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千夜一夜物語8

2009年08月07日 20:18

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 615ページ

アラビアンナイトも後半戦へ。千夜一夜物語の646~756話を収録。
おお、恵み深い王さま、とシェヘラザード(シャーラザッド)は語り続けた。
彼女が物語をするきっかけになったあらすじは、「千夜一夜物語4」をご覧ください。

アラジン、シンドバッドと有名な話は終わり、その他もろもろの物語になってきました。
あれ?「アリババと40人の盗賊」の話は、まだだったかな…?まあ、いいや。
恋する男女の話がたくさん収録されてる本でした。東洋の男女の熱情は、いやはや激しいこと!(笑)

強烈な男嫌いの姫と最後はめでたく結ばれる、「アダルシルとハヤット・アル・ヌフス姫」では、
恋い慕うアダルシル王子と、忌み嫌う姫との、詩のやり交わしが風情が出ています。
姫が王子に宛てた、詩を抜粋してみると…

「いざ、恋情を胸深く おもてに出さず、秘めたまえ
 われに背かば、大地とて 汝の体をささえまじ!」

美しくてユニークな詩は、アラビアンナイトの醍醐味といえますね!
日本で出版されている「千夜一夜物語」では、このバートン版が定評あるのも納得。
現在一般的に購入できるのは、このちくま文庫のバートン版と、岩波文庫のマルドリュス版。
後者は読んでませんが、評価を見ていると、どちらも読みやすそうですね。
バートン版は一冊600ページほどで全11巻。マルドリュス版は400ページくらいの全13巻。

バートン版に関して言えば、「古沢岩美」の挿画が実に妖美で美しい!(慶應義塾図書館蔵)
細かい装飾まで描かれてて、想像を湧きたててくれます。もっと入ってればいいのになあ…。

さらに、バートン版は注釈が多くて、非常に細かい。
風土の違う国だから、よく分からない慣習が出てきても、かならず注釈があるので問題なし。
人々は降雨の時に、裸になってふりそそぐ雨の恩恵を最大に受けるため、顔を空へむける。
そうして表へ出て宴会を張る。そういった事を拒む人は、「見ろ、あいつはアラーの祝福に背をそむけるぞ!」言われてしまう。

8巻になって、まとまりのある話が増えたように思えたかな。
いかさまにかけてはピカイチの母子が、自分たちを捕まえようとしてやってきた、40人もの男たちを、
丸裸にして恥ずかしめる、「やりて婆のダリラーと兎とりのザイナブが悪戯を行ったこと」や、
その話のあとに続く物語など、二部構成という手法も用いられる珍しい巻です。


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オイディプス王

2009年03月31日 00:39

『ソポクレス』著 藤沢 令夫 訳 岩波文庫 134ページ

災厄の降りかかる古代ギリシアの国、テバイ。
作物は枯れ、家畜は死に、疫病は蔓延し、国は滅びの兆しを見せていた。

良君オイディプスは、国を救わんとしてアポロンヘ信託を乞う。
それによれば、先王ライオスを殺した賊が、未だテバイにいることがすべての元凶だという。
オイディプスが王になる前、ライオスは旅の途中で何者かの手により殺害されていたのだ。
王は賊を見つけ出し、死か追放に処するよう全土に命令を下す。
しかし、しだいに明らかになる事実は、彼にとってあまりに残酷だった…。

オイディプスといえば、ギリシア神話ではスフィンクスの謎を解いた人物として有名。
「1つの声を持ち、2つ足にしてまた4つ足にしてまた3つ足なるもの」
これなーんだ?ご存じの通り答えは「人間」。あのエピソードですね。
先王ライオスの亡きあと、スフィンクスの通せんぼに悩まされていたテバイの国民を救ったのがオイディプス。
その叡智により国王となったのだが、実はオイディプスは山奥に捨てられたライオスの実子であったのだ。
「自らの子の手により、亡き者にされる」という信託を受けたライオスは、子供が生まれるや捨てるようにと命じたのだった。

と、ここまでくればご察しの通り、オイディプスがその子供であり、
探していた犯人は、実は自分であり、さらに先王の妻、つまり実母と契りを結び、
子供までもうけてしまっていたという事実が明らかになる。

