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赤毛のアンの世界 作者モンゴメリの生きた日々

2009年12月17日 00:52

『M・ギレン』著 中村妙子 訳 新潮文庫 205ページ

あと半月で、今年も終わるだとぉ…。
若い頃は一日が短くて一年が長い、年をとると一日が長くて一年が早い…。はぁ。

気を取り直して、モンゴメリ
「赤毛のアン」作者の一生と、彼女を取り巻いた社会、
そして風景などを写真を多数掲載して紹介する本。
材料は作者の日記や手紙をもとにしたものが多く紹介されています。

あんな作品を描く人だから、幸せいっぱいの人だと思っていたんですが、
母親の病死、父親の再婚、継母との不調和と、小さい頃から苦労ををしていたようです。

結婚後も、夫と心の底から分かりあえるという事は無かったようで、
夫が牧師なのに対して、モンゴメリ自身はキリスト教に独自の解釈を持っていました。
宗教は信じるが、基本はドライ。しかし、世間体もあるので、
それら素直な気持ちはペンフレンドにしか明かしていません。

ここらへんのモンゴメリの価値観と言うのは、非常に独立しています。
「私が自分をクリスチャンと呼ぶのは、キリストの教えを信じ、
 それに従って生きようと、自分なりの努力をしているからです」
アンも作品の中で、純粋に宗教に疑問を持ったりする場面がありますが、
そこらへん、作者に似ているのかな?と思ったりもしていました。
が、意外な事にモンゴメリ自身は「アンシリーズ」には、二冊目から飽き飽きしていたらしいです。

「赤毛のアン」が成功し、出版社から続編を求められていた作者は、
その後に「アンの青春」「アンの愛情」…と言われるままに作品を書く。
しかし、「どうして読者は、嫌気がささないのか不思議だわ」という発言をするくらい、
作者自身はアンにうんざりしていたようで、「あのにくらしいアン」とまで言っています。
アンのずばぬけた想像力や、自然を愛する姿なんて言うのは、
この本を読む限り、モンゴメリ自身とかなり類似しているので、
自分をモデルに描いた作品…というのは誰でも感じるところだと思うのですが。
印象が違うミュージカルの出来栄えや、この作品で有名になった事で
引き起こされる苦労、読者の捉え方の違い…色々原因はあるのかもしれません。

そう考えると、モンゴメリは色々な「仮面」をつけなければ生きていけなかった人ですね。
「こんなの、私の作品じゃないわ」と感じながらも、人気作家としてアンを書き続け、
牧師の妻として、慣習に従った宗教を人に説き…。そして子育て…。
空想の世界と、現実世界のはざまを、行き来して過ごす苦労人という印象を受けます。

かなり沢山の写真は収められており、なかなか楽しめました。
モンゴメリ自身や、彼女を取り巻く人々、それら以外にも、
アンの舞台、グリーンゲイブルズの生活がビジュアルで体験できます。


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アンの友達

2009年09月22日 12:37

『ルーシー・モード・モンゴメリ』著 村岡 花子 訳 新潮文庫 317ページ

その名の通り、アンの物語から少し離れて、アヴォンリーに住む人々の物語。
合計で12のストーリーが展開されていきますが、
アンは名前こそ出るものの、ほとんど登場しません。
これを「アンの物語」とするかは難しいところですが、
訳者の村岡女史は「第四のアン・ブックス」と位置付けているようです。

<あらすじ:抜粋>
・15年間も婚約に踏み切れずにいたルドヴィックが、ついにプロポーズに踏み切った訳は…
                                             (奮い立ったルドヴィック)
・昔、愛した男の忘れ形見の子供を、陰ながら支え、最後には周りの人々の心まで変えてしまう物語…
                                             (ロイド老淑女)
・子供を思う余り、禁じていたヴァイオリン。その少年が、ある臨終の席に立った時に奏でた曲は…
                                             (めいめい自分の言葉で)
・ある喧嘩をきっかけに、婚約していた二人は15年間口をきかなかった。長い維持の張り合いの末…
                                             (ルシンダついに語る)

