、ここはぐっと思いとどまって手を出すのをやめる。
父上が結婚を拒む自分に対して、試しているに違いない。

また眠りについた王子、そして今度は王女が起こされると。
まあ、ここはどこかしら?この人は誰?なんて美しいの!
千夜一夜はどちらかというと、女の方が貞操が無くって、この時も王女の方は
男に体を絡ませて、ねえ起きて下さいな。つれない人ねん。と積極的に振舞う。

しかし、それは魔人のイタズラ。翌朝には、お互い昨夜の相手が忽然と消え、
周りからは「何言ってんだ、コイツ」と狂人扱い。恋のとりこになる二人…。

カマル・アル・ザマンの話はかなり長く、その息子の代まで続いていく。
よく分からん話の流れだ!と思うことなかれ。それが千夜一夜物語。
語り継がれてきた話をまとめたものが、こうなったのだと思えばそれも一つの形態なのですから。


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十五少年漂流記

2007年11月11日 23:20

ジュール・ヴェルヌ』著 大久保 照男 訳 ポプラ社文庫 190ページ

「海底二万マイル」「地底旅行」で、すでにかなりのファンになってしまったヴェルヌ。
この「十五少年漂流記」も期待に胸ふくらませて、ページを開きました。

ヴェルヌの作品は、主に大人向けに書かれたものが多いのですが、
この「十五少年漂流記」は、珍しく子供向けに書かれたもの。

その名の通り、十五人の少年が船で漂流してしまい、無人島で二年間を過ごすという内容。
原題が「二年間の休暇」。フランス人らしいユーモアのあるタイトルになっています。

<あらすじ>
1860年、少年15人を乗せたスルギ号が、何らかの原因で港から離され、漂流する。
無人島にたどりついた彼らは、そこで協力して生活を始める。

彼らは船から洞窟へ住居を移し、本格的に文化的生活のため、環境を整え始める。
料理の得意なの、思慮深いの、いじっぱりなの、色々な性格の仲間たちが協力し合う。

そして二年間がたったある日、島へ謎の船がやってくる。
それは、同じように船が遭難した人間だった。彼らと少年たちの戦いが始まる。
-----------------------------------------------------------------------------
子供の推薦図書によく選ばれている名作。児童向けを今回読みましたが、充分面白かったです。
黒人のモコ(出版社によってはモーコー)などに、人種差別の記述があったりする。

こんな児童向けの本でさえ、ヴェルヌのリアル主義は見事に表れている。
「神秘の島」の子供向け…といったところでしょうか。
船で漂流したため、積荷の中にある程度の武器や道具があるので、完全な0スタートではない。

昔、「失われたムー大陸」という、ムー大陸を提唱したチャーチワードの本に、
面白い事が書かれていたのを、読んでいてふと思い出した。
科学が発達した時代に、火山の大噴火や、大陸の沈没が起こったら。
何もない土地に取り残された人間が生きていくには…

「果たして、科学に慣れた人間が石や植物からどれほどの道具を作れるのか。
例えば、旧石器時代と、新石器時代の間にそのような地殻変動があったとすれば、
道具が精巧になったからといって、簡単に人間が進化したとは言い切れないのだ」

だが、少年たちはそうはならなかった。イギリス人のブリアンを中心として、
「文化的な」生活を送っていく。この生活は非常に現実性があって面白い。
落とし穴を利用して獲物を捕まえたり、網で魚を取ったり、アザラシの油から蝋燭を作ったり、
野生のラマを捕まえて家畜にしたり、料理に使うため塩田を作って塩を取ったり。

最後の方で、同じく難破してきた悪者と少年たちが戦うシーンがあるけれど、
これもなかなか危機迫る感があって面白かった。今度は新潮文庫ので読んでみよう。


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罪と罰(中)

2007年11月07日 23:09

『フョードル・ドストエフスキー』著 江川 卓 訳 岩波文庫 364ページ

名作の中巻。上巻までのあらすじは下記を参照して頂くとして、
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-21.html

殺人を犯したその後の話が進んでいく。

田舎から結婚のために出てきた妹の婚約者とひと悶着起こし、
さらに心配する家族にも警戒心を持ち始める。
その後の展開としては、娼婦をしている娘のソーニャと関わりを持つようになるのだが。。。

一番おもしろかったところは、殺人事件の捜査官とのやり取り。
あきらかに主人公のラスコーリニコフはスレスレの証言をしている。
しかし、彼は犯罪がバレると見越してやけっぱちになってる訳でもない。

