スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

地底旅行

2010年08月01日 02:00

ジュール・ヴェルヌ』著 朝比奈弘治 訳 岩波文庫 477ページ

こんにちは~、お久しぶりです。
まだ見ていただいている方が、はたしていらっしゃるのかしら(笑)。
年末から、新居を建てて、引越、結婚、新婚旅行とバタバタしていました。
先日、旅行から帰ってきて、やっとこさ落ち着きを取り戻し始めた我が家です。

旅行はトルコへ行ってきましたよ。当初はイギリスへ行く予定でした。
シェイクスピアコナン・ドイルスティーブンソンディケンズなど好きな作家が多く、
アーサー王など、伝説も私達夫婦の好きなものが揃っていたので。
アイスランドの火山の影響で中止になりましたが、結果的にはトルコで良かったです。
雄大で美しく、神秘的な国で、忘れられない一生の思い出ができました。

にしても、世の中の奥様は大変ですね。一緒に暮らして最初の三カ月は家事に忙殺されて、
結婚なんてしなけりゃよかった…と思ったこともありました。(すまん、旦那よ)
仕事との両立に慣れはじめた頃から、苦にならない本を何冊かぼちぼち読み始めました。
ブログに書くのもおっくうな日々でしたので、紹介はできませんでした。
オズの魔法使いシリーズを少しと、グレアム・ヤング「毒殺日記」や、
映画「告白」小説版ディケンズトーマス・マンなども少し。
相変わらず、ジャンルを絞らないで、ふらふらとあっちこっちに手を出しています。

その中でも、やっぱり自分の好きな作家は外せないもので、ヴェルヌも勿論読みました。
地底旅行(原題:地球の中心への旅)は随分前に児童向けを紹介しましたが、彼の児童向けの作品は、
「十五少年漂流記」くらいで、この作品も本来はある程度のページを有する一般向けです。

前にも触れたかもしれませんが、まだ教育が宗教と融合して、科学をないがしろにしていた時代、
こういった化学、地質学、鉱物学などの分野を、小説で興味深く大衆へ浸透させたヴェルヌは偉大です。

あらすじは児童向けを参照していただくとして、構成に少し触れたいと思います。
死火山から地球の中心へいき、地表に戻ってくるまでの話ですが、その死火山にいきつくまでが、長いです。
主人公のアクセル(小説の一人称である「私」本人)と、超頑固者のリーデンブロック教授、
寡黙な雇い人ハンスの人となりが、その間によく分かります。
ルーン文字の解読、旅行の用意、ドイツからアイスランドへ渡る、現地の人との交流、登山…。
これが火口に入るまでの内容ですが、この作家の特徴である「土地柄の説明」も長く、本書の3分の1が終わります。
ちょっと間延びする感じはありますが、私的にはそういうところも好きなので、OKです。

初期の作品と言う事もあり、明るく冒険的思考に溢れた若々しい作品です。
1870年の普仏戦争前なので、物語のブレイン役であるリーデンブロック教授が、
ドイツ人で頑固者という設定も、まだ「好意的」な描かれ方をしていると思います。
せっかちで、誰かを呼んで数秒もしないうちに「まだ来ないのか」と怒る様子などは、
「愛すべき性格」と感じますし、「インド王妃の遺産」でのドイツへの敵対心とは比べものになりません。

ハンスについては、ヴェルヌが持っているアイスランド人の印象を、そのまま反映したかのような人物だし、
アクセルについては(変人のリーデンブロック教授に反して)一般的な青年のため、3人のバランスがGood。
いやいや旅行に連れて行かれるアクセルが、最後には「英雄(リーデンブロック)の甥」として、
華々しく世の中に称えられる事、その後のフィアンセとの結婚…と、人間的な部分をこの作品に提供しています。

科学的な部分に関しては、地球の中心は熱いという事実に反して物語が進んで行ったり、
良く分からない発光現象によって、地下の空洞が明るかったりというのはありますが、
あくまでも空想科学小説なので、許容範囲でしょう。
地下で次々に起こる事象は幻想的、抽象的であっても、圧力計、羅針盤等であくまでも
啓蒙的に現代科学へ結び付けられ、ファンタジー小説へ落としこまないところが嬉しい。

巻末の解説が、だいたい自分の感じていた事と似通っていたのが面白かった。
彼らの冒険は途中で挫折し、火山の噴火とと共に火口から押し出されて終わります。
つまり「地球の中心へはたどり着く事が出来ない」。ヴェルヌは科学に大きな可能性があると信じている反面、
その限界や、人間が達してはいけない領域(神の領域と呼ぶべきか)も見据えていた作家なので、
たどり着けなかった事は「ああ、やっぱりな」という感じがします。
地底に潜っていくにつれ、旧世代の地層や生き物に遭遇しますが、それらを最後まで突き詰めていけば、
結果的にタブーの世界、人間が及んではいけない世界への旅となってしまうかもしれません。
まあ、作家の本意はわかりませんが。

岩波で嬉しいのは、「原著の挿絵」がすべて入っているところ。
これだけのために、岩波を選んでも損はないでしょう。翻訳も読みやすく特に問題を感じませんでした。
もちろん、ひひの中ではトップクラスの評価ができる作品でした。大満足。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト

世界の支配者

2009年11月30日 23:55

ジュール・ヴェルヌ』著 榊原晃三 訳 集英社文庫 267ページ

集英社のジュール・ヴェルヌ・コレクションの最後の翻訳。
ヴェルヌが亡くなった年の、前年に書かれた作品。
ひっぱった挙句に、アッサリ終わる感じで、拍子抜け感はあるけれど、奥が深い。

<あらすじ>
アメリカ、グレート・エアリー山で、謎の事件が起こる。
火山性ではない地面の揺れが起こり、山の頂に噴火のような火を見たという証言が起こった。
また、周辺の村人たちの中には、「鳥が羽ばたくような音」を聞いたという者もいた。

警察官のストロック警部は、グレート・エアリー山の調査に乗り出す。
その山の内輪を調査し、現象の原因が火山なのか、それともまた別の理由なのかを調べるためだ。
しかし、山は岩壁がそそり立ち、結局はその内輪を見る事は叶わなかった。

その後、あいついで奇妙な事件が次々と引き起こされる。
ミルウォーキーでの自動車レースでは、300キロの速度で競争車を追い抜く、謎の自動車が現れた。
海上では、どんな船も出す事ができないスピードの高速船が現れた。
また、山に囲まれた湖の底では何かが水の底で振動し、水面を波打たせていた。

アメリカ政府は、それらの現象を、一つの乗り物だと断定した。
すなわち、高速の自動車であり、船であり、潜水艦であると結論付けたのだ。
それはなんという科学力、原動力だろうか!各国政府は乗り物を高額で買い取るため、
その未だ謎の人物に、正式に声明を発した。その乗り物の原理を知る事が出来れば、
どれほど軍事力の強化につながるだろうか。競り値は上がる一方だった。
しかし、謎の人物は傲慢な態度で、その申し出を断る手紙をアメリカ政府に送りつけた。

「わが輩の乗物を獲得するために提示された価格を絶対的かつ決定的に拒否する。
 新旧両大陸は知るべきである。わが輩には絶対に対抗できぬ事を -世界の支配者-」

この返答に、彼は「悪」とみなされた。逮捕状が出され、指名手配となった。
ストロック警部はこの事件にあたった。そして、乗物が接岸したと報告が入った湖へでかけていく。
しかし、乗物に乗っていた乗組員と撃ち合いになり、警部は乗物に連れ去られてしまう。
彼がその中で出会った人物…それこそ、かつて飛行船「あほうどり号」で時の人となった、征服者ロビュールだった。
-----------------------------------------------------------------------------
「征服者ロビュール」に引き続いた続編。また、拉致されてます。ヴェルヌは誘拐が好きだね。
1作目の「あほうどり号」から、さらに進化し、「エプヴァント号」という乗物になっています。
陸、水上、海底、空と4つのモードで対応可能で、まさに夢の機械。
ヴェルヌはこれまで色々な発明品を登場させていますが、これは最上、最強クラスです。
動力は、やはり電気。その仕組みは、空気中の微量な電気を動力にしているのだとか。
ちなみに、ノーチラス号もその原理で動いているらしいです。初めて知りました。

今回感じたのは、ヴェルヌの科学に対する考え方の変化。
元来、科学の発展に期待を持てるような小説を書いていたヴェルヌですが、
晩年になるにつれ、その科学を「悪用」する人物が増えていきます。

本作では、ロビュールは「エプヴァント号」を「悪用」はませんが、世論には「悪」とみなされます。
各国は軍事力のために(科学を戦争に使うために)、乗物を手に入れようと競り合いますが、
ひとたび、「エプヴァント号」が手に入らないと分かれば、手のひらを返して指名手配をかけるのです。
当時の戦争を見て、「科学は悪用されるものだ」とヴェルヌは痛感していたのでしょう。
1作目「征服者ロビュール」の中の、「諸君はまだおのれの利害しか考えない。国と国とが手を結ぶには、
まだ機は熟していないらしい」というセリフは白眉。二作目にして活きてきます。
この人間の愚かさをさりげなく描いているヴェルヌはさすが。晩年の心境も如実に表れています。

