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審判

2009年10月31日 23:32

フランツ・カフカ』著 本野 亨一 訳 角川文庫 313ページ

カフカの長編三部作、「アメリカ」、「城」、そしてこの「審判」。
前に「変身」を紹介しましたが、一貫して孤独がテーマになってます。

「変身」でも、カブトムシになった主人公を尻目に変わっていく家族たち、
そして最後に主人公が死んだときに、ピクニックに出かけるという結末、
こういったところで「孤独」が常に付きまとっていましたが、
今回はさらに「不安」というのが、その上に輪をかけていました。

<あらすじ>
ヨーゼフ・Kは、ある朝突然、逮捕される。何の罪かは分からない。
彼を捕まえに来た人たちも、何の罪に問われているのか分からない。

裁判所から最初に審判に呼び出されて応じ、大勢の傍聴人の前で、
逮捕を不当だ、処理が煩雑だと裁判所を批判して見せるも、その聴衆はすべて裁判所の役人だった。
一回目の審判からは、心理が進展を見せることなく、Kは通常通り銀行の重役として出勤する日々を送る。

叔父が裁判を受けていることを心配し、弁護士を紹介してくれる。
しかし、遅々として進展はみられない。弁護士は「そういうシステムだ」とか、
「勝機をつかむのは人脈だ」ということを、こんこんと説教して聞かせる。

裁判所の人脈に通じている画家を紹介されたKは、その人物ティトレリを訪れる。
そこで裁判には、「形式的な無罪か、進行妨害しか道はない」と教えられる。

物語は突然に終わりを迎える。二人の役人がKを石切り場へひっぱってゆき、
彼の心臓を一刺しにしてしまう。「犬のようにくたばる!」とKは叫び、死んでゆく。
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結局、Kの罪は何だったのか分からない。そして、裁判所の実態も分からない。
今行われているという審判が非常に不利な方向へ動いていること。
裁判所が得体も知れない組織で、Kは最初の入り口にしか到達していないこと。
遅々としている弁護士。5年も裁判を続けている商人との会話。完全な無罪を望めない事を教える画家。
実態が見えない中で、断片だけが延々と説明されていき、漠然を不安だけが募っていく。

「本当の犯人、つまり、高い地位にいる役人、まだ一度も彼の前に姿を現す勇気のない
 この連中が、厳罰に処せられるよう、尽力せねばならぬと決心した」

「この厖大な裁判組織は、いわば永久に浮遊の状態にあり、その上にいる我々が
 赤手空拳、なんらかの改革を試みたとしても、かえって自分の足場をはずして墜落する(略)」

前者はKの心情、後者は弁護士のセリフですが、実態が分からずにもがいているKに対し、
弁護士が裁判組織の現状、長いものに巻かれろと諭している状態が伺えます。
Kは孤独な反駁を続け、最終的には「負けて」しまう。カフカはこの不条理に対して答えは出していない。

カフカの人となりが、巻末のあとがきで紹介されていますが、
家族や仕事など、あらゆるところで孤独な人だったようです。
「文学でないものを嫌悪する」人物で、くらだない仕事に日々を費やされ、
悪夢にうなされ、不眠が続く…そういう(彼にとって)不幸な毎日だったのだとか。
こういう明らかに「陰」オーラを出してる作家は、基本的に好きですが、中でもカフカは最強クラスですね。
解釈はいかようにもできるのは、「変身」のところで述べたのと同じ。参考までにですが、
ゲーテの「ファウスト」の散文訳でお馴染み、池内紀氏が解釈の書籍も多数出しておられるようです。

翻訳は、可も無く、不可もなく。淡々と綴られる組織の深遠さにはマッチしているほうかと思います。
岩波の方がメジャーのようですね。辻ひかる氏の翻訳は読みやすさに定評があるようです。
本書は未完の作品となっており、完成していない断片部分も収録されています。


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変身

2009年03月03日 23:54

フランツ・カフカ』著 中井 正文 訳 角川文庫 192ページ

あまりに奇異なストーリー。最初から強くひきつけられる作品です。

<あらすじ>
グレゴールは出張販売員。朝四時に起きて、五時には家を出る。
仕事は楽ではない。家は借金を抱えており、父は引退して仕事もない。
母はぜんそく持ちで病弱。妹は17歳で、まだ子供のようなものだ。
グレゴールの収入が一家を支えていた。

ある日、いつものように朝目覚めると、グレゴールは茶色い甲虫の毒虫になっていた…。
家族は驚き、憐み、気味悪がる。しだいにグレゴールに対する家族の態度は無関心に変わり、
干からびたグレゴールは死んでいく。そして家族は解放されてピクニックにでかけるのだった。
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…どうも、この”甲虫”という表現では伝わりにくい。
カナブンとか、カブトムシの大きいのを想像すると近いかなぁ。

家族はこの虫の世話と、収入がなくなるのとで二重に負担がかかることになる。
最初は驚き、気味悪がるが、しだいにその状況に慣れ、虫の存在を疎ましく思うようになる。
ところが、当のグレゴールは話こそできないが家族の話す言葉は理解でき、考えることもできる。
彼が虫になった朝、まず考えたのは仕事のことだった。

全然驚いていないのが実にこの小説の奇妙なところ。
虫になった朝、グレゴールはタンスを頼りにすれば、立ち上がれるかな…とか冷静に考えたりする。
カフカは仕事に対して嫌悪感をかなり持ってた人だから、そこらへんの感情も反映されてるのかも。
いくらなんでも、虫になってりゃ仕事ができないという言い訳ぐらい通るだろう…的な。

虫というだけで、グレゴールが家族に対して貢献した過去が一掃されてしまっている。
父親は仕事を始めて少し若さを取り戻し、妹も仕事を始めて神経質になった。
今まで「俺が守ってやらなければ…」と思っていたグレゴールの愛情を、
まるでエゴだと言わんばかりに変わっていく家族たち…。

そして、最後には家族にとってグレゴールは不要の存在になり、
死んだあとに、ほっとした家族はピクニックへ行く…。
なんという孤独な作品だろう。おのずとカフカの家庭事情も見えてくるというもの。

正直難しい小説でした。いろんな解釈にとれるので。カフカの研究者が沢山いるのも分かります。
「ある戦いの描写」という作品も収録されていますが、こっちは私には理解できませんでした。
とても謎な作家です。読んだ後の「すげえ作品だ…」という感銘は強く残るのですが…。


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