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クリスマス・カロル

2008年04月10日 23:57

『チャールズ・ディケンズ』著 村岡 花子 訳 新潮文庫 151ページ

季節はずれですが、今更クリスマス・カロルを読んでみる事に。
よく聞くけれど、あんまり知らなかったなあ…。

絵本って、何かしら教訓になるテーマがありますが、クリスマス・カロルは分かりやすい。
小説になると、多少歪曲した表現と、文章のつながりが読みにくいところが残念かな。

ケチで冷酷で人間嫌いのスクルージ老人は、誰もが喜ぶクリスマスを憎々しげに思っていました。
一銭の儲けになる訳でもないし、慈善団体は寄付を求めてくるし、雇い人は休みを要求するし…。

クリスマスなんて、何がめでたいっていうんだ。

ふてぶてしい気持ちで家に帰ったスクルージは、その夜、仕事上の相棒だったマーレイの亡霊と対面する。
何しに来たんだ。びっくるする彼に、マーレイは明日の晩に幽霊が訪れると予言する。
半ば本気、半ば疑いの気持ちで次の夜を迎えたスクルージだったが、幽霊は本当にやってきた。

最初は、過去のクリスマスの幽霊。
子供の頃の、楽しかったクリスマス。幸せだったとびっきりの日。

二番目は、現在のクリスマスの幽霊。
周りのみんなは嬉しそうにクリスマスの準備をしている。ゲームをしたり、冗談を言ったり。
そして何より、誰にでも祝福を与えている。もちろん、スクルージにも。
みんな、スクルージの事を「可哀相な人」だと憐れみを感じている。

三番目は、未来のクリスマスの幽霊。
スクルージは死んで、みんな喜んでいる。
あのごうつくばりの高利貸しが死んでくれた。使わずに意地汚く貯めこんだ資産は山分けにされた。
どうせ死んだんだ、死体に着せてやる服はどんなものでも一緒さ。死体から布をはぎ取る人たち。
誰も悲しんではくれやしない。

三人の幽霊に教えられたことで、さすがのスクルージも、心を入れ替える。
お祝いをしよう、慈悲を垂れよう、すべてのものに祝福を与えよう。
明るく挨拶を交わし、寄付をし、知人と楽しく過ごし、雇い人の賃金も上げてやった。
彼の見た、将来の結末は免れるだろうか?きっと、神様はきっと良い方向へ導いて下さるに違いない…。

誰しも仕事に追い立てられ、サンタさんを信じていたクリスマスの夜の記憶は遠のいていくでしょう。
スクルージ老人は、私たちにとって「身近」の存在。毎年、笑顔でお祝いできるとは限らないのです。
辛い事が続けば、クリスマスなんて…と思うこともあるでしょう。

スクルージ老人は、忘れてしまっていた幸せを、プレゼントしてもらったのです。
幸せは自分で作れるもの。クリスマスは、それをよりいっそう高める日なのでしょう。
ディケンズを読んで感じるのは、この人はとても現実主義者なんだろうなということ。
作者自身が借金に苦しみ、辛い生活を続けてきたからこそ、苦しい時も慈悲を忘れず、
斜めから世の中を見てしまう自分を戒めるために、こういう物語が生まれたのではないかなと思います。

絵本でも多くの種類が出版されている本作品ですが、沢山の家庭に心の豊かさを、クリスマス・プレゼントとして贈っているのでしょう。


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