そして、もう一点はロビュールを見たときの、自然に対する科学の限界。
ロビュールは1作目では、若年気質のいやみっぷりを見せるような人物でしたが、
今回は打って変わって、セリフもほとんど無く、狂人チックなキャラクターへ変貌しています。
彼は、科学に対する傲慢な自信を持ち続け、最終的に嵐に挑んで乗物もろとも墜落して死んでしまう。
今でもクローンなどの科学のタブー分野は一つの論点になるけれど、
すでにヴェルヌもこの科学が侵してはいけない自然の境界線を感じていたのだろうと思う。
そして、ヴェルヌの答えはロビュールの死という形で明確に出ています。

作品の中で、ストロック警部がロビュールに、自分をどこへ連れて行く気だ?と
問いかけるシーンがありますが、その時、ロビュールは無言で空を指差します。
嵐に飛びこんでいくときに、ストロック警部は「法の名のもとに…!」と彼を止めようとしますが、
上を目指しすぎた科学(者)を、「これ以上いくな!」と引きとめようとする姿にも見えます。

テーマが重い内容なだけに、やはり人間描写の苦手なところが目立ちました。
晩年になって、読みやすさもさすが円熟してきた風がありますが、
その円熟と共に、人間味の部分も合わせて描きだして欲しいのが残念なところ。
ロビュールが狂人になってしまったのも、描きやすい「狂人」というキャラで終わらせてほしくなかった。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ


征服者ロビュール

2009年11月29日 02:14

ジュール・ヴェルヌ』著 手塚 伸一 訳 集英社文庫 265ページ

海、地底とくれば、「空」をテーマにしないわけにはいかないでしょう。
おそらく、読んだら誰もが「海底二万里の空ヴァージョン」だと感じると思います。
登場人物が拉致されて、世界中を引き回されるというパターンも酷似してます。
発表順から行けば、「地底旅行」、「海底二万里」、そして本作となります。

<あらすじ>
世界各地で、空からトランペットの音色が聞こえてくるという事件が起きた。
各国天文台は、その正体を突き止めようとするが徒労に終わった。
また、これまた各国の尖塔に旗がくくりつけられるという珍事件が起こる。
誰もこの真相を突き止めることはできず、推測が飛び交うだけだった。

ある日、アメリカのフィラデルフィアで、気球主義者たちの集会が開かれていた。
彼らは、気球につけるプロペラを、前につけるか、後ろにつけるかで言い争いをしていた。
そこへロビュールと名乗る男が会場の中に、さっそうと現れた。
彼は熱狂的な気球狂たちを前にして、「私は空気より重いもので空を支配した」と宣言する。

彼は今にもリンチに合いそうな状況だった。非難され、怒号を浴びせられた。
その事件があった夜、さらに大きな事件が起こる。
会場から帰宅している途中に、気球主義者の代表格である、
プルーデントとエヴァンズ、そして召使いの一人が突然誘拐される。

彼らが連れていかれた先は、空の上だった。
すなわち、空の征服者ロビュールの飛行船、「あほうどり号」の客人となっていた。
そしてフィラデルフィアを飛び立った「あほうどり号」は、大空の世界一周旅行へ出かけるのだった。
-----------------------------------------------------------------------------
「飛行」は人類が昔から夢見てきた事ですから、古代から神話や物語でも多く語られてますが、
ファンタジーや、超自然的な力ではなく、現実に人間自らの力で飛ぶ可能性が
広がったのがちょうどヴェルヌの生きた時代。気球はとっくに成功していたし、
ライト兄弟ライトフライヤー号で初飛行に成功したのは、ヴェルヌの死ぬ2年前。

ポーや、シラノ・ド・ベルジュラックも飛行機械の登場する小説を書いてますが、
ヴェルヌが先人に影響されて、さらに進化した飛行機械「あほうどり号」で物語を作ったのは、
空想科学小説の父としては、当然の成り行きだったのでしょう。

さて、今回の注目ポイントはもちろん、この飛行機械「あほうどり号」。
ヴェルヌを沢山読んだ人なら、この「あほうどり号」のエネルギーが何によって動いているか、
早い段階で分かってしまうと思います。もちろん、そう、電気です。
船体は紙でできており、現代でいえばパルプにみたいなものでしょうか。
独立した推進プロペラと、上昇プロペラで走行はコントロールされ、時速200キロまで出力可能。
何十日も燃料補給なしで飛び続ける飛行船…という設定だから、現代の飛行機械で、
「あほうどり号」に匹敵するものは無い。現実的に電池でこれを作るのは無理な話だけれど。

ロビュールは、気球主義者の二人に「空気より重いもの」の方が、空を駆ける事に適していると、
認めさせるために拉致するわけですが、作品の中で気球をこれでもかと、こき下ろしています。
「気球に乗って五週間」という作品があるように、気球自体は決して嫌いな訳ではないと思うのですが、
その操作方法や、風の抵抗力などに、すでに限界を見ていたのだろうと思います。
そして、いつかは機械が飛ぶだろうと確信していたに違いないヴェルヌ。
事実、現代では飛行機が世界中を飛び回り、ロケットは月まで人類を運んでいます。
手塚治虫さんがエスカレーターが無い時代に、それらを描いていた…というエピソードが思い出されますね。

面白い事には面白いのですが、「海底二万里」に比べて、単調になりがちなのは致し方ない。
サイクロンや、火山噴火、雷などの予想できる範囲の現象が描かれるので、
人類がまだ完全に知る事が出来ない海底に比べると、小説の材料が少ないのだろうと思う。

また、ロビュールがどうして空を飛ぶのか、拉致した二人を最後にはどうしたいのかなど、
結局「よく分からない」で終わってしまう。続編の「世界の支配者」でもロビュールという人物は謎のまま。
ネモ船長は、世捨て人になった理由などの設定や、人間像も描かれているが、今回それがない。
このままでは、気球主義者を拉致したのも、「気球より飛行機の方がいいのだ」ということを、
無理やり分からせるために、いつまでも船から降ろさない強情っぱリな印象だけが残ってしまう。

ロビュールは最後に、「科学といえど、人間の理解を越えて先に進んではいけないらしい」と
皮肉を言って去っていきますが、読者からすれば結局、お前こそ何だったんだ、となる。
「彼は未来の科学者である」とヴェルヌは最後に答えとして書いているけれど、
それ以上の人間像を設定していなかったとすれば、単に飛行機と旅行の話で終わってしまう。
舞台設定ができている作品だけに、そこがしっかりしていれば「海底二万里」クラスの小説に
昇格できていたと思われるのが残念。「海底二万里の空版」と二番煎じに評価されてもしょうがない。

全体的には、先日紹介した「銃撃事件」の前に書かれた作品で、さっぱりした明るさもあって、
私個人の意見では、ヴェルヌらしいな~と思えるので好きな部類に入りました。
山脈の説明がえんえんと続くところも多く、趣味が分かれる作品かもしれません。
話は飛びますが、ヴェルヌのアメリカ揶揄は今回も炸裂しちゃってます。ありゃ~。
ヴェルヌの作品を読んで、アメリカの人は怒ったりしないのか心配です。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

カルパチアの城

2009年11月27日 00:42

ジュール・ヴェルヌ』著 安東 次男 訳 集英社文庫 255ページ

先日紹介した、「甥に打たれた銃撃事件」の後に書かれた作品。
この事件があった1886年を挟んで前後に作品を分けたときに、前半に「海底二万里」や、
「地底旅行」「気球に乗って五週間」などの壮大な冒険作品が揃っているのに対して、
後半は「地軸変更計画」、「世界の支配者」など暗い(というか、穿った姿勢の)作品が多い。
事件があった後は、「もうアミアンからでない」と妹へ手紙を書いたヴェルヌ。
旅行好きだったにも関わらず、自家用ヨットも売り払って、内にこもる生活へシフトしている。
今回も、その後半の作品の一つに数えられるもの。

<あらすじ>
トランシルヴァニア地方に、打ち捨てられたカルパチアの城。
極端に迷信を信じる封鎖的なこの土地では、何年もこの城には幽霊が住んでいると信じられ、
人々を寄せ付けていなかった。しかし、ある日、羊飼いのフリックは城から煙が上がっているのを発見する。

この城の探索に名乗り出たのは、若き林務官のニックだった。
彼が、村の代表たちを前にして出立を宣言したとき、部屋には不気味な忠告がどこからともなく響き渡る。
「城ニハ行クナ…サモナクバ、オマエニハ、不幸ガフリカカルダロウ!」
かくして城にたどり着いたニックに、本当に不幸が訪れる。
彼は人間には理解できない奇怪な現象によって、意識不明の痛手を負った。

折にこの地方を訪れていたテレク伯爵は、この事件を村人から聞き出す。
その際、カルパチアの城の持ち主が、ロドルフ・ド・ゴルツ男爵だったという事を知る。
テレク伯爵は、その名前に驚愕する。なぜなら、その昔、伯爵はイタリアのナポリで、
ラ・スティラという歌姫をめぐって、ゴルツ男爵とは因縁の関係にあったからだ。

テレク伯爵は、ナポリに滞在していた当時、ラ・スティラとの結婚を控えていた。
彼女の舞台へは気味が悪いほど毎日顔を出していた、男がいた。
それはまさしく、カルパチアの城の末裔である、ゴルツ男爵だった。
引退を前にした最後の舞台で、終幕のセリフを言い終わったラ・スティラは、突如吐血して死んでしまう。
数日後、ゴルツ男爵から、テレク伯爵に届けられた手紙には、「彼女を殺したのはお前だ」と書かれていた…。