「あの殺人の部屋に行って、血のことを訊ねたのは、
 熱に浮かされてやったことじゃない。ちゃんと意識があってやったことです!」

こんな風に罪を犯した人が、自分の事をあからさまに主張するだろうか。
ひとつは彼が頭脳明晰であるという事も考えられるが、
罪の意識に対してドストエフスキーの意見が反映されているようにも思える。

「プラトンやニュートンの発見を世間に公表することが妨げられるのなら、
 数十人、数百人の犠牲はいとわない。むしろ、犠牲があっても、
 それは世に出すべきものである。ナポレオンやマホメットといった
 人類の法を作り上げてきた人達は、少なからず犯罪者である」


作者に関しては、刑務所に入っていた経験が作品にも生かされている。
刑務所の生活で、自分の罪とは?という問いかけがなされていたのではないか?

それは、推測にとどめておくとして、気になるのは今後の展開。
タイトル通り、罰が待っているのか?捜査官との薄氷の渡り合いは続くのか。

この巻では、私がやったんだ!という他の人物が出てくる。
読者側としては、犯人が誰だか分かっているだけに、
それが捜査官の一つの手なのか、偶然なのか、すべてが疑わしくなってくる。

しかし、読んでいるうちに、この「殺人に対しての明確な罪」というのが、
何も刑法における処分だけではない事を思い知らされる。

ラスコーリニコフは不信感から家族をも捨ててしまおうとしているし、
どんな事にも疑惑の目でもって生きていかなければならなくなっている。

そして娼婦の娘との交流。作品の中でラスコーリニコフはこの娘に
聖書の「ラザロの復活」の場面を朗読させている。
ドストエフスキーの深い思惑は私には読み取れる訳ないが、
朗読している娘を同類、または上から見て優越感を感じるような気持で、
ラスコーリニコフが接していると思えてならない。

色々な見方ができ、さらに内容も先が気になってしょうがない。
ラスコーリニコフの罰はどういう方面へ展開していくのか。
次はいよいよ最終巻に突入します!!


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セロ弾きのゴーシュ・グスコーブドリの伝記

2007年11月01日 22:16

『宮沢賢治』著 角川文庫 281ページ

名前は有名な割に、意外と内容を知らない宮沢賢治の作品。
掲載されている話は以下の通り。

・雪渡り
・やまなし
・氷河鼠の毛皮
・シグナルとシグナレス
・オッペルと象
・ざしき童子のはなし
・猫の事務所
・北守将軍と三人兄弟の医者
・グスコーブドリの伝記
・ありときのこ
・セロ弾きのゴーシュ
・ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記
・ペンネンノルデはいまはいないよ
 太陽にできた黒い刺をとりに行ったよ

これは、発表順に並んでいるのだけど、
猫の事務所あたりからは、素人の私が読んでても、
そのストーリー展開の読みやすさ、完成度の高さがなんとなくわかる。

とくに、物語の世界観、視点の面白さがただの童話と一線を画していると思う。
北守将軍と三人兄弟の医者では、その名の通り三人の医者が出てくるのだが、
一人は人間の医者、一人は動物の医者、一人は植物の医者。

植物の医者って…今で言う肥料開発者みたいなものなのか??

現実的な視点はさておき、ソンバーユーという将軍が、長い遠征から国に帰ってきた。
けれども長い砂漠での生活で、体は異常をきたしまくり。
国に帰る前に、とにかく何とかせにゃいかん!
という訳で、有名な三人兄弟の医者に診てもらうことにする。

また面白いのがそのかかっている病気で、
「100+100はいくらですか?」の計算ができない。
それに長年馬上の生活をしていたので、体が鞍から離れないし、
体には無数にわけのわからない草が生えてきてる始末。

一人目の先生は、将軍の病気を治し、
二人目の先生は、馬の病気を治し、
三人目の先生は、体の植物を取り除く。

将軍はよろこんで、めでたしめでたし。

私のこんな書き方では、おもしろさの数パーセントも伝えれないのだが、
宮沢賢治の独創的な擬態語、擬音語が心地よく響いてくる。

他の作品の中で、きのこが生えてくる擬態語の中に、
「どってこ、どってこ」というのがあったけれど、数年前に読んだのに、
いまだに忘れられない。ペンネンネンネンネン・ネネムの名前も、
きっとしばらく、いや、もしかしたら数年は忘れられないかもしれない。

それに、この独創的な物語の展開。
本当、日本が誇る作家なのだなあ、と実感しますね。


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