ギリシア神話を読んだ人なら、この話知ってるわ~と思われるかもしれません。
私も一度は読んだことのある物語でしたが、劇作になるとここまで美しくなるものかと感動しました。
古い劇作だからな~と油断してましたが、構成の巧さ、詩句の美しさ、合唱の入り方、
どれをとっても見事でした。私的にはシェイクスピア悲劇にも匹敵する面白さでした。

良き王として国を救う想いが強いほど、自分を破滅に導いていくというのは、
悲劇の中でもさらに悲壮感を増す。これには脱帽の一言。

もっと興味深かったのは、後書きの部分で、
「スフィンクスは人間に「己を知れ」という意味で、あの謎を問いかけていた」というくだり。
オイディプスは「人間」という答えを導き出せたが、のちに自分自身についての「素性」を
知ることになり、「己を知ること」になる。これは、あまりにも皮肉が効いている。
作中でも「俺はスフィンクスの謎を解いた男だぜ」的な発言をしており、その対比が際立つ。

そう考えると、ギリシア悲劇というのはなんて奥が深いんだろうと思う。
1つ1つのストーリーが短いので、そこまで深読みして読んだことはなかったのですが、
今考えるとたしかに教訓的な話も多かったなあと今更ながら感じます。
(アクタイオーンの話はひどすぎると思いますが…笑)

劇作の美しさが、ギリシア神話という土台に加味されたこの作品は、
ギリシア悲劇を知るという意味で、大きな役割を果たしてくれる書です。


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孫子

2009年01月17日 00:21

『浅野裕一』著 講談社 289ページ

カテゴリーどこに分類すればよかったか分からず、とりあえず「古代文明」にしました。
分かりやすく、読みやすく、底本の考察などもあるので、初心者~少し知ってる人にオススメ。

孫子はとても抽象的な書だ。
兵法書というからには、具体的戦術を詳細に説いてるものを想像しがちだが、孫子においてはそうではない。
「呉子」などは、同じ中国兵法であっても、詳しく戦術を述べているため、こちらのほうが有益だとの評価もある。
戦争は時代とともに形態が目まぐるしく変化する。今すぐ役に立つものは、一度その手を使わば、すぐ役に立たなくなる。
それに反して、いくつもの奇策は一つの抽象的な基盤から生まれ、常に新しい。
事実、歴史上の著名な人物、たとえばナポレオンであるとか、毛沢東などは、孫子を読んでいたという。
どの時代にも用いることができる、これは孫子の大きなポイントだろう。

この本は一種の心理学である。
人間は~である…という書き出しが至る所で見られるように、
人の本質を逆手に取った戦術は、意表を突き、退屈しない。
西欧近代兵法は、軍隊のぶつかり合いであったことを考えれば、
古代中国で、既に奇策を持って戦うを良しとする兵法が説かれていたのは驚異である。

日本と言えば、武士道という言葉があるように、軍の勇将が名乗り出て、
「いざ、いざ!」と戦う、”正直もの”の戦いであった。孫子は戦国時代の日本にも渡ってきたが、
そういった戦い方は”卑怯もの”だとして、合わなかったのであろう。
もし、日本文化が孫子に融合していたのであれば、第二次世界大戦の特攻などは存在しなかったと思う。

孫子が奇策を用いることに重きを置くのは、「できるだけ戦争をしない」(戦わずして勝つ)ことを、第一にしているからだ。
多くの犠牲と浪費を要する戦争は、最終的な外交の手段である。
ここで一つ一つの内容を詳しく述べることはできないが、戦争だけでなく、
最近ビジネスマンにも孫子が注目されているというのも頷ける内容。
これもやはり、その抽象さゆえか。

前に紹介したビジネス書もその一つ、コチラは参考までに。
→ 『孫子の兵法』 守屋洋著 三笠書房


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千夜一夜物語7

2008年12月31日 00:30

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 632ページ

全11巻中、7巻目にしてやっとこさシンドバッドの物語が!
537話~645話までを収録。今回は面白い話が沢山集められていて、ザクザク読めました。

シンドバッドは絵本では随分話が省略されているなと思いました。
細かいところまで楽しむならやっぱり小説が一番。27年間で7回の航海をし、
巨大な魚、ロック鳥、巨人…と心躍る冒険が続きますが、生きるために人殺しや
追剥なんかも結構平気でやってたりするので、ここは所謂「子どもに聞かせられない」部分。