真相を確かめに城へ潜入したテレク伯爵は、そこで死んだはずのラ・スティラの歌声を聴くのだった。
-----------------------------------------------------------------------------
楽天的な雰囲気は前期に比べて無いものの、講義的なところが抜けて読みやすくなった後期の典型。
城に入る頃には、本の4分の3くらいは終わっているので、最後があれれーというアッサリな感じでした。

トランシルヴァニア地方の迷信深さは、本当なんでしょうか。物理学で証明できない事は無いという
スタンスのヴェルヌには、こういう迷信深い村人たちを登場させてるのは、皮肉にしか見えません。
最後の段階で、科学によってすべてのネタは明らかにされるのですが、結末と差をつけるためか、
作品中に、「こういう迷信深い人たちは、いくら説得してもしょうがない」というくだりも多く見られます。

そういう意味では、「ほーらね、摩訶不思議な事はいくらでも科学で作り出せるのさ」という、
ちょっと嫌味な印象を受けますが、それもそのはず、本書の最初にヴェルヌ自身明言しています。

「わたしたちはいまや、なに一つ、不可能なことはない、なに一つ不可能はなくなった、
 といってまずさしつかえない時代にいる。たとえわたしたちの物語が、
 今日はまだありそうでなくとも、明日になれば、未来の財産たるさまざまな科学的手段によって、
 ありうるものにかわるかもしれない。(中略)もはやこれ以上伝説がつくりだされる気づかいはない」

ルーマニアの古城…といって思いつくのは、「ドラキュラ」ですね。
作品の第一印象は似てますが、ストーカーの書いたこの作品の3年前に、すでに本書は書かれていました。
解説で矢野浩三郎氏が述べているが、同じ題材でもストーカーの書いたドラキュラとは反対に、
ヴェルヌは迷信の闇に科学の光を当てようとする姿勢を崩さない…という意見は的を得ています。

よくヴェルヌはSFの始祖と評価されているのを見かけるけれど、私はちょっと違うかなと感じてます。
上記の文章にしてもそうだけれど、あくまでも「科学的可能性」の範囲からヴェルヌは飛躍しない。
つまり、科学で証明できないような、異次元ワープや、タイムマシンなどは登場しない。
(ここらへん、ウェルズと対比している論文を読んだら面白いのだろうなあ)

電気があれば、なんでもできる!と言っていたヴェルヌは、これからの科学の発展を見据えて、
空想を膨らませて小説にしていた。科学の可能性を信じて、実現を確信していた。
人類がいつか月に行くだろうということを、「月世界へ行く」で。
潜水艦で海底を冒険するだろうということを、「海底二万里」で。
SF小説と、空想科学小説は、同義ではない。あくまでもヴェルヌは「空想科学小説の父」だという事です。

話が飛び過ぎてしまいましたが、今回も近代的発明品として映写機が出てきたりしています。
物語構成をもった映画が1902年に作られたことを考えたら、この先見の明はすごい。
晩年になって、悪者が科学を用いるという作品が増えて、傾向は変わったのものの、
発想の原点は、やはりヴェルヌらしいと思わせる作品でした。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

必死の逃亡者

2009年11月24日 23:31

ジュール・ヴェルヌ』著 石川 湧 訳 創元推理文庫 281ページ

お次の舞台は中国。ヴェルヌ自身は旅行も頻繁にした人ですが、
中国に行ったことは無く、地名間違いなども見られる作品。
(と言っても、読んでる分には何が間違いなのか分かりませんが…)

当時の先進国がこぞって中国へ進出している時代のこと、
まだ未知の世界だった中国は大衆の関心を引いたでしょうね。
「八十日間世界一周」にしてもそうだし、ヴェルヌの小説が成り立つ理由は、
「中途半端にしか世界が知られていない」というのがポイントになるのだと思います。

<あらすじ>
大金持ちの金馥(キンフー)は、何不自由しない生活を前に、人生に退屈を覚えていた。
婚礼を前に控えたある日、その全財産の大部分を占めるカリフォルニア中央銀行の株が
大暴落したという一報を受ける。しかし、彼は動揺しなかった。

まずは許嫁に、この哀れな男を忘れてくれるように手紙を出した。
彼は、裕福こそが許嫁を幸せにできるのだと信じて疑っていなかった。
そして、保険会社へ赴き、彼の自殺をも保障する(すごいな!)多額の保険に入る。
しかし、意外な結末は、今度は彼を死から逃げ出させることを余儀なくさせる。

やがて、金馥は苦労を知り、生きる事に幸福を見出す男へと変わっていく。
-----------------------------------------------------------------------------
人生に無頓着だった主人公が、苦労を通して幸福を知る…という筋立ては、
教訓小説として素直に面白いですし、スタンダードだったと思います。
ただ、人生に飽きて…という設定は、およそ中国人気質に合わない気がしますが…。
そして、「必死の…」というほど必死でもなかったですね~。サメと戦うところくらいでしょうか。
「チャンセラー号の筏」を読んだ後では、どうも悲壮さのレベルが違うので比べちゃいますね(笑)。

サブキャラクターの保険会社社員二人(アメリカ人。最後の別れの淡白さはまさにアメリカ的)、
召使いの孫(スン)を連れての4人旅。人間ドラマが苦手なヴェルヌらしく、今回も淡々としてます。
これはヴェルヌの良いところでもありますが、悪く言えば「単純」な傾向。
子供向けに編集されやすいという理由もそこにあるのかもしれないですね。
わずかに「アドリア海の復讐」や「チャンセラー号の筏」で、人間ドラマが描がかれるくらいでしょうか。

巻末の解説を書いてる石川布美さんは、翻訳をされてる石川湧さんの娘さん。
解説の内容はともかく、ヴェルヌの生涯について、簡潔にまとまってあったので、
ヴェルヌの少年時代から、晩年の変化についてざっと知りたい方にはお薦め。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

地軸変更計画

2009年11月19日 00:38

ジュール・ヴェルヌ』著 榊原 晃三 訳 創元SF文庫 242ページ

タイトルがまずインパクトありますよね。原題は「上もなく下もなく」。
とにかく無茶苦茶な計画と、呆れた登場人物たち、皮肉な結末。
夢とロマンの作家ヴェルヌらしくないと、発表当時から言われていた作品。
女性からバッシングうけそうな、「科学は男の世界だ!」的な態度も相変わらずです。

<あらすじ>
189×年、アメリカ政府は北緯84度より北の土地を(それを土地と呼べるのなら)競売に掛ける。
未だ北極が未知の世界だった時代。多数の冒険者の限界が北緯84度だった。
アメリカ政府は、「北極実用化委員会」という謎の集団を代理に立てる。
この奇妙奇天烈な競売に参加したのは、6カ国。特にすべての領土は自分たちのものだと
言わんばかりのイギリスが、アメリカに対して対抗意識を燃やしていた。

北極実用化委員会は、何を目的に北極を買おうと言うのか。
かつて陸であったと推測される北極には、今後人類がもっとも必要とする資源、
石炭の鉱床があるはずだ。彼らは、それを掘り起こすのが目的なのだ!
一平方マイル10セントから競りはスタートし、彼らは希望通り、イギリスを排して落札するのだった。

北極実用化委員会というのは、かつて月への宇宙旅行をなしとげた「大砲クラブ」の仮の姿であった。
会長バービケインをはじめ、ニコル大尉、そして書記のJ・T・マストンたちが主なメンバーだ。
落札に負けた各国は、挑発的に問いかけた。「どうやって人類未踏の土地へ行き、厚い氷を掘るのか!」
それに対し、バービケインはこう答えた。「地球の新しい支点を見つけ、地軸を立て直すのだ!」と。

「そう!木星にいるように」
軌道に対してほぼ垂直な自転軸を持つ木星のように。北極に行けないなら、北極に来てもらおうではないか!
地軸の傾きがなくなることで、季節の変化は無くなり、北極にも太陽が降り注ぐであろう!

当初、アメリカ世論はこの計画に歓喜の声を持って答えた。
しかし、計画の準備が秘密裏に進められるにあたって、人々の不安は募りだす。
地軸の大幅な変更に伴い、標高の変化による窒息死、水没による溺死という問題が出てきた。
世界は恐慌に襲われ、連邦政府は大砲クラブに調査委員会を差し向ける。
これらの計画すべての計算した天才数学者、マストンは逮捕され、手帳も押収される。
そこには、地軸を変更させる方法が、緻密な計算式とともに書かれていた!
-----------------------------------------------------------------------------
「大砲クラブ」のメンバーといえば、「月世界旅行」と「月世界探検」のシリーズもので登場。
今回はその主要メンバー、バービケイン、ニコル大尉ではなく、書記のマストンを主人公に設定。
前に紹介した「月世界へ行く」は、「月世界探検」にあたります。月へ同行したミシェルは登場しません。

ヴェルヌらしくない…と最初に書きましたが、主人公たちが「悪者」になっている珍しいパターン。
弾道学の追求や、資源から得る利益のため…という理由で地軸変更するわけですが、
その影響に比べて、それを行う理由が軽すぎる。石炭のために、地球が豹変していいのかってね。
ヴェルヌがわざとアメリカ人を「無茶苦茶」に書いて、滑稽にしているとしか思えない(笑)。
ちなみに今回のフランスは「いい立ち位置で様子を見ている」役。
各国のバカらしい争いに、祖国フランスを入れてないあたり、ちゃっかりしてますね。

