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ジーキル博士とハイド氏

2008年04月20日 22:43

『ロバート・ルイス・スティーヴンソン』著 田中 西次郎 訳 新潮文庫 130ページ

医学、法学の博士号を持つ高潔な紳士、ジーキル博士。
彼が弁護士であり、友人であるアタスンに預けた遺言状には、

「ヘンリー・ジーキルが死亡の際にはその財産の一切を、
 友人にして恩人たるエドワード・ハイドの手に譲渡すべき」

こうしたためられていた。

エドワード・ハイド氏。
彼は醜悪で凶暴。その風貌を見たものは、何か生理的に嫌悪感を覚える。
いつの頃からかジーキル博士の家に立ち入るようになり、何か問題が起こった際には、
ジーキル博士の名前で慰謝料を払ったり、謎の行動をしていた。
友人のアタスンは、ジーキル博士がこの凶暴な男に弱みを握られているのだろうと考え、興味を覚える。

しかし、実はその凶悪なハイド氏は、薬によって姿を変えたジーキル博士その人だった…!

「ジキルとハイド」の名前の方が日本ではポピュラーな作品。
二重人格で一方は高名な紳士、一方では凶悪な犯罪者という設定は好まれそうなところです。
現代小説でもそういった類の内容は多いのですが、それ以上に人間の深層心理を探ることができる作品だと思います。

薬を飲むと、別の人格が現れるだけではなく、身長や風貌まで変わり、
まったくジーキル博士には見えないから、そこがまた始末が悪い。
ハイドになって何をしようとも、一度元に戻る薬を飲んでしまえば、
彼はこの世に存在せず、そこには代わって高貴顕栄のジーキル博士がいる。

子供は罪に対してとても無邪気ですが、成長するにつれてそれを罪として意識していく。
ジーキル博士の世間での評判は高く、彼に限って悪い噂が立つようなことはなかった。
しかし、生まれながらに持っていた残酷さは、意識の中からいなくなってしまったのではなくて、
ひた隠しにされて抑え込まれているだけだったら…。

ある日、そんな凶悪さを全く自分に被害が及ぶことなく表へ出すことができたら。
ジーキル博士は一度この薬を飲んだ際に、二度と飲むまいという決心をした。
しかし、時の経過にその鋭い意志も鈍り、誘惑に駆られて手を出してしまう。
それはさながら、アルコールやドラッグからどうしても抜け出せない人間のよう。

ジーキル博士は、人間が持つ二重人格性を薬の完成より前に薄々感づいていた。
凶悪な性質をその身に秘めている事は、おそらく人類共通であろう。
しかし、薬の服用を重ねているうちに、いわば劣勢であった人格のハイド氏が、
本来の顔であるジーキル博士を脅かすようになる…。
それはあたかも、欲望のまま悪に生きる人間に対する警鐘に思える。

二重人格という現代風の設定で、人間の暗い部分に焦点を当てた作品としては、
純文学のような感じではないけれども、ただの陳腐なミステリーとは質が違う。
日本でも演劇として公演されているように、その問いかけの深さが感じられる。

作風がシャーロック・ホームズのコナン・ドイルに似ていると感じたけれど、
彼もエディンバラ生まれでドイル氏とは同郷にあたる。
推理小説の事を「文学ではない」という人もいるみたいだが、
こういった有名な作家たちの書く推理小説やミステリーは、
間違えば幼稚になってしまうところを、その手腕で文学まで確立したのだと思う。
ただ、文学の領域までいきつかない作品が跋扈しているという指摘には閉口してしまうが…。

コナン・ドイル風の作品がお好きな人にはとてもお薦めの作品だと思います。


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