年齢を問わず、恋の話から、親子愛、夫婦愛などなど。
モンゴメリは長編作家ですが、短編に関してもこんなにイイ作品を書けるのかと驚き。
むしろ、気持ちのいい引き取り方なんかは、もともと短編専門じゃないの!?と思えるほど。

本編で少しだけ話題に出たことが、こうしてサイドストーリーとして細かく設定されているのは、
ファンとすれば本編を再度読む時に、ニヤリ…と思えて楽しいでしょうね~。
実際に出版された順番としては、「赤毛のアン」「アンの青春」「アンの友達」「アンの愛情」と続きます。

夢想家で、ユニークなセリフが多い本来のアン・シリーズもいいですが、
こういう個性派ぞろいの心温まるアヴォンリーの住民たちも、愛すべき存在ですね。
作者自身もかなり、お気に入りの物語たちだったみたいです。

ところで、話は飛びますが…「アンの友達」というカフェが栃木県宇都宮市にあるらしいですね。
外装が、アンの家であるグリーンゲイブルズに似ていて、とても素敵です。
うーん…栃木か…遠いなぁ~。


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アンの愛情

2009年08月11日 23:23

『ルーシー・モード・モンゴメリ』著 村岡 花子 訳 新潮文庫 390ページ

「赤毛のアン」「アンの青春」の続編、アン・ブックス第三の作品。
これまでのあらすじは、上記リンクを参考にしてください。

子供時代を過ごしたアヴォンリーを離れ、レドモンド大学へ入学したアン。
勉学にいそしむかたわら、娘四人が集まって一軒家「パティの家」を借りたり、
社交界に顔を出したりと忙しい毎日を送るアン。

その間に時は流れ、彼女の周りでは友人が亡くなったり、
また結婚したり、親友のダイアナは子供が生まれたり…と、目まぐるしく環境が変わっていく。
アンにも求婚者があらわれ、ロマンスや絶望を経験するが、やがて幼馴染の
ギルバートに対して、アンの愛情は目覚め始めるのだった…。

一巻からのお馴染みの登場人物がたくさん出てきて嬉しい。
あいかわらず派手さはないものの、自然の描写や比喩がユニークで飽きません。
実際にモンゴメリの身近なものを題材にして書かれているからでしょうか。

作者自身はアンの家である「グリーンゲイブルズ」に住んでいたわけではないそうですが、
祖父の親戚にあたる人が実際に所有していた家で、良く遊びに行っていたのだとか。
それだけ美しいところなのでしょうね。カナダの作品はどれも自然描写が美しいですね。
アメリカ作品は独特な虚無感が特徴的ですが、隣の国でも違うものですね。

今回、読んでるのは古本屋で購入したもの。2008年に新装版が出版。
赤毛のアン出版100周年(2008年)でということですが、新装版でなくても
言い回し、漢字共に違和感なしです。講談社で掛川訳が出てますが、
横文字に弱い私には、こちらの方がお似合いのようです(笑)。

関係ない話ですが、前に「スタジオジブリ・レイアウト展」へ行きました。
フジテレビ系、「赤毛のアン」(世界名作劇場)では、アニメ制作にあの
宮崎駿、高畑勲の両氏がかかわっておられたのですね~。
展示会もモチロンよかったですよ!美術館に四時間も入り浸ったのは初めてです(笑)。

ところで、100周年という話題が出ましたので…。
「カナダ観光局」では、昨年に100周年記念のイベントが行われていました。
イベントの方は、もう終わってしまっていますが、サイトが残っていたのでリンクしときます。
アンが過ごしたグリーンゲイブルズ(緑の切妻屋根)の写真が掲載されてます。
こんなに素敵な家なら、アンが夢想にふけるのもしょうがないですね。


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アンの青春

2009年05月31日 14:57

『ルーシー・モード・モンゴメリ』著 村岡 花子 訳 新潮文庫 380ページ

「赤毛のアン」から少し大人になったアンの青春時代の物語。
前作はコチラ→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-258.html