今回は巻末の牧眞司氏の解説が、かなり参考になりました。
こんな夢あふれる作品を残しているヴェルヌも、甥に銃で撃たれた1886年の銃撃事件から、
編集者のジュール・エッツェルの死…と不幸が続き、晩年は人間不信の気があったそうです。
キャラクターの性格が、シリーズものの前後でかなり違う…という変化が作品に生じているとか。
たしかに、以前読んだ「月世界へ行く」と打って変わって、悪者の立場になった「大砲クラブ」のメンバーに、
戸惑いを感じえませんでした。人間描写もそれほど深くないので、一概に言えませんが。

そして今回もリアル主義が炸裂です。無茶な内容に真実味を持たせるためでしょうか、
気合入ってます。本作を書くため、必要な計算を大枚はたいて数学者に依頼したんだとか。
オチに関しては、勘のイイ人なら、読んでる最中に、だいたい見えてくるとと思われます。
ところで、私は未だに「月世界旅行」を読んでません。順番、また間違えてしまいました…あらら。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

チャンセラー号の筏

2009年11月16日 01:05

ジュール・ヴェルヌ』 榊原 晃三 訳 集英社文庫 286ページ

これも、今年に入って新装版になったもの。
カバーイラストは「気球に乗って五週間」に引き続き、別天荒人さんによるもの。

ヴェルヌの船好きが、大いに発揮されてる作品。生まれ育ったのは港町ですもんね。
トップマスト、トゲルンマスト、帆桁…と名称が出てくるものの、さっぱり分からない…。
「船の歴史事典」を本気で買いたくなった。ヴェルヌは勉強欲を書きたてる作家ですなー。

<あらすじ>
1869年、乗組員、乗客23人を乗せたチャンセラー号はアメリカを出発した。
しかし、積んでいた積荷に火災が発生。少ない空気で徐々にだが確実に火事は進行していく。
人々はギリギリまで乗船していたが、ついには筏を作り、船を捨てたのだった!

風のきまぐれに任せ、漂流する筏。刻一刻となくなる、水と食料。
「われわれの置かれているような状況にある遭難者について常に言われていることだが、
 それは本当だった。人は飢えよりも渇きに苦しむのだ。そしてまた、渇きによる死のほうが早いのだ」

極限状態まで落とされた人々は、動物性物質の帽子や、革の策具まで口に運ぶ。
そして、人間の最も野蛮な行為へも走り出すのだった。
-----------------------------------------------------------------------------
遭難して、飢えて、乾く…この黄金率、またも来ましたね!
ヴェルヌにしては、今回はバタバタと人が死んでいきます。
少年に読ませたいような冒険小説作家のイメージがありますが、
そういう類のものではなく、極限の人間ドラマを描くのが今回の主眼のようでした。

この作品には、実話のモデルがあり、ジェリコーが書いた「メデューズ号の筏」
影響を受けたヴェルヌが、その題材に持ってきたのだそうです。
メデューズ号は1816年にモーリタニア沖で遭難。147人の遭難者のうち、助かったのは15人。
その筏の上では、水や食料が尽きた事はもちろん、狂気や食人が横行していた。
絵画は最後の15人が助かるところを描いたものですが、子供の頃にヴェルヌはこの作品を見て、
強烈な印象を受けたそうです。そこから、この作品につながったのだとか。

日記形式で進んでいくのですが、最後らへんには日記という事を忘れてしまう。
ちょうど作品は前後に分かれ、前半が船が沈没するまで、後半が筏の漂流…という感じ。
王道ストーリーですが、この遭難につきものの要素は確実に面白いし、ヴェルヌには得意分野。
死んだ人間を釣りのエサに使うシーンなどは、胃が悪くなるような感じです。やはり見せ方が上手い。

ヴェルヌも、こういう作品を書くのだなあ…と思いました。
付き合うほどに、新しい一面を見せてくれる作家です。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

インド王妃の遺産

2009年11月13日 00:47

ジュール・ヴェルヌ』著 中村 真一郎 訳 集英社文庫 238ページ

普仏戦争でフランスがドイツ(プロイセン)に負けた後に書かれた作品。
ヴェルヌは超・愛国者ですから、もともとフランス贔屓なところがありますが、
かなりこの作品ではドイツに敵対心を持った書き方がされてます。

ソーセージと、酢漬けキャベツ、そしてビール…という典型的なドイツ食に対して皮肉ってみたり、
何かを新発明するということは、基本的にはゲルマン人には向いてないとか…あららら(笑)。
あとがきで三木卓氏も書いてましたが、ふとヒトラーが説いたゲルマン人の優秀性について、
作品を読みながら考えずにはおられませんでした。どっちもどっちな事してるなァ…(汗)。

<あらすじ>
インド王妃にまつわる莫大な遺産が、二人の相続人に山分けされることになった。
フランス人のサラザン博士は、その遺産を用いて、アメリカ東海岸に理想都市
(というより衛生都市…)を建設し、科学者、芸術家などの、あらゆる教育環境を整備した。

ドイツ人のシュルツ教授は、鋼鉄都市(シュタールシュタート)を創設し、
鉄を精錬し、大砲を生産し各国に兵器の供給を行っていた。

やがてシュルツ教授は理想都市を、ある新兵器で壊滅させる計画を立てる。
鋼鉄都市に潜入捜査のため潜り込んだマルセルは、その秘密を嗅ぎ付ける。
はたして、彼は生きて理想都市に帰れるのか。そして、その野望を阻止できるのか。
-----------------------------------------------------------------------------
印象としてはアッサリ終わった作品。冒険というより、ヴェルヌの科学趣味の典型。
人間関係の描写も浅く、潜入捜査、科学戦争を中心に置く、近未来SF。

何かの本で、ドイルホームズやヴェルヌの作品は、今から見れば設定が時代遅れ…
という解説を読んだことがありますが、「そりゃ、あたりまえでしょう!」と私は言いたい。
だって、19世紀ですよ。当時は未知の世界のSFという事で熱狂されたでしょうが、
それを現代に当てはめるのが無理だというもの。当時の世界観に合わせて読まなければ。

あらすじを読んでの通り、インドは全然関係ないです。
シュルツ教授が、理想都市を破壊するのが、「民族の自然な生存競争に従うため」という、
かなり一方的な恨みによるので、あまりストーリー性には期待できない。
おおまかに言うと、ゲルマン人がラテン人に理不尽な攻撃をしかけるという話ですから(笑)。

脱走シーンのアイデアとかは切迫感があってGood。
セリフではなく、淡々とした描写によってリアルさを描く、ヴェルヌの手腕が光ってます。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

アドリア海の復讐 下

2009年11月10日 20:38

ジュール・ヴェルヌ』著 金子 博 訳 集英社文庫 382ページ

上巻でアンテキルト博士の正体が判明し(まあ、誰でもわかりますが…)、下巻へ。
こういった復讐劇は、あまりネタバレしない方がいいですね。簡単に後半のあらすじを紹介します。

<第三部以降あらすじ>
アンテキルト博士は、エチューヌ・バートリの息子、ピエールを味方につけた。
しかし、その間に失踪してしまった、ピエールの母や、復讐の目的である
サルカニー、トロンタルの二人は、サヴァを連れてどこかへ姿をくらましていた。

博士は彼らを追い、地中海を渡り歩く。彼が拠点としているのは、莫大な金を持って買い取った
アンテキルタ島と名付けられた島だった。そこは防塞設備が整えられ、平和が保たれた理想郷だった。
シチリア、ジブラルタル、チュニジア…各地で博士は復讐すべき人間を追い詰めていく。
-----------------------------------------------------------------------------
地中海をあっちこっち回るには、エレクトリック2号という電気の船が使われるんですが、
今回はそれに限らず、いたるところでヴェルヌの電気至上主義が光ってます。
アンテキルタ島から各地に張り巡らされた電気配線での交信やら、
電気遠隔操作を用いての爆発システムとか…「これからは電気の時代だ!」と作中でも明言してます。

話の展開が後半に入って、少し早急すぎるところが目に付いてしまいました。
「いくらなんでも、そこには気が付くでしょ!」と突っ込みを入れたくなるところや、
偶然にしては都合が良すぎてしまうかな…という部分もしばしば。

私が思うに、ヴェルヌの「十五少年漂流記」とか、「冒険」を主題に置いた作品は、
結局は「めでたしめでたし」が来るのが当然であって、多少の「偶然」や「幸運」は許される。
むしろ、読む側はそれを楽しみにしている風もあると思う。
反面、今回のような復讐劇でこの「偶然」を多発してしまうと、作為が感じられて興を削ぐと思う。

また、ヴェルヌはいい意味でも、悪い意味でも優しい。
最後の最後で、復讐者として鬼になれない主人公たちもそうだし、ストーリーの中で残酷性が薄い。
ここまで執念を燃やして追いかけてきたのになあ…と、感じないでもない。

反面、新しいヴェルヌの境地が見れました。
「空想であるが故に、科学的な根拠を緻密に書いた方がリアルに感じる」
これはポーの影響を受けての作風ですが、そのためヴェルヌには「講義ちっく」な作品が多い。
「地底旅行」のリデンブロック教授、「グラント船長の子供たち」の地理学者パガネルなどが、
その講義の「先生役」として、作品に必ず知恵者として出てくるのはそのため。
あとがきで松村喜雄氏が「後期になるに従って空想科学小説が影をひそめ、
冒険小説の色彩が濃くなり…」と書いてるが、まさに今回の作品はその好例。

