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失はれる物語

2007年10月24日 19:10

『乙一』著 角川文庫 381ページ

自殺について、
差別について、
生きることについて、

友人と話し合っても結局いつも答えが出ない領域。
まるで顔面をバスケットボールのようにつかまれて、
その問題を無理やり見せつけられるような感覚。

この作品を読んでて感じることを大まかに言うとそんな感じ。

内容は短編集で、暗い話と明るい話の両極端が収録されている。
乙一という作者を検索にかけてみると、なるほど、前者を「黒乙一」、
後者を「白乙一」と呼ぶらしい。

一つだけ話を紹介させてもらうと、
特殊学級で、不思議な能力を持つ子がいた。
いつも一人で周りと話を全然しない男の子だったが、
あるきっかけで、もう一人の男の子と友達になる。

その子の能力は「人が受けた傷を自分や他人に移せる」事だった。

もう一人の男の子は、父親に虐待を受けていた。
その父親が意識不明の重体で助かる見込みがない事になり、
「俺のオヤジに傷を移したらいいよ、だからじゃんじゃん人助けしよう!」てな感じで、
他の子供の傷を引き受け、父親に移させていく。

そして、ついに父親が死を迎える時が来た。
その時、息子が見たのは、移したはずの傷がまったく見当たらない父親の体だった…。

つまりは、少年が優しすぎて、自分ですべてを背負っていた訳で。。。
正直者は馬鹿を見る…じゃないけれど、
今の世の中、こんな奇麗すぎる心ではきっと生きていけない。

裏切り、妬み、嫉み、劣等感に優越感、
いつしか「しょうがないよ、人間そんなもんだし」と思って生きてる。

ふと、読んでいる途中でギリシア神話の話を思い出した。
人類に災いをもたらすために、パンドラという女性が作られた。
彼女は決して開けてはいけないという箱を、好奇心に負けて開けてしまう。
すると、ありとあらゆる災厄、疫病、欠乏、犯罪などが飛び出した。
慌ててフタをしめようとするが、すでに遅かった。

箱の中の最後に残っていたもの…それは「希望」だった。

「希望」ってのはきっと恥ずかしがり屋なんでしょうね。
何かの影に隠れてる事が多い。

こんな世の中でもきっと希望はある。
ベタなセリフだな、なんて思うけれど、その真意は深いと感じる作品。


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インストール

2007年10月23日 19:40

『綿矢りさ』著 河出書房新社 120ページ

一番印象に残るのは、やはり現役女子高生が史上最年少で文藝賞を受賞した事実。
作品に入る前のインパクトが大きくて、過大な期待をしてしまう事は否めない。

女子高生がプチ登校拒否、小学生と組んでエロチャットのバイトを始める。
大まかにも、細かくにも内容はそんな感じ。インストールというタイトルにもあるように、
主人公の女の子はバイトを卒業して、また学校に通い始める。

第二次成長期に特有の不安定な無気力感や、
部屋のものを何もかも捨ててしまいたい気持ちなど、
きっと、当時の自分に小説を書かせたら多少は内容に盛り込まれそうな気持ち。

この本を読むことで、一番得られるものは「その頃特有の気持ち」だと思う。

本自体は、一時間以内で読める程度のもので、
終わりも駆け足で結論付けた感がある。
わざと遠まわしにして、抽象的に表現するような、
なんだか小恥ずかしさのこみ上げる小説ではある。

けれど、彼女が大人になって同じ小説を書こうとしても、
きっとこんな風には書けないだろうし、書こうとも思わないかもしれない。

この時期に脚光を浴びて、世に出た作品だからこそ意味があるのかもしれない。

実を言えば、これは友達から貸してもらったもので、自分で買ったわけじゃない。
賞をとった本というのは、ついつい「期待」から入ってしまうのが自分の悪い癖だからだ。
その意味では、女子高生が書いた!という先入観は良い方向へ働いたと思う。


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家畜人ヤプー2

2007年10月22日 22:02

『沼正三』著 幻冬舎アウトロー文庫 342ページ

すでに友人から、読み終わったら貸してコールが二件入っている奇作。
切実に待っている彼らがマゾなのか、サドなのかは追及しないでおきます。

前回までの内容は御面倒でも過去の記事を参照して頂くとして、
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-17.html

