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外套・鼻

2009年02月16日 23:16

『ゴーゴリ』著 平井 肇 訳 岩波文庫 140ページ

ちょっと最近ロシア波が自分にきてます。次はゴーゴリ。
う~ん、ロシアいいわあ。地味なくせにじわじわくるわあ。

話的に好きなのは「外套」。ユーモアがあるのは「鼻」。
どっちかというと後者のほうが有名ですよね??
芥川の「鼻」とは、揶揄の姿勢などが同じニオイを感じさせます。

理髪師のイワン・ヤーコウレヴィッチは、ある朝パンを食べようとすると、中から常連客の鼻が出てきた。
びっくり仰天、どうしたものかと思い、困り切った末に川へ投げ込む。
さて、鼻の持ち主は八等官のコワリョフ氏。こっちは朝起きてみると自分の鼻がない。
こちらも仰天して、何度も触ってみるが、のっぺりした皮膚があるだけ。
あわてて探しに出かけてみるが、見つけた鼻は何と自分より立派な紳士を装ってるではないか。
ついかしこまって「あのぉ…あるべきとこに戻ってほしいんですが…」と頼んでみるも、
「はあ?何いってのあんた」とにべもない。そうこうしてるうちに逃げられてしまった。

新聞に広告を出したり、警察に行ったりしてみるが、もとよりそんなことに対応できるわけもなく…。
結局ある朝、唐突に鼻は元の鞘に納まって、何事もなかったことで話は終わるのだが…。
なんともこの短い話の中に皮肉が詰まってることでしょうか。

鼻の付く言葉といえば、「鼻が高い」「鼻につく」「鼻をあかす」、、、などありますが、
基本的に名誉・名声にかかわることが多いのかなあと考えたら、なんとなくこの話の面白さが倍増する気がしませんか?
このコワリョフ氏って本当にしょーがない人で、うぬぼれの塊みたいだから笑える。
まず、鼻が亡くなったことで困ってることと言えば、第一に「だって、婦人連と遊べないジャン!」って、アンタねー。

戻ってきたら戻ってきたで、今までの困り果てた態度はどこへやら、堂々として以前よりうぬぼれが強くなったみたい。
無くなったことで学んだことなんて全然ない。
逆に独立した鼻氏の立派な紳士然ときたら…。
ここらへんのスパイスの効き具合は絶妙。

もう一つの「外套」ですが、ちょっと印象は変わって主人公が死んでしまうバッドエンド。
ドストエフスキーが「われわれは皆ゴーゴリの『外套』の中から生まれたのだ!」と言ったくらい味わい深い。
たしかに雰囲気が似てるな~と思ってましたが、いやはや、こちらが先輩でした。失礼しました。


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