シンドバッドも面白かったんですが、今回もっと笑えたのが「女の手管と恨み」という話。
「これから7日間というもの、口をつづんで一言も発してはなりません。
 例え父親があなたを殺そうとしても。それを乗り越えた暁には、残りの人生を高御座で過ごせます」
ある国の王子はこう宣告され、その通り一言もしゃべらずにおりました。
父王はひどく心配し、訝しがり、王子を後宮へやって心の憂さを晴らさせようとしました。

さて、後宮には父王の寵姫が一人おりましたが、その上臈は王子を一目見て気に入り、
強引に迫ろうとします。王子はいましめを守って押し黙っておりましたが、心の中は怒りで燃えておりました。
上臈は王子がなびかないと分かると、この秘密が露呈するのを恐れて父王に訴え出ます。
「王様、王子は私に迫り、これこれのような酷い行いを働いたのでございます!」
たちまち烈火のごとく怒りだした王は、王子を処刑するように下知しますが、
慌てた大臣たちが、それを押しとどめるために、いかに女が奸策に長けているかを話して聞かせます。

「私はこんな話を聞いたことがございます」
ある太刀持ちが、いつも小姓を使いにやって亭主持ちの女と浮気をしておりました。
ところがある日、その小姓が主人に内緒で当の女と戯れておりました。
太刀持ちはいつものように後からやってきたので、女はとっさに小姓を地下室へ隠しました。
二人は楽しくいちゃついていましたが、折しも運悪く女の亭主が帰ってきたのです。

「どうしよう?」「大丈夫。あんたの刀を抜いて、私をさんざんどなりつけてください。
そして亭主が入ってきたら、そのまま帰ってくださいな」「わかった」
太刀持ちは言われるとおりに事を運び、そのまま帰って行きました。
亭主が「お前、これはいったいどういうことだ?」と聞きますと、
「いいところへ帰ってくださいました!先ほど一人の若者が、『助けてください!』とかけこんできて、
すぐさまあの男が後を追ってきたのです。私はとっさに若者を地下へ隠しましたが、
あなたが帰ってくるまで、あの男に脅されていたんですよ!」と、答えました。
それを聞いた亭主は「よくやった!」と妻を誉め、地下に隠れていた小姓を帰してやったのです。

なるほど、女というのは侮れない生き物だ。王様が納得すれば、今度は上臈が黙っていません。
「王様!男ほど悪だくみを用いて人を欺くに長けたものはおりません!私はこのような話を聞いたことがあります」

ある仲睦まじい夫婦がおりました。ある日主人の留守中に、一人の遊び人が館に忍び込みました。
(というのも、その男はかねてから奥さんを恋い慕っていたからです)
そしてベッドの上に、卵の白身をこぼしておき、そそくさと立ち去ったのです。
帰ってきた主人はそれを見つけ、妻が不貞を働いたと思い、さんざん殴りつけました。
女の悲鳴を聞いて、近所の人たちが集まってきましたが、その中から子供が進み出て、
鍋を取り寄せ、それを火であぶりました。そして固まってから少し食べ、皆にも食べてもらいました。
そして一同は「これは卵の白身だ」と結論を下したのです。早合点した主人は、妻に何度も謝り、金貨百枚を送ったそうです。

ははあ、なるほど。男というのはなかなか悪巧みに長けておるわい。
やはり王子は処刑せよ!と王様が言えば、また違った大臣が進み出て…。
と、こんな感じで7日間にわたって数々の物語が繰り返されていく。
ほかにも紹介したい面白い話がいっぱいあるのですが、ここまでにして後は本編にて。

回を増すごとに面白みにはまっていくイスラム文学。
次回はどんな話が出迎えてくれるでしょうか。

…といったところで、今年の紹介はここまでに致します。
一年間お付き合いくださり有難うございます。また、来年もよろしくお願いします。
皆様、どうぞよいお年をお迎えください。