麟一郎とクララが、白人女権専制社会の未来帝国イースに降り立ったあたりから始まる。

順調に(?)家畜としての処置を施されていく黄色人の麟一郎。
いや、麟一郎はもう過去の名前でしかない。彼はすでに家畜の「リン」として扱われていた。

唯一、恋人のクララに対してこの悪夢から救いを求めていたリンだったが、
彼女の内側にはすでにイース女性としての意識が芽生え始めていた。
そして、それはリンが調教として彼女の「月のもの」を食している姿を見ることで、
彼女のなかで決定的なものになる。

我が家畜の証明としての鞭打ちの儀式をクララから受けるリン。
そして彼女の小水の洗礼に、白人崇拝の信仰の植え付け。
今回もマゾヒスト要素のフルコースでお届けしております。

沼正三の話は、前回紹介したとおり。
今回の巻末の解説に、おもしろい事が載っていた。

「この小説は、サド的な本ではなく、間違いなくマゾ的な本である」
私は、常々この小説は「どちらに偏っていても楽しめる内容である」と考えていた。
それは間違いである。という事がこの解説を読むと思いなおす。

イース社会が下すヤプーへの要請に対し、彼らは「エロス的に」受け入れるのであり、
間違いなく彼らの視点から見れば、それが「幸せ」だからだ。
見方を変えれば、この文明は「ヤプーのエロス的文明」と言い換えれる。

今回の巻では、日本人の根底にある民族の歴史や、神話までマゾヒズムで侵されている。
万葉集や、浦島伝説、天照大神まで。作者は徹底して日本人の根底からヤプー論を植えつけている。
「そこまでやるか!?」と思わざるを得ない。淡々とリアルに説明をつなげていく文章。
一見すると、あまりにしつこい内容に退屈を覚えてしまうかもしれないが、逆にいえば
そこまで世界観を完璧に作り上げたことに、三島由紀夫らが称賛を送ったのだろう。


二巻を読み終えて…私の中で一つの変化があったことに気がついた。
一巻目を読んでた時、「これは、こういう物語なんだ」と、どこか一歩引いた
他人事の視点で見ていた。それが、今は無くなっている。

リンが可哀そうに思うこともなくなった。そういうものなのだ、妙な納得感。
これは、私がイース文明を当然のものとして受け入れたからなのか、
それとも黄色人種として「エロス的に」、家畜思考になり下がってきているのか。

「馬はね、一度増長させたら癖馬になってしまうのよ。こちらのほうが強くて
偉いんだということを、馬にのみ込ませるまでは、徹底的に責めつけなくちゃ」

クララの家畜論はさらに第三巻へ向け、増していく。


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天使と悪魔

2007年10月19日 22:56

『赤川次郎』著 角川文庫 243ページ

お手軽ミステリーといえば…この人。

私の中ではそんな位置づけの赤川次郎さん。
有名作家相手に、なんちゅーことを…と思われるかもしれません。すいません。
けど、ミステリー苦手の私も、抵抗なく読めるから嬉しい。

こう見えて私、物事を深く考えるのキライなんです。あはっ☆
だから、推理小説の犯人が誰かなんて、途中で考えたりしません。
ミステリーファンの方にとっては、一番の醍醐味なんでしょうね。

ただ、物事は最初が肝心というように、読書も最初の一冊が大切だと思うのですよ。

あるお父さんが、子供向けのトム・ソーヤーの冒険を息子にプレゼントしたところ、
その本がきっかけで、読書好きの子供に育ってくれました。

こんな記事を見てると、なるほどな~、今の私にも当てはまるな~と思えてくる。
ミステリー本をことごとく読んでない私は、いかんよなあ~食わず嫌いは…と、
知り合いに勧められたのをきっかけに読み始めているのである。

結果、どうなのか…というところだが。
正直に申し上げて、やっぱり一度も犯人が誰なのか考えませんでした(汗

いや、おもしろいことは、おもしろかった。

天国から研修にきた天使と、成績不良の悪魔がコンビを組んで、
少女と犬の姿で殺人事件に挑む。若い刑事が殺人の罪を着せられ、
凸凹コンビは犯人捜しに協力する。

天使は16、17くらいの少女の姿で現れているのに対し、
なぜか悪魔は黒い犬の姿でポチと呼ばれている。
悪魔の方は非協力的で、途中まで「この犬意味ねえじゃん!」と突っ込んでたんですが、
実は二人が一緒にいるのには、一つの理由があって…。

と、こんな内容。ちょっと変わった登場人物たちの、珍しいミステリー。


ん?まてまて…よく考えたら、「夢中になって考える間もないほどおもしろいミステリー」だったんじゃないか?
そ、そうか!そうに違いない!この本がおもしろかったせいだ~!