ただ、どの作品にも共通して言えるのは、ヴェルヌは友情やロマンに溢れているという事。
科学小説だけ、復讐劇だけ、というのなら、どれも中途半端にしかならなかったと思う。
やはり根底に人を熱くさせる要素が入っているから、ヴェルヌはイイんだよなぁ…。

ちなみに、下巻も博士の催眠術が炸裂。かなり作品の重要部分で用いてます。
研究者の名前も色々出てきていましたので、ヴェルヌは間違いなく信じていたんでしょうね。
空想科学小説の父のオカルティックな一面。まあSFといえば、SFになるんでしょうか。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

アドリア海の復讐 上

2009年11月06日 23:58

ジュール・ヴェルヌ』著 金子 博 訳 集英社文庫 364ページ

ヴェルヌ版、「モンテ・クリスト伯(巌窟王)」です。
これも、集英社のジュール・ヴェルヌ・コレクションの一つ。

冒頭に小デュマに宛てた手紙が紹介されてまして、そこに
「この作品で、わたしはマーチャーシュ・サンドルフを
 <驚異の旅>叢書における モンテ・クリストたらしめようと試みた」
と、書かれています。大デュマを尊敬してたんですね。

作品は全部で第五部。そのうちの、一部、二部が上巻に、三~五部は下巻に収録されています。

<あらすじ・第一部>
1867年、イリリア地方の中心都市トリエステにて、三人のハンガリー人が
独立を取り戻すために陰謀を企てる。その三人の首謀者とはつまり、
エチューヌ・バートリ教授、ラディシュラシュ・ザトマール伯爵、
そして主人公のマーチャーシュ・サンドルフ伯爵だった。

サンドフル伯爵が中心メンバーとなり、決起の合図が出されれば、
ただちに各地で指導者たちが立ち上がることになる手筈が整った。
そして実行に移される前夜、首謀者の三人は突然、警察に逮捕される。

利欲のため、彼らを密告したのは、ならず者サルカニーと、銀行家のシーラシュ・トロンタル。
世間には秘密裏に有罪の判決が出された後、裏切りの事実を知った三人は、復讐を心に誓い、脱獄する。
しかし、バートリとザトマールは再び捕えられ死刑に処せられる。
サンドルフ伯爵も、逃走中に弾丸を受け、アドリア海の藻くずと消えた。
彼らが誰によって裏切られたのか、どうやって密告されたのかは世間に知られる事なく、事件は葬られた。

<第二部>
事件から15年後。アドリア海の東岸のラグサの街に、アンテキルト博士という大金持ちがやってくる。
博士の過去は謎に満ちており、どこから来たのか、どこへ行くのか誰にも分らなかった。

彼はこの街に、かつて自分を陥れた一人、銀行家のトロンタルと、
さらには仲間だったバートリの息子ピエール、母親であるバートリ未亡人が住んでいることを知る。
運命の巡り合わせは皮肉なもので、ピエールと、トロンタルの娘サヴァは愛し合っていた。

アンテキルト博士は彼らの仲を引き裂く決心をする。よりによって父親を殺した人間の娘を愛するとは。
その頃にはすっかり密告の報酬を使いはたしていたサルカニーは、
身の安泰を図ろうと、トロンタルに娘との結婚させてくれと要求する。
お互いに過去の秘密と持ち合うため、トロンタルはそれに承諾せざるを得なかった。

サヴァがサルカニーという男と結婚する事を知ったピエールは自殺を図る。
しかし、そこにアンテキルト博士が現れ、彼を眠らせる催眠をかける。
一度死んだと思われたピエールは埋葬されるが、博士は彼を墓から救い出し、
自分が、かつて父親と共にハンガリー独立の陰謀を企てたサンドルフ伯爵であることを明かすのだった。
-----------------------------------------------------------------------------
いつも淡々としている冒険譚を読んでるので、およそヴェルヌ風ではないですね。
かといってデュマ風かと言えば、そうでもない。音の反響とか、危機迫る描写とか
細かいリアルさは、やはりヴェルヌ的。催眠術が出てきたことにはビックリしましたが…。
ここにきて、そういうオカルト的な手法使っちゃいますか…(笑)。

復讐劇なので、王道ではありますが、そのため土台となる人物の関係がより巧妙にできています。
ストーリー構成も熟成されてきている感じがあって、初期の作品より「文学的」になったイメージ。

モンテ・クリストの復讐劇はこれからが本番ですね。どうヴェルヌ風に料理されるのか。
興奮でハァハァしながら読んでる、気持ち悪い人にならないよう気をつけます。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

気球に乗って五週間

2009年11月05日 00:24

ジュール・ヴェルヌ』著 手塚 伸一 訳 集英社文庫 383ページ

集英社文庫のジュール・ヴェルヌ・コレクションの一つ。
今年に入って、漫画家の別天荒人さんの新カバーで新装版になりました。
イラストになると、人物のイメージが湧きやすい半面、一旦こびりついたら離れませんね。
それにしても面白かった…寝る間も惜しんで読むとはこの事ですね。

<あらすじ>
1862年、ナイルの源流を探るために、サミュエル・ファーガソン博士は
大胆な旅行計画を立てた。それは、気球に乗ってアフリカを東西に横断するというものだった。

多くの冒険者が命を落としたアフリカの地。北から向かった者、南から向かったもの、
未だ完全でない地図を一つにまとめ上げる事が、どれほど名誉があり、重要なことだろう。
博士は、猟銃の名手ディック・ケネディと、従者のジョーを連れて、
アフリカの東岸、ザンジバル島を4月18日に出立した。

ナイルの源流を調査するために、危険な野蛮人のいる土地に降り立つ博士。
「学問のために武器をとって戦った、というのははじめてではない」

はたして冒険者たちの地図は博士の発見によって繋がる事になる。
しかし、アフリカの地は旅人達に過酷な運命を課すことになる。
風のおもむくままに吹かれる気球は、一体どこにたどり着くのか。
-----------------------------------------------------------------------------
気球は熱気球ではなく、水素ガスを膨張させて上昇したり、加工したりするガス気球。
ヴェルヌが生まれた1828年にはガス気球の実験は成功しているし、
戦争にも利用されいたというから、ある程度の実用化はされていたんだろうけど、
行きたい方向に必ずしも進めるわけではない。
上空では色んな風の流れがあって、気球を上下させて進みたい方向の風の流れに乗れば、
ある程度の進路変更はできるらしい…。でも、やっぱり無謀な旅だわぁ…。

水の枯渇と野蛮人との戦いは…絶対出てくると思ってました。
思ってたのに…予想してたのに…うわーん、なんて面白いんだー!!
この緊迫感たまらないですね。これぞヴェルヌ。うん、ヴェルヌだ(何様…)。

ヴェルヌの作品は、史実に基づいているのが多く、バートンスピークといった人名が出てくる。
バートンといえば、あの「千夜一夜物語」の翻訳で有名な、リチャード・F・バートンです。
今回は特に、そういう色々な名前が出てきて勉強になりました。
ヴェルヌは科学にしろ、史実にしろ、かなりの勉強家だったそうです。

ちなみに、日本ジュール・ヴェルヌ研究会の会誌、「Excelsior!」は、「より高く!」という意味で、
ファーガソン博士が旅立ちの前に、ロンドン王立地理学協会の演説で言ったセリフ。
こういう、未だに忘れられないセリフが、ヴェルヌ作品の中にはいくつかあります。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

グラント船長の子供たち 下

2009年07月09日 13:36

『ジュール・ヴェルヌ』著 大久保 和郎 訳 ブッキング 342ページ

グレナヴァン卿一行のグラント船長捜索隊は、南米での失敗を見た。
船長が南緯37度で遭難したことは疑いようのない事実だ。
では、どこで?南米パタゴニアの横断では、遭難者たちの消息はおろか、
海岸線でもブリタニアが難破したという情報は、全くなかったのだ!

上巻はこちら→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-318.html
以下、内容の重要部分を含みます。

南緯37度は、この地球上でどれだけの陸地を横断しているのか。
南米を除くとすれば、大西洋のトリスタンダクーニャ島、喜望峰の2度下、インド洋のアムステルダム島、
そしてオーストラリアへぶち当たり、その向こうにはニュージランドが控えている。

その頭の中の世界地図を順繰りに追っていったとき、地理学者パガネルは叫びをあげた。
遭難者たちが海に放った手紙の一部分は「オーストラリア」と解釈することも可能ではないか!?
再び希望を抱いた一行は、すぐさま舳先をオーストラリアへ向けて出発した!

ヴェルヌの深遠なる知識を披露するのに、これほどうってつけの大陸は無いように思える。
彼の手によると、地理学、植物学、鉱物学の何と色づくことか。
ユーカリは何故木陰を作らないのか、産金国は恵まれていないとパガネルが言い切る訳は?
「何よりも国というに値するのは、いいかね、それは鉄を産する国なんだ!」
もう、パガネル先生のセリフはいちいちカッコいいです。たまらん!!