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恋愛指南-アルス・アマトリア-

2008年11月27日 23:57

『オウィディウス』著 沓掛 良彦 訳 岩波文庫 214ページ

恋愛技術は、オレが教えちゃる!とばかりに自信満々の真打登場。
ローマの一大詩人、オウィディウスの教授はギリシア神話の神々も
ダメ出しをくらうほど手厳しく、そして楽しい。

そもそも、この本はパロディ。真面目腐った題材を、面白おかしくもじるのは、この時代すでに始まっていた。
題材になったのはウェルギリウスの「農耕詩」。ウェルギリウスと言えば、古代ローマの詩人では
一番有名といっても差支えなく、ダンテの神曲にも案内役として出てきていましたね。
いたって真面目な彼。きっとA型の男でしょう(笑)。それを一変して恋の手引き本に変えてしまった。
この手法が一般市民に受けたのは言うまでもない。

とにかくローマは性愛に自由だった。どこかで触れたかもしれないけれど、ポンペイは特にその傾向が強い。
ローマ市民にとって、軽井沢の別荘のようなイメージだったポンペイ。そこでは所謂、色町があり、
公然とそれが認められるような風習で、街にはペニスをおっ立てた彫像が堂々と立っていた。
カエサルの人気が高かった当時、あの有名な「来た、見た、勝った」のセリフをもじって、
「来た、やった、帰った」なんていう落書きが残されているというのだから、なんとも愉快。
(ちなみに本書の表紙を飾っている写真もポンペイの壁画である)
そんなローマを思い浮かべながらこの本を読んでいると、何ともいえない歴史の楽しさを感じる。

「女がさわられてよろこぶ場所をつきとめたら、恥ずかしいからということで、
 そこにさわるのを遠慮しないことだ。(中略)哀願の声が発せられ、
 耳をくすぐるささやきが洩らされ、甘いうめき声と愛のたわむれにふさわしい言葉が聞かれよう。」

この人にかかると、神様だって恋愛の道具の一つになる。
「ユピテル(ゼウス)にかけて!」と、大いに神様を証人にして女を口説け!
こんな感じなもんだから、全くあんたはもー…という感じ(笑)。

キリスト教の起りによって以来、性的なものの多くが破壊され、資料も随分減った。
この「愛の技術(原題)」も例にもれず、そのテーマ性のために禁書とされる。
しかし、ルネッサンスの意味が「再生」であるように、絶大な人気を博して
本書がまた読まれるようになった。このことは、内容の面白さを語るに十分すぎる証拠だろう。


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千夜一夜物語6

2008年06月22日 03:56

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 634ページ

やっとこさ折り返し地点の397~536話を収録。
500話を通過したところで、まだシンドバッドは出てこない…。
はてしない物語は、シャーリヤル王の心を少しずつだが確実に穏やかにさせているのでしょうか?

これまで、2巻~5巻を紹介していますので、
ブログ内検索「千夜一夜物語」を参照してください。

今回は長編が2本と、短いお話がたくさんありました。
「若いつばめを持った女と、大人を情夫に持った女」では、
若い男をもった女は、「あんなヒゲもじゃのどこがいいの?」と言い、
大人の男をもった女は、「馬鹿だね。若い男なんて、こっちがイキもしないうちから
すぐ出しちまって、さきにへのこがぐにゃぐにゃになるじゃないのさ。それに大人の男は、
する時は、うんとこさグイグイ突っ込んでくれるんだよ。若造なんか相手にしてられますかっての」
と言いました。それを聞いた若い男の方の女は、
「私しゃアラーに誓って、今の人なんか捨ててしまうわ!」と言いましたとさ。
やっぱり、あっちの上手な方がいいんでしょうか?