…理由をつけて、できなかった事を正当化する話。
「あのブドウはすっぱいから、取れなくてもいいんだ!」
ふとキツネとブドウが頭の中で浮かんで消えた。。。


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絵草紙 源氏物語

2007年10月18日 20:22

『田辺聖子』文 『岡田嘉夫』絵 角川文庫 273ページ

昔、源氏物語の現代訳版が家の本棚にあって読んだことがある。
源氏物語って、ちょっぴりエッチなんでしょ~!!
そんなよこしまな気持ちでページを開いた。

けれど、これが難しい。。
なんとかの宮様、なんとかの大将、なんとかの…。
天皇家か!と突っ込みたくなるほど、ややこしい。
結局、や~めた!と投げ出してしまった。

そして、最近古本屋で見つけたこの絵草紙源氏物語。
その名の通り、イラストがたくさん載っているのだが、
それがなんとも美しい。現代の浮世絵師、岡田氏の醸し出す
妖しく艶めかしい女性たちの絵に虜になってしまった。

そして文章も読みやすい。お、これならいけそうだ。

光源氏て言うと、女泣かせのタラシだろ!
元来私は光源氏に対してマイナスイメージを持っていた。
しかし読んでみると、なんとまあ…素敵な男性なんでしょうね!(切り替えの早い人)
いい男は何をやっても許されるって、こういう事なのか!

絵の美しさの相乗効果で、源氏に愛される女性の感覚になってうっとり。
いつの時代でも、女性はこんな男性に弱くなってしまうのでしょうか。


ところで、本を読み終わってから、
そういえば投げ出した方の本はどこにいったかいな?と、
本棚の奥から引っ張り出してみた。

今なら、多少むずかしめの本でも読めるかな?
そう思いながら、表紙を見てびっくり!

田辺聖子!?買った本と、作者が一緒じゃないか!
これは偶然かな?それにしても皮肉の利いた偶然…。

これはもう、こっちも読むしかない!
というわけで、今度またそちらの紹介もおいおいしていきますね。


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僕と株と樹海の日々

2007年10月18日 00:02

『まりお・中原圭介』著 扶桑社 223ページ

わ、私だってたまには仕事関係の本を読むのよ!!
という感じで、文学とは言えないけれど紹介します。
会社の人に貸してもらった、株の本。

某証券会社に勤めている割に、株を買ったことのない私。
そろそろ、本気で何か購入しようとした矢先に、
「これ、おもしろいよ。貸してあげる~」と、勧められた。

……、か、買う前に読んでよかった!!!

会社から一歩でも出たら、仕事のことなんて考えたくないっ!
こんな私でも楽しく読めて、すごく勉強になりました。

「僕と株と樹海の日々」は人気ブログのタイトルそのままなんですね。
嫁に内緒で結婚のお祝儀の20万円から株をスタート。
そして、だんだんと深みにはまっていって…という内容。

ブログを書いているまりおさんはともかく(ヒドイ…)、
ファイナンシャルプランナーの中原さんのアドバイスが大いに役立つ!
会社に入社した時に、この本を読ませたらいいんじゃないか?てなくらい。

小難しい事は省くとして、基本中の基本、長期投資の重要性や、
世界のお金の流れをつかむコツなど、そういえば新人研修で、
そんな事をならったなあ~。というものばかり。

しかし、悲しいかな、人間は欲深い生き物。
心で分かっていても、思う通りには行動できないのです。
少しでも株が上がれば、まだ上がる!と思うし、
少しでも株が下がれば、もう底だ!!と思い込んでしまう。

初心忘るべからず。
株をするということは、自分の心との闘いでもある。
ろくすっぽ勉強もせずにお金を継ぎ込もうとした自分が恥ずかしい…。

よ~く考えよ~、お金は大事だよ~。。。
まさに、この本を読むくらいは時間を割いて、よく考えるべきですね。
反省、反省…。


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若きウェルテルの悩み

2007年10月16日 23:24

『ゲーテ』著 竹山 道雄 訳 岩波文庫 213ページ

ゲーテはいう。
「もし、生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じるような、
時期がないなら、その人は不幸だ」と。