一度ならず、彼らがあれほど燃えていた捜索の意志は、灰に帰した。
どんな自然の脅威にも立ち向かっていく勇敢な人々だったが、
最後には、人間の邪悪さがついに彼らをくじかせたのだった。

はたして、グラント船長の子供たちは、父親に再会できるのか…。

ヴェルヌの作品は、基本的にどれも淡々としているのですが、
そこが余計に想像を掻き立てるのでしょうか、思わずウルッと来てしまう感動場面も何度か…。
勇気、愛情、希望、人間の美徳をこれほどまで美化せずに書きあげることができるなんて。
すばらしいです。本当に読んで良かった。

これで「グラント船長の子供たち」、「海底二万マイル」、「神秘の島」三部作は終わりです。
三作品の関係は、正直密接には結び付いてないのですが、「グラント船長の子供たち」の
囚人のエアトンが「神秘の島」で主人公サイラス技師たちの仲間になったり、
「海底二万マイル」のネモ船長の正体が「神秘の島」で明らかになたり…と、
微妙に関連性があったりします。基本的にはどれも独立した作品と考えていいでしょう。
各作品の詳細は、カテゴリー「ジュール・ヴェルヌ」を参照してください。

どれも面白かったので、甲乙つけがたいです。
この本たちは、私の宝物として将来にわたり本棚を飾ることでしょう!


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

グラント船長の子供たち 上

2009年06月26日 00:24

『ジュール・ヴェルヌ』著 大久保 和郎 訳 ブッキング 364ページ

ひひの中でナンバー1の作家ヴェルヌの登場です。
この人の感想を書くときは、自分の文章力のなさに歯がゆさを覚え、
声に出して称賛するときは、言葉が途絶えることがないのです。

1862年6月7日。グラント船長の率いるブリタニア号は遭難した。
彼が救出の希望を込めて海へ放った手紙は、瓶の中で腐食されながら大洋をさまよい、
ある勇敢な一行の手元へたどり着いたのだった!!

手紙の発見は、偶然だったのか、必然だったのか。それは神のみぞ知る。
しかし、それがエドワード・グレナヴァンを中心とした冒険者たちの手に入った限り、
グラント船長が救出されるのは、少なくとも必然となったのだ。

すぐに文章の解読を試みた人々は、グラント船長が遭難したこと、
そして彼は今、地球上の南緯37度で原住民に捕らわれている可能性があること、
救出を求めていることを知る。彼が残してきた子供たち、勇敢な少年ロバートと、
美しくも気丈な姉のなメァリは、父親の探索を申し出たグレナヴァンに当然のことながら同行した。

彼らはヨーロッパから大西洋を渡り、マゼラン海峡を通過、南アメリカ大陸の
西海岸から東海岸まで、南緯37度をくまなく探索するため、大陸を横切る事を試みる。

ここら辺からが、ヴェルヌの本領発揮!実にハラハラ、ドキドキ、そして感動の渦…!
グレナヴァンと、その従兄弟のマクナブズ少佐、ローバト少年と二人の水夫、
そしてヨーロッパ出発の際に船に間違えて乗ってしまった粗忽者の地理学者パガネル。
この六人が最初の南アメリカ横断の冒険者たちだった。

ヴェルヌは地底旅行や、海底二万マイル、神秘の島などで、様々な自然の困難を
主人公たちに立ち向かわせていますが、今回は「大平原の恐ろしさ」を大いに教えてくれます。
まるで作家が乗り移ったように、知識を披露してくれる地理学者パガネルは、
その愛すべき明るい性格と冗談も含め、ヴェルヌの知識の広さ、フランス人のユーモアを思わせます。

地震、狼との戦い、日照り…そして水の枯渇。
幾多の冒険者たちが、新大陸を切り開く際にぶつかったであろう困難を、パガネルの知恵、
少佐の冷静さ、ロバートの勇気、水夫たちの忍耐、そしてグレナヴァンの統括力で乗り越えていく。
旅の中での新しい仲間との出会いや、そそっかしいパガネルと、冷静な少佐の掛け合いも必見です(笑)。

いや、本当に期待を裏切らない作家です。まったく!!
時間をかけてゆっくり読みたい一冊。絶版になったのを、復刊ドットコムが一度再出版してますが、
今は新品で買うことはできません。でも、これは再度新版が出てもいい面白さだと思います。

地球儀をぐるぐる回しながら、その軌跡をたどる楽しさ!
勇敢な冒険者たちの旅はまだまだ続きます!


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

八十日間世界一周

2009年01月14日 21:54

『ジュール・ヴェルヌ』著 田辺 貞之助 訳 創元SF文庫 316ページ

なんという感動。なんたる作家だろうか。
こんなに興奮する本を読んだのは久しぶりです。
はやる動機も治まらず、このすばらしい感動を表現する言葉を探しながら、
こうしてPCの前に座っている有様。ああ、どうしたら、この感動を伝えれるでしょう。

時は1872年、イギリス・ロンドンのフィリアス・フォッグ卿は、
八十日間で世界一周してみせると、友人たちと賭けをした。
鉄道や汽船が発達した時代とはいえ、それはとても実現不可能に思われた。
しかし、冷静沈着で論理的な計算に基づき、卿は「可能である」と断言したのだ。

ロンドンからパリ、スエズに入り、インドを経由してシャンハイ、ヨコハマを通過、太平洋を渡り
サン・フランシスコからアメリカを横断、ニューヨーク・リヴァプール間の船に乗るという旅順であった。

順風にいったと思えたのもつかの間、汽車の遅れなどの生易しい問題ではないトラブルが、
旅急ぐ旅行者に襲いかかる。フィッグ卿は恐ろしく冷静な男だった。
彼のお供をしていた下男のパスパルトゥーは、何度この紳士の的確かつ大胆な判断に驚かされたことだろう。
長い長い行程を確実に歩み、時に自分の破産がかかっている賭けを顧みず人を助けたり、
命の危険にさらされ、突発事故に見舞われながらも進んでいく。
途中、ゾウで道を進む必要もあった。船の出帆に遅れたことも一度ではない。
厄介なことに彼には間違った逮捕状が出ており、それが障害になることもあった。
しかし、計算されつくされた行程には、逮捕状の郵送が追い付かない有様だ。

ロンドン証券取引所では、フォッグ卿の試みが成功するかどうか、
賭券が取引され始めた。国民は並々ならぬ気持ちで、卿の帰国を待ちわびた。

はたして…この試みは成功するのだろうか。
旅を終えたとき、彼はどうするのだろうか。
喜んでいるだろうか、悔しがっているだろうか。
それとも、いつもの冷静な表情で、普段の生活を繰り返すだろうか。

早く!早く!!早く!!!
手に汗握るとはこのことだ。間に合うのか、間に合わないのか。
イギリス人の誇りに掛けて。名誉にかけて。
支流が大河へ合流し、水量が増えていくように胸がつまり、クライマックスへ!!
最後の締め方がイマイチ…という批評もあるようですが、私は好きです。これもアリかなと。

多くの映画にもなり、一度は聞いたことがある音楽で日本人にも親しまれた名作。
しかし、この原作を読まずして、それらが何になるだろうか。
ヴェルヌの作品群のなかでも、1、2を争う傑作です。

これは本当に、胸を張ってすべての人に薦めたい一冊!是非読んでください!


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

月世界へ行く

2008年10月20日 22:26

ジュール・ヴェルヌ』著 江口 清 訳 創元SF文庫 317ページ

「空想科学小説の父」と称されるだけの事はあるなあ~としみじみ感じる作品。
いや~、ヴェルヌはやっぱり勉強家ですね。とにかく数学がバンバン出てきます。
もう、そこらへんはさらっと読み飛ばした感がありますが(笑)。

「地球から月へ」という前編があるのですが、内容としては読まなくても楽しめます。
現在では、ちくま文庫の「月世界旅行」といく訳名で手に入れる事が出来ます。

<あらすじ>
三人の乗組員…すなわち「大砲クラブ」の会長バービケーン、ニコール大尉、
ミシェル・アルダンの三人は、砲弾の発射を今か今かと待ち構えていた。

三人が乗っているのは、拳銃の弾を巨大化したような砲弾型ロケット。
彼らはその中で、無事に発射されて宇宙へいけるかどうか、賭けをしていたのだ。
つまり、人類未踏の惑星である月へ、これから向かうところなのだ!

バービケーン(バービケイン)と、ニコール大尉(ニコル大尉)はアメリカ人で論理的。
ミシェルは陽気なフランス人のモードメーカー。彼らの掛け合いも実に面白い。

「月に行くのは結構だよ、しかしわれわれはどういうふうにして戻ってくるんだね?」
「そんなことは、ぜんぜんわたしは知らないね」
「どうして戻るのか分かっていたら、ぼくは行かなかったろうね」
「月にコロンビヤード砲が無かったら、われわれはずっと月にいるまでさ!」
「そいつはいいや!」

宇宙へ飛び立った砲弾の中で、彼らは楽しげに会話をするのだった。

宇宙へ飛び出した彼らをまず待ち受けていたのは、小さな隕石との衝突だった。
かろうじて衝突は避けれたものの、それが引き起こす結果は予想だにできなかった。
どんな小さな天体も引力を持つように、その隕石にも物質を引き寄せる力があったのだ。
かくして計算されつくした軌道からずれた砲弾は、無事に月面にたどりつけるのかどうか。
-----------------------------------------------------------------------------
凡人はミシェル側の立場で、一緒になって「ああ!きみたちはまったくXの好きな人たちだね!」と
呆れ顔でヴェルヌの数学論を読み飛ばしていればいいと思います。
宇宙への旅が現実に行われている今、ヴェルヌの書く宇宙空間は幼稚に感じますが、そこは仕方ないですね。
あくまでも1800年代後半に書かれた話ですから。そこを考えるとやはり、すごい。

ストーリー的には、科学趣味に力点を置き過ぎた感じがして、「科学説明>冒険小説」。
もちろん、SFとしての注目すべき点は多いのですが、読んでてわくわくする類ではないと思う。
結局月にも着陸せず、目的を達してはいないので残念。
ただ、この作品といい、電気時代の到来予測といい、先見の明には脱帽というところ。

この前編の「月世界旅行」と、続編の「地軸変更計画」も、
それぞれ趣の違いなどもあって(人間描写や、作者の人生の変遷による作風の変化)、比べてみたい。
ちなみに、ヴェルヌの作品をもとにして、メリエスの作った14分の映画も有名ですね。

参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

神秘の島 第三部

2008年07月27日 11:30

『ジュール・ヴェルヌ』著 大友 徳明 訳 偕成社文庫 396ページ

普段は続きものでも連続して読まずに、色々な本を並行して読んでいくのが好きなのですが、
今回ばかりはおもしろすぎて、第三部まで一気に読んでしまいました。
ジュール・ヴェルヌの『神秘の島』。ついに、今まで起った不思議な力の正体が明らかに…!