特に興味深かったのがイスラム教の唯一神アラーを讃える教訓が、
異教徒(主にキリスト教)とどれだけ違うのかを象徴している話。
「キリスト教の王女と回教徒」では、ある一人の回教徒が邪教徒の国へ旅をする。
(回教徒とは、イスラム教徒の事)
やってきたのはキリスト教の国。城門の兵士に呼び止められ、
「あんた医者か?」と問われたので、「そうです」と答えると、城の中へ連れて行かれました。
王様は男の姿を見て医者だと分ると、すぐさま病気の姫のところへ案内させました。
すると姫は、もうベッドから起き上がっているではありませんか。

「あなたは一体どうしたんです?」と医者が尋ねると、
「私は4年前にアラーの啓示を受けましたが、周りは私を狂人だとか、
堕落したと言うようになりました。そしてこうして医者にかかっていたのですが、
あなたが現れて、やっと救いを得ることができました」といい、顔も健やかに回復しました。
そして二人は異教徒の国を抜け出し、メッカへたどり着き、そこで暮らしましたとさ。

シェヘラザードの語る物語は、わくわくする冒険や、少しエッチなのや、
軍事的なもの等、色々ありますが、こういったアラーの教えに基づく話は、
特にシャーリヤル王の心に響いたのではないかと思いますね。


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バートン版 カーマ・スートラ

2008年06月18日 18:35

『ヴァーツヤーヤナ』著 大場 正史 訳 角川文庫ソフィア 233ページ

カーマは「愛」、スートラは「教え」。
カーマ・スートラは古代インドの愛の技法を書いたもの。

どんな怪しげな技法が載っているのかと、スケベ心満載でページを開いた事を白状します。
カーマ・スートラでは、人生の主要目的を「アルマ」、「ダルマ」、「カーマ」があるとし、
この三つの間に調和がなければならないと唱えている。
「アルマ」は富。「ダルマ」は宗教的価値。そして「カーマ」は愛である。
つまり、物質的繁栄と、性的快楽と宗教を均等に追求していけば、
必ず幸福な人生が保証されるという訳である。

要するに、カーマ・スートラではその「愛」の部分をピックアップして、
人生幸福になるために、どういう性交をすればいいか、こんな方法がありますよという紹介をしている。
女性をオトすための方法や、男性が取るべき行動など、恋愛ガイドブックという感じ。
カースト制の階級名や、神様の名前が出てくるので、よく分からない単語もしばしば。

面白かったのは、日本では性交の四十八手というのがありますが、
古代インドでは六十四芸だったよう。う~ん、マハラジャ位とかあるんでしょーか…(なんだそりゃ)。
愛の技法と言っても、娼婦の地位がある程度認められていたインドでは、
富を求めて、女が男を捨てることも多々あったようで、以下では男を袖にする方法が列挙されている。

1.冷笑を浮かべ、足を踏みならしながら、恋人の不愉快な悪習と欠点をあげつらう。
2.恋人の知らないことを話題にする。
3.彼の学識を笑い物にし、ケチをつける。
4.彼の自尊心を傷つける。
5.学識や知恵の点で彼より優れている人に交際を求める。
6.ことごとに彼を無視する。
7.恋人と同じ欠点を持つ男たちをけなす。
8.彼の享楽法に不満をぶちまける。
                         …etc

う~ん、これは確かに腹が立ちますねえ。
これを見ると、古代インドの人っていうのは、とても自由に恋愛を楽しんでいるように見えますね。

折角なので、少しばかりHな話題を(笑)。
第九章では「口淫」についての記述があり、まずマッサージを口実にして相手の太ももに触れる。
男性のものが大きくなったら、それを両手で握りしめて、そういう状態になったことをからかう。
相手の男に口淫を迫られたら、まず首を振って断り、最後にやっと渋々承諾する。

第一に片手でリンガ(男性器)を持ち、口唇の間で動かす。
次に花のつぼみのようにすぼめた指でリンガの根元を抑え、歯も使いながら、リンガの側面を唇で圧迫する。
その先をせがまれると、閉じた唇でリンガの根元を圧迫し、抜去するがごとく接吻する。
さらに先を求められて、リンガを口中深く含んで、唇で圧迫し、次にこれを引き出す。
リンガを片手で支えながら、下唇に接吻するように接吻する。
接吻の後、いたるところで舌に触れる。
この時その半分を口腔に含み、強く接吻しながら吸う。
相手の承諾を得て、リンガをすっかり口腔に含み、さながら飲み込もうとする。