「若きウェルテルの悩み」が1774年に出版されたとき、
異常なセンセーションが引き起こされた。
自殺を論じ、考え、実行するものが現れた。
離婚が流行し、出版は禁止された。

ウェルテルが恋をした相手、ロッテにはすでに許婚がいた。
決して迎えることのない愛の結末に、ウェルテルは悩む。

言ってしまえば、ありがち…な話である。
ただ、思い出すものがある。なにか…青い、そう、すっぱい思い出が。

そんなに熟女という年齢でもないと思っている私だが、
ウェルテルを読んだ時に、ふと頭によぎったのは高校時代のこと。。。
「この人がいなければ生きていけない」。
愚かな勘違い、嫉妬、恋は盲目という言葉がまさに、それ。
今では失笑してしまうような、若い時の思い出。

ウェルテルには、嫉妬を一度でも経験したことがあるなら、
目の奥を熱くさせるものがある。

内容は手紙形式の語り口調で進行していくが、
これはゲーテ自身が経験した恋愛に基づいている。
愛するロッテへの訴えるような手紙。

「三人のうち、一人が去らねばならぬ。
 ならば、私がその一人になろう!
 この引き裂かれた心の中を、徘徊した考えがありました。
 殺そうというのです、あなたの夫を、あなたを、私を!
 だからもう、やむをえない!!」

ウェルテルに続くように、自殺を図った青年がいたことも頷ける。

自殺に関して、作中でウェルテルとロッテの許婚のアルベルトが議論をする場面がある。
「自殺は一番罪深い。弱い者の選択だ」と主張するアルベルト。反論するウェルテル。
はたして、自殺は理論で推し量れるものなのだろうか?
ただ言えることは、実際にウェルテルを読んで、
自殺をした青年たちがいた、という事だろう。


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孫子の兵法

2007年10月11日 23:55

『守屋洋』著 三笠書房 254ページ

副題は「応用自在!ライバルに勝つ知恵と戦略」。

孫子は二千年以上も前に書かれた、中国古代の兵法書。
日本では「風林火山」で有名な武田信玄の旗も、これに由来する。
そして、今日ではビジネスにも役立つと注目されている。

読んでみると、なるほど。
これは兵法書ではあるけれど、一種の人間観察記録と感じる。

「しばしば賞するは窘(クル)しむなり」というくだり、
部下をどなりちらしておいて、あとで離反を気づかうのは、
みずから不明をさらけだしているのである。と、孫子は説く。
うん?何か身近で思い当たる節があるような気がしないでもない。

本の中身は、孫子の中の原文と、それを解した文、
そして具体的な歴史の事柄などを紹介している。
実際のビジネスの場面を想定した例が割と少ないのが残念なところ。

ただ、歴史の中に孫子がこれほど浸透しているのは、
作者が、深く人間を観察して書いたからこそ、
読んだ人がすぐさま実践に移せる内容なのではないか。

「戦争は、準備段階が重要である」は、
「チャンスは準備をしている人にこそやってくる」に読めるし、

「少ない軍勢が、大軍に正攻法で挑んでも勝ち目がない」は、当然のことだ。
中小企業が大企業のように、色々な事業を手がけても敵わないのは目に見えている。
むしろ、キラリと光るユニークな技術を持つ方が良い。

こう見ると、なんだか我々の生きている世界も戦場と変わりない気がしてくる。
功を挙げることができなければクビになる。。。
そんな切羽詰まった社会では、いかに戦いを勝ち抜いていくかが重要である。

孫子の著者、孫武。
彼が現代社会に生きていたら、いったいどんな「戦い方」をしてくれるだろうか。


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罪と罰(上)

2007年10月10日 20:06

『フョードル・ドストエフスキー』著 江川 卓 訳 岩波文庫 414ページ

言わずと知れた名作。私も国語で名前だけ習ってました!
関係ないけど、罪と罰っていうフレーズは日常生活でよくつかわれますね。

ドストエフスキーはロシアを代表する有名な作家で、
その経歴はかなりハード。一度は死刑になりそうになったり、
いつも借金に追われていたりと、人生経験豊富な文豪だったようです。