17歳になったアン。新任教師として子供たちに勉強を教える傍ら、
村を美しくするというモットーのもと、「改善委員会」を立ち上げ、
寄付を募ったり、改善計画を立てたりと忙しい毎日を送っていた。

アンは子供時代の想像力を今でも持ち合わせていて、
その大切さを知っているため、前作の「自分のための想像」から、教育を通してそれを教える立場になった。
森を散歩したり、自由に作文を書かせたり…勉強だけにこだわらないアンの方針は、子供たちの人気者になる。
反抗的な子供もいて、悩みの種は尽きないけれど、持前の前向きな性格と忍耐強さで、それも乗り越えていきます。

「青春」という内容にピッタリで、教育の他にも改善会の仕事、
それに引き取った双子の世話、そしてロマンスのお手伝い…と目まぐるしく毎日を送っていきます。
これ!といった主軸のストーリーが無いのは前回と同じで、たくさんの仕事の中でトラブルが待ち受けています。
アンは絶望的な事態に陥っても決してあきらめず、
「曲がり角をまがったさきには何が起こるか分からない」という信念を持ち続けます。

不思議なのは、色々と悩んできたことが、気がつかない間に解決していって、
読み終わる頃にはすっかり何もかも片付いていること。
アンのような生き方をすれば、まるで人生はどうとでも幸せにできるかのように。

最後にアンは友人ギルバートと一緒に大学へ行くことになります。
双子の世話や、教師の生活を捨て、新しい世界へ行くのは決心が要りますが、
自分の人生のため、彼女はさらなるステージへと旅立っていきます。

アン・ブックスは「赤毛のアン」から「アンの娘リラ」までの10作品。
まだまだ彼女の人生は道半ばです。


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赤毛のアン

2009年01月07日 19:43

『ルーシー・モード・モンゴメリ』著 村岡 花子 訳 新潮文庫 425ページ

「グリン・ゲイブルスのアンこそはあの不滅の生命をもつ『不思議の国のアリス』以来の
 愉快きわまる、そしてもっとも強く人の心に迫ってくる存在だ」
こう評価したのは、「トム・ソーヤーの冒険」で有名なマーク・トウェイン。
まったくその通り!心をかき鳴らされた作品に違いありません。

次に口を開けばアンは何を言うだろう?
アンの周りの人たちはこう思っていたはず。わくわくしながら彼女の口許を見つめていたはずなのです。

手違いでクスバート家にやってきた孤児のアン。やせっぽっちで赤毛頭のひどくみすぼらしい少女。
マシュウとマリラの兄妹は、働き手として男の子が欲しかったのだが、なにかの手違いで女の子が来てしまった。
初めは迷惑がっていた兄弟でしたが、アンの明るい性格と豊かな想像力の前では、魔法をかけられてしまうのです。

「曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。
 でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。
 それにはまた、それのすてきによいところがあると思うわ」

アンには何もありません。孤児院からやってきて、持っているものと言えば鞄一つに、灰色のみにくい服、茶色の水兵帽。
本当に何もないのに、彼女は幸せになることができるのです。それも想像の力で。

作品中、何回この「想像」という単語が出てきたでしょうか。
現実に起こる出来事も、いくらでも幸せに変える想像力を持っているアン。
読み終えたあとには、必ずこの少女が愛すべき子供だとあなたも思うでしょう。

ストーリーは単純なもの。一人の少女が引き取られて教師になるまでの日々。
けれども感情移入の具合がハンパなく強い。あんまり感動のストーリーを読んでも
泣かない私ですが、これにはボロボロと涙を流しました。
その悲しい場面に泣いたのではないのです。アンの気持ちと同調したから泣いたのです。

本当にいい作品とは、仰々しいストーリーに頼らなくても、いい作品になるのだなと感じました。
「あしながおじさん」のジーン・ウェブスターに似た女性的な、陽だまりのような愛を感じる作品でした。


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