本当はそれぞれにやり方の名称がついてますが、省略。
他にもリンガを大きくする方法などが載っていまして、その気になる方法ですが、
木に巣くっているある種の虫の針毛でリンガを摩擦し、次に油で十日間また摩擦し、
再び針毛による摩擦を行う。しだいにリンガが大きくなってくるから、今度は穴のあいた寝台に横たわって、
リンガを垂れ下がらせる。そして、冷えた調合薬を使って膨張の痛みを取り除く…。

気になる方は、直接カーマ・スートラを参照してお試しあれ(笑)。

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[完訳]東方見聞録2

2008年03月03日 00:07

『マルコ・ポーロ』 愛宕 松男 訳 平凡社 476ページ

マルコの旅も後半戦。

お母さんを探し回って三千里歩き回るアニメのマルコも大したものですが、こっちのマルコも負けてません。
1里って3.92kmくらいなので、3000里といえば1万1760km。地球の全周の10分の3くらいですか。
子供がそんな距離を移動してたのは驚嘆しますね。我らがマルコ・ポーロ氏はどうかというと、
ヴェニスから中国まで往復しているので直線距離でも地球の3分の2ぐらいでしょうか。

前回の内容は一巻を参照してください↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-44.html

しゃべりすぎて疲れてきたのか、旅の最後の方の解説が適当になっていくのが素敵です。
黒海の説明に入る時、「やっぱり知ってる人多いと思うから、飛ばしまーす」と一章分、軽々飛ばしてしまいます。
そういうの、私大好き(笑)。

後半は中国の天津辺りから、故郷イタリアまでの行程。
前半がシルクロードの紹介にあたったのに対して、帰りはユーラシアの南側、
ジャワ島やスリランカ、インドなどを経由していきます。
中国の都市の説明は、データの羅列の様で退屈です。
カーンに隷属してて、手工業が盛んで、紙幣は…と、正直あんまり面白くないかも。
脱線するけれど、この本って注釈が本当に多くて、しかも読んでもあんまり意味のない注釈だもんだから、
すっとばして読んでいきました。まあ、こういった類の本ではしょうがないことですが。

気になるのはやっぱり、日本国の話でしょう。
「黄金の国ジパング」といえば、有名ですからね~。
しかし、住んでる私たちからすれば、「国人は誰でも莫大な黄金を所有している」という紹介のされ方は、
甚だ疑問を感ぜざるを得ない。いや、持ってないし。むしろ欲しいし(笑)。
マルコ氏自身は日本に行っていないので、中国で聞いた話によれば…という感じなのでしょうが、
建物は黄金でできていて(それは金閣寺だけや~っ)、偶像教徒で、人肉を食す…とは、遺憾ですねえ。
他にも、海外側から見た蒙古襲来の話も面白く、興味深いです。

他にはユニコーンの話で、
「乙女の膝元に寄ってくるといわれるユニコーンだが、とんでもない。
でかいし、ずんどうだし、恐ろしい猪みたいなヤツだ」との評価。
地域的に見て、野生のサイのことを指しているのでしょうが、
ヨーロッパの人たちは、これを聞いたらショックを受けただろうなあ…。
後は全裸のバラモン修行僧の話とか(笑)。

後半になってくると、マルコさん牢獄生活でボケが早まったのかな?(失礼)
戦争の話で、何度も同じフレーズが出てくるのは、おばあちゃんの話を何回も聞かされた子供の気分になりました。
そんなこんなで、とにかくマルコ氏の旅も終り、後には偉大な見聞録が残された訳ですね。すばらしい!
ストーリー性は無かったんですが、世界史好きの私には興味深い部分の多い本でした。


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ロマノフ朝最後の皇女 アナスタシアのアルバム -その生活の記録

2008年02月28日 22:47

『ヒュー・ブルスター』著 河津 千代 訳 リブリオ出版 64ページ

ロシア革命とは封建的専制政治体制を原因として勃発した革命。
猿でもできる説明を終えたところで、自分があんまり分かってないのを白状します。すいません。
ロマノフ朝最後の皇女、アナスタシアの事件は有名ですね。死んだと思われていたアナスタシアが、
のちに「私です」といきなり登場し、本当かどうか問題となった事件です。
結局は偽物という事で一件落着したようですが、ちょっと本物であって欲しかったというのも正直なところです。