上・中・下巻の上巻しかまだ読んでいないので、
内容を推測するような感想は控えさせて頂いて、
簡単に話のさわりだけ紹介させてもらうと…

物語は主人公の青年ラスコーリニコフが、これから実行しようとする
ある恐ろしい計画についての下見に行くところから始まる。

大学も辞め、貧乏のどん底にいる自分に、
故郷の妹と母は期待を寄せている。けれど現実は、
家賃を払えずにおかみさんとも顔を合わせにくい始末。

これからやろうとしていることは、世間から見て決して許されることではない。
いやにビクビクして通りを歩いて行く。いや、ビクビクすることはない。
まだ下見の段階ではないか。今からそんな気持ちでどうする。
誰かが叫んでは、自分のことでもないのに一瞬体を震わせる。

複雑な心境で、やっと質屋のおばあさんアリョーナ・イワーノヴナの家につき、
何気ない会話を気取る。しかし、目はどこに何が置かれているかを注意深く追っていた。

そして運命のいたずらか、彼は偶然にもおばあさんが一人になり、
「あれ」を行うチャンスが目前にあることを知ってしまう。。。

こんな考え馬鹿げている、ああ、しかし下宿ではおかみさんが自分を警察に連れて行くと言ってる。
母親から手紙が届いた。妹が裕福な男と結婚すると書いてある。
愛してもないのに、自分のために?自分の貧乏のために、貧乏のために!

ほんとはこんなセリフないです。すいません。
簡単にいうとこんな感じです。というよりも、簡単に文章で表せない。
狂気迫るあの緊迫感は、ぜひ実際に読んで感じていただきたいところ。

上巻では罪を犯して、そこから数日間のところまでが収められています。
国籍の違いか、ロシア人の名前が馴染めなくて、最初は苦労しましたが、途中から慣れます(笑)。
とにかく、人間狂気に囚われると何をしでかすか分からない。
そんなヒトのドロっとした恐怖みたいなものを感じてほしいです。

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地底旅行

2007年10月06日 12:49

ジュール・ヴェルヌ』著 石川 湧・石川 布美 訳 借成社文庫 434ページ

こんなに胸が熱くなった小説は久し振りです。
本当におもしろかった!今度の冒険は、その名の通り地底の神秘に迫ります。

羊皮紙に書かれた謎のルーン文字。その内容は、驚くべきものだった!

<あらすじ>
リデンブロック教授は、甥のアクセルと、アイスランド人のハンスの三人で、
ルーン文字で書かれた「アイネ=サクヌッセンム」という人物の軌跡を追う。

その内容は、
「アイスランドの火口から、地球の中心へ行ける」という内容だった。
死火山の火口から地底へ下りていく三人。そこには未知の世界が広がっていた!

想像してみてください、地下数百キロメートルの底を。
旅の途中、道が行き止まりになり、飲み水がなくなり、
仲間から離れて、真っ暗闇の世界に取り残される。。。

想像してみてください。足もとのはるか下に空洞があって、海が広がっている事を。
そこには巨大なキノコの森、クルスタルの世界、古代の象マストドン。
数十メートルもある魚竜と首長竜の戦い。そして地底人との遭遇。。。

そして彼らはついに、岩に書かれた「アイネ=サクヌッセンム」の名前を見つける。
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児童書と思ってナメてかかったら、とんでもなかった!
ヴェルヌの科学的説明を上手に残しつつ、緊迫感を失わせない書き方。
電車で読みながら、悪寒が背筋を駆け上り、いったん息を整えてまた読み始めた事も。
数多くある作品の中では、淡々としてる方ですが、心躍る神秘性は抜群。

どんな事も、物理学で証明できないことはない!
これは作品中の教授の言葉ですが、ヴェルヌの主張がよく現れてますね~。

ヴェルヌの中では最初の方に読んだ一つで、これに魅せられてファンになりました。
ペンと紙、それだけでこれほど人を熱くさせれるものなのかと感動しました。
これは映画にもなっていますね。どうも3Dの出来が納得いかなくて、見ていませんが…。

文庫は、岩波と、創元SF文庫からも出てます。
もう少し、詳しい部分や、リアルさを求めるなら、こっちも読んでおきたいですね。
そのうち、出版社別の違いというのも研究していきたいものです。

現代に生きる私たちに、忘れていた冒険心を思い出させてくれる作品です。
是非、沢山の人に読んでもらいたいと思います。


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