第一部→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-141.html
第二部→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-146.html

グラニット・ハウスの住民たちは、新しい仲間を迎えてリンカーン島での三年目を迎えていた。
ある日、技師は遠くの海面に浮かぶ一隻の船を発見した。
それは驚くべきことだった。この島は世界地図にも載っていないし、
ましてやどの漁船や定期船のルートからも外れている。
考えられる事といえば、その船が海賊船であるということだ。

開拓者たちは、この島が自分たちの故郷と言ってもいいほど大切に思っていたので、
みすみす海賊たちの手に渡すつもりはなかった。
技師と仲間達は徹底抗戦をすることを決意する。
しかし、海賊の数は50人ほど。こちらは六人とオランウータンと、犬のトップだけ。
技師がどんなに知恵を働かせてみたところで、苦しい戦いは免れないだろう。

開拓者たちの一番の脅威は、海賊船に搭載されている最新式の大砲だった。
侵略者たちは、話し合って和解するなどという気はさらさら無く、
その圧倒的な力の差を見せつけるように、グラニット・ハウスに大砲を撃ち込んできた。

勝利は絶望的かと思われた。
しかしその時、またしても神秘の力が彼らを救うことになる!!

ヴェルヌはこうした神秘的な力というアイデアを用いながらも、登場人物たちがそれを、
神様の力だとか、ファンタジー的な扱いをすることを全くさせない。
あくまでも「誰か」が人為的に開拓者たちを助けているのであり、
いつかはその人を見つけ出して、謎を明らかにするという事を何度も技師に言わせている。
そこが陳腐にならずにいいんだよなあ…。

漂流して、無人島で色々工夫を重ねて生き抜いて…というテーマは、
ヴェルヌが好んで用いたストーリーだし、ヴェルヌ以前に発行されている、
ロビンソン・クルーソーでも前例があるエピソードだ。

しかし、その同じようなテーマの中でも、この神秘の島について作者は絶対的な自信を持っていた。
無から有を作り出す工程が、ロビンソンと同じ漂流者でもなぜか新しく感じてしまうのだ。
それは、不思議な力のアイデアを絡めたせいでもあるし、この小説がとても科学的で、
ヴェルヌの知識が最大に発揮されていることもある。
もちろん、大人も子供も楽しめる小説だけれど、これは是非大人の方に読んでもらいたい内容。

自分たちが作り上げたものへの愛着や、祖国への想い、
どんな時でも冷静に行動して、現実を見据えて行動する力など、
多くの事を学べるとともに、勇気をこの本からもらうことができます。

「神秘の島」は、同じヴェルヌの作品の「海底二万里」、「グラント船長の子どもたち」に
関連する内容になっています。同じ登場人物が出てきたり、過去が語られたり。
一冊だけ読んでも充分楽しめる内容になっていますが、三冊とも是非読んで頂きたいところです。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

神秘の島 第二部

2008年07月24日 21:38

『ジュール・ヴェルヌ』著 大友 徳明 訳 偕成社文庫 394ページ

無人島に漂流した開拓者たち。
彼らの生活はより文明的に発展していった。

第一部の参照はこちらから↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-141.html

五人の遭難者、つまりサイラス・スミス技師と、記者のジュデオン・スピレット、
水夫のペンクロフ、博識な少年ハーバート、そして黒人奴隷のナブと犬のトップ。
彼らの生活は日増しに良くなってきていた。その島にはリンカーン島という名前が付けられたが、
遭難者たちは今では遭難者ではなくなっていた。必要なものはなんでも自然から作り出すことができたし、
必要とあればエネルギーだって作ることができた。それは水力を利用したエレベーターであったり、
風力で風車を回して小麦をひいたりすることだった。
原始的ではあったけれど、何事にもスタートがある。それを知っているかどうかが問題なだけで。

幸い、サイラス・スミス技師の知識は百科事典そのものだった。
彼の知らない事は全くないかのように思われた。必要と思えるものは創り出されていったし、
ガラス作りや、冬に備えての羊毛の服、それに菜園や家禽飼育場も整備された。
彼らは祖国に帰れるものなら帰りたいと思うだろうけれど、
いざこうして開拓していった島を離れる時が来るならば、大きな寂しさを味わう事になるだろう。

彼らは流されてきた漂流物の六分儀で、この島がタボル島という無人島に近い事を知り、航海を試みる。
そこで出会った一人の野蛮人は、リンカーン島に連れて帰られサイラスたちの仲間になった。
もう一人、オランウータンも飼いならされて、仲間はしだいに増えていった。

ところで、サイラス達はこの島が無人島であると確信していた。
それは島全体を冒険してみて分かったことだが、まったく人が訪れた気配もなく、
船が漂流した形跡もないからだ。しかし、この島にはいくつも不思議な事件が起こっていた。

まず一つ目は、サイラスが最初に上陸したときに、波にさらわれたのだが、いつの間にか洞窟に運ばれていたこと。
役に立つものばかりが、防水加工までされて漂流物として流されてきたこと。
時たま犬のトップとオランウーランが、井戸に向かって奇妙な唸り声をあげること。
そして極めつけは、航海をして帰ってくるときに、目印のかがり火がたかれていたこと。
航海中、島に残っていたサイラスは、火など灯したことはないという。では誰が?

この島には誰かいるのだろうか。この神秘の出来事をすべて説明できるような。
偶然にしてはおかしすぎる。かならず何かがある。サイラスはそう考えていたが、
今のところ何も手掛かりがつかめなかった。

いよいよ、神秘の島の正体が明らかになるか???と思ったところでもどかしく第三章へ。
本当に1ページめくるたびに発見の連続。この本を読んでいると、自分が無人島に漂流しても、
何とかやっていけそうな気分になるから不思議です。いや、もちろんそんな簡単でないのは分かってるんですが。
それくらい、現実的、科学的に小説は進んでいくのです。その中で唯一合点がいかない不思議な出来事…。

こうしてヴェルヌの作品を読んでいると、すべての生活は自然に繋がっているのだなあと実感させられます。
私が食べているパンも、一粒の小麦から栽培して、栽培するには畑を耕す必要がある。
耕すには鋤がいる、鋤を作るのには鉄がいる、鉄を作るのには窯がいる…。
人類みな兄弟と言いますけれど、何かしら私たちの生活は間接的にいろいろな人に支えられているんですね。

その原点に冒険心、興奮と共に立ち戻らせてくれるヴェルヌ。偉大な作家です。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

神秘の島 第一部

2008年07月10日 21:13

『ジュール・ヴェルヌ』著 大友 徳明 訳 偕成社文庫 394ページ

5人の人間と1匹の犬を乗せた気球が、嵐に吹かれて太平洋をさまよっていた。
気球のガスは抜ける一方で、高度はぐんぐん下がってくる。
乗組員たちは荷物を一切合財投げ捨てて、どうにか陸が見つかるまで、
この乗り物が持ちこたえるように努めていた。

そして、海面から150メートルも降下したところで、犬が吠えた。
「陸だ!陸地だ!」誰かが叫んだ。
まだ数キロ先ではあるけれど、そこには確かに陸地が見えていたのだった。

勇気を貰いたい時はヴェルヌを読むに限ります。
本当に面白くて、わくわくして、夢中になれる物語です。

アメリカ南北戦争で捕虜になっていた男たちは、ある日気球で脱走を試みる。
しかし、風に流されてたどり着いたのは、人影がまったく見当たらない無人島。
気球を軽くするために、何もかもを捨ててしまった男たちは、文明的なものは何も持たずに上陸する。

島を開拓していく男たちは、まず中心を担うサイラス・スミス技師。
ヴェルヌ小説にはこういった教養が高く、勇気があって、無限の信頼を置けるリーダー核が存在する。
そして、彼の友人のジェデオン・スピレット。彼は南北戦争の記事を壮絶な戦場で書いていた、これまた相当勇敢な記者。
サイラスの元黒人奴隷であったナブは、奴隷解放論者であったサイラスに自由の身にされてからも主人を慕い、離れる事はなかった。
そして、水夫のペンクロフ。捕虜という訳ではなかったが、彼も戦争で足止めを食らった一人だった。
最後がペンクロフの船長にあたる人の子供ハーバート。孤児で今はペンクロフに育てられている。博物学に詳しい教養の高い少年だ。
この5人と、サイラスの優秀な飼い犬トップで、サバイバルな生活が始まる。

イメージとしては十五少年漂流記の大人版。
あれは、船で遭難して孤島に流れ着くけれど、船に載せていた食糧や銃、道具類がある。
しかし、全く何もない状態でこの開拓者たちは始めなければならない。

人間がこのように文明からいきなり切り離された状態に置かれたら、
まず何をしなければいけないだろうか。そう、水の確保、食べ物の確保、寝る場所の確保だ。
水は川が流れているから、そこで飲み水を調達できる。そして最初の食べ物といえば、
海岸の岩にこびりついている貝だった。寝る場所に関しては、偶然見つけた岩の間が風を防げる場所だ。
しかし、ここには料理に使ったり、暖を取るための火がない。これは重要な問題だった。

火打ち石や、木をこすり合わせるという原始的な方法で火をおこすしかないのか?
たった一本だけ見つかったマッチをこする時の緊張感。たったあれっぽっちの物のありがたさを痛感する。

サイラス・スミスは技師であり、鉱物学者であり、科学者であった。
みんな彼に出来ないものはないかと思われるほどだった。彼の指示で確実に島は開拓されていったし、
火をつけるのにも、懐中時計のガラスの間に水をいれ、太陽光を集めて簡単に火を作ってしまった。
そして、生活するにつけ必要となるレンガを粘土で精製し、窯を作り、アザラシの皮で作ったふいごで
島にあった鉄鉱石から鉄を生成する。こうして徐々に開拓者たちは、斧やつるはしなどの道具類を、
ジュゴンの脂肪からロウソクを、また科学の応用を使ってグリセリンまで生成した。

グリセリンで硬い岩を爆発させ、天然の岩の空洞を発見した五人は、そこに住むこととし、
「グラニット・ハウス」と名付けた。そこは風除けや冬の寒さにもぴったりの、まさに理想の住まいだった。

サイラスの感嘆すべき発明は、紹介するときりがない。
ヴェルヌが「空想科学小説の父」と言われる要素が、十二分に詰まった作品。
第二部に向けて、何故このタイトルが「神秘の島」なのかという伏線も張られている。
本当に目が離せない。電車を危うく乗り過ごしてしまいそうになるほど熱中してしまった作品です。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

十五少年漂流記

2007年11月11日 23:20

ジュール・ヴェルヌ』著 大久保 照男 訳 ポプラ社文庫 190ページ

「海底二万マイル」「地底旅行」で、すでにかなりのファンになってしまったヴェルヌ。
この「十五少年漂流記」も期待に胸ふくらませて、ページを開きました。

ヴェルヌの作品は、主に大人向けに書かれたものが多いのですが、
この「十五少年漂流記」は、珍しく子供向けに書かれたもの。

その名の通り、十五人の少年が船で漂流してしまい、無人島で二年間を過ごすという内容。
原題が「二年間の休暇」。フランス人らしいユーモアのあるタイトルになっています。

<あらすじ>
1860年、少年15人を乗せたスルギ号が、何らかの原因で港から離され、漂流する。
無人島にたどりついた彼らは、そこで協力して生活を始める。

彼らは船から洞窟へ住居を移し、本格的に文化的生活のため、環境を整え始める。
料理の得意なの、思慮深いの、いじっぱりなの、色々な性格の仲間たちが協力し合う。

そして二年間がたったある日、島へ謎の船がやってくる。
それは、同じように船が遭難した人間だった。彼らと少年たちの戦いが始まる。
-----------------------------------------------------------------------------
子供の推薦図書によく選ばれている名作。児童向けを今回読みましたが、充分面白かったです。
黒人のモコ(出版社によってはモーコー)などに、人種差別の記述があったりする。

こんな児童向けの本でさえ、ヴェルヌのリアル主義は見事に表れている。
「神秘の島」の子供向け…といったところでしょうか。
船で漂流したため、積荷の中にある程度の武器や道具があるので、完全な0スタートではない。

昔、「失われたムー大陸」という、ムー大陸を提唱したチャーチワードの本に、
面白い事が書かれていたのを、読んでいてふと思い出した。
科学が発達した時代に、火山の大噴火や、大陸の沈没が起こったら。
何もない土地に取り残された人間が生きていくには…

「果たして、科学に慣れた人間が石や植物からどれほどの道具を作れるのか。
例えば、旧石器時代と、新石器時代の間にそのような地殻変動があったとすれば、
道具が精巧になったからといって、簡単に人間が進化したとは言い切れないのだ」

だが、少年たちはそうはならなかった。イギリス人のブリアンを中心として、
「文化的な」生活を送っていく。この生活は非常に現実性があって面白い。
落とし穴を利用して獲物を捕まえたり、網で魚を取ったり、アザラシの油から蝋燭を作ったり、
野生のラマを捕まえて家畜にしたり、料理に使うため塩田を作って塩を取ったり。

最後の方で、同じく難破してきた悪者と少年たちが戦うシーンがあるけれど、
これもなかなか危機迫る感があって面白かった。今度は新潮文庫ので読んでみよう。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

地底旅行

2007年10月06日 12:49

ジュール・ヴェルヌ』著 石川 湧・石川 布美 訳 借成社文庫 434ページ

こんなに胸が熱くなった小説は久し振りです。
本当におもしろかった!今度の冒険は、その名の通り地底の神秘に迫ります。

羊皮紙に書かれた謎のルーン文字。その内容は、驚くべきものだった!

<あらすじ>
リデンブロック教授は、甥のアクセルと、アイスランド人のハンスの三人で、
ルーン文字で書かれた「アイネ=サクヌッセンム」という人物の軌跡を追う。

その内容は、
「アイスランドの火口から、地球の中心へ行ける」という内容だった。
死火山の火口から地底へ下りていく三人。そこには未知の世界が広がっていた!

想像してみてください、地下数百キロメートルの底を。
旅の途中、道が行き止まりになり、飲み水がなくなり、
仲間から離れて、真っ暗闇の世界に取り残される。。。

想像してみてください。足もとのはるか下に空洞があって、海が広がっている事を。
そこには巨大なキノコの森、クルスタルの世界、古代の象マストドン。
数十メートルもある魚竜と首長竜の戦い。そして地底人との遭遇。。。

そして彼らはついに、岩に書かれた「アイネ=サクヌッセンム」の名前を見つける。
-----------------------------------------------------------------------------
児童書と思ってナメてかかったら、とんでもなかった!
ヴェルヌの科学的説明を上手に残しつつ、緊迫感を失わせない書き方。
電車で読みながら、悪寒が背筋を駆け上り、いったん息を整えてまた読み始めた事も。
数多くある作品の中では、淡々としてる方ですが、心躍る神秘性は抜群。

どんな事も、物理学で証明できないことはない!
これは作品中の教授の言葉ですが、ヴェルヌの主張がよく現れてますね~。

ヴェルヌの中では最初の方に読んだ一つで、これに魅せられてファンになりました。
ペンと紙、それだけでこれほど人を熱くさせれるものなのかと感動しました。
これは映画にもなっていますね。どうも3Dの出来が納得いかなくて、見ていませんが…。

文庫は、岩波と、創元SF文庫からも出てます。
もう少し、詳しい部分や、リアルさを求めるなら、こっちも読んでおきたいですね。
そのうち、出版社別の違いというのも研究していきたいものです。

現代に生きる私たちに、忘れていた冒険心を思い出させてくれる作品です。
是非、沢山の人に読んでもらいたいと思います。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

海底二万マイル

2007年09月30日 00:35

ジュール・ヴェルヌ』著 南本 史 訳 ポプラ社文庫 198ページ

東京ディズニーシーの中央に位置するアトラクション、「海底二万マイル」をご存知でしょうか。
そう、あれの原作ですね!あれって、結構人によっては賛否両論で、
「面白かった~!」という人もいれば、「あんなに長時間並んでこんなものか」という人も。

一つ言えるのは、原作を知っているか知っていないかで、
このアトラクションは随分と面白さが変わるという事でしょうか。
映画化もこれまで沢山されている魅力ある作品です。

<あらすじ>
話は謎の一角クジラ出現の話題から始まる。
「海に得体のしれない、大きな怪物がいる!」
その真相を確かめるため、船に乗り込んだアロナックス教授。
しかし、実際に見つけたのは鉄板で覆われた潜水艦だった!

船が沈没して溺れるところを、潜水艦ノーチラス号ネモ船長に助けられ、
潜水艦に乗り込んだアロナックス教授、助手のコンセーユ、もり打ちのネッド。
彼らを乗せて、ノーチラス号は神秘に溢れた海底旅行へ出かける…。
-----------------------------------------------------------------------------
みどころがたくさんあって困りますが、海底の古代都市「アトランティス」や、
沈没船の見物、大ダコとの戦い(ディズニーシーでは電流でやっつけるヤツ)、
スエズ運河の地下を通って、紅海から地中海へ抜けてみたりと、
児童向けの平易な文庫でしたが、充分楽しめました。次は創元SF文庫ので読みます!
海はまだ現代人にも探索し尽くされてないというのが、想像の余地があってイイですね~。

話はアロナックス教授の日記形式で淡々と進んでいきます。
この作品ではネモ船長は「謎の人」で終わってしまいますが、
「神秘の島」では過去が明らかになったりしているので、そちらも参考にどうぞ。

ああ~~、一度でいいから、こんな旅をしてみたい!
そりゃ、ディズニーシーさんに期待もかけちゃいますよ。
ネプチューン号だか知らないが、どうせならノーチラス号に乗せてくれYO!!
ディズニーシー好きで、ヴェルヌを未読の方は、「センター・オブ・ジ・アース」の元ネタ、
「地底旅行」と合わせて、是非本作を読んでみてくださいねえ~~♪


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。