近代の国家が専制政治から民主主義へ移行する動きは、皇帝であろうとも時代に逆行する事はできず、
フランス革命同様、皇帝一家は死んでしまう運命にあるのです。
「皇帝は悪い!」そんなイメージの強い革命ですが、皇帝側から見た家庭には、
必ずしも特別ではない普通の親子愛に溢れた空間がありました。

アナスタシアは、アレクサンドラ王妃の第4皇女として生を受けました。
4人続けて女の子が生まれた事に、皇帝ニコライ2世は落胆しましたが、
その後皇太子アレクセイも生まれ、5人兄弟は仲良く過ごしていました。

アナスタシアは芸術センスのある子供で、写真を撮り、それに装飾を施したり、絵を描いたりするのが得意でした。
彼女が父親や先生に送った手紙は、愛情に溢れて生き生きしています。
革命勃発によって、シベリアへ送還された皇帝一家は、その後射殺されます。
アナスタシアとその姉妹は、林の奥で同じく射殺されているのが見つかりました。

悲しいのは皇帝の側、市民の側、どちらも非難できない事です。
いくらこういう本を読んで、アナスタシアの純粋さに打たれても、
一方では餓死していく子供たちを、ただ見ている事しかできない貧しい市民がいたことも事実なのだから。
いつの時代も犠牲になるのは子供たちで心が痛みます。

アマゾンでも5つ星の評価と高い本で、貸してくれた友達もお薦めの一冊です。
非常に簡単に書いてあって、アナスタシアが撮った写真が溢れています。
通常であれば見ることのできない皇帝一家の暮らしぶりが、よく分かります。


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千夜一夜物語5

2008年01月27日 23:02

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 638ページ

そろそろ一人目の子供が生まれている頃かな?295~397話を収録。
シャーラザッドと、シャーリヤル王の楽しい夜は続く。

千夜一夜のいきさつは、御面倒ですが前回紹介させてただきましたので、そちらをご参照ください。
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-33.html

今回は、比較的短い話が多く、読みやすい。
ちょっと大人向けかな?というシーンも多め。
卑猥な言葉遣いがまた庶民的な話をいい具合に醸し出しています。
イスラム教は、結婚した女性が面紗で肌を隠す等、性に対して抑制が強い宗教です。
その反動か、こういった庶民的な話は卑猥なものが好まれたそうですが、王様も人間、
やっぱりこういう話がお好きなんでしょうか?

男女の交わりの他にも、よくあるのが男性同士の関係。
男装した女性がからかって男色を迫るのもあれば、本当に男性が迫るパターンもあり。
トルコの外国人旅行客は、トルコ風呂に入った後、少年たちが体を揉んでくれるのを、
受動的同性愛者のそれと知らずに、サービスと勘違いし快く受け入れるとかなんとか。

今回は、そんなオトナな話を一つ紹介します。

教主はある晩のこと、三人の奴隷女をはべらせて休んでいました。
一人の乙女が主人の一物をいじいじとやってると、そのうち息子はむっくり大きくなりました。
うふふん、さあ、今からお楽しみの時間よん。
そんな彼女に気がついてか、もう一人の乙女がそれを見て、すかさず教主の体を引き寄せました。

「まっ、あなたったらヒドイのね。横取りするなんて。アラーの使徒も教えの中でこう言ってるでしょ。
死せる土地を蘇らしたるものは、その土地の所有者なりって。だから私のよっ」
そう言って、教主の体を引き戻そうとします。
しかし、相手の奴隷女もアラーの信仰にかけては負けず劣らずで、

「何言ってるの、あなたはこんな言葉もご存じないの?
狩猟の獲物は捕えし者のものであって、追いたてし者のものにあらずってね。
アラーの使徒に、神の祝福がありますように。じゃあ、これは私が頂くわねん」

どーでもいいが、アラーの教えをこんな事に例えていいのか、君たち。

すると、今まで二人を眺めていた三人目の奴隷女が二人を突き飛ばして、
「うふん、じゃあその決着がつくまで、これは私が可愛がっててあげるわね」

教主、いいですね~。それにしても、一物を「死せる土地」と言われても、なんとも思わないんでしょうか。
長いお話も、それはそれで楽しいものですが、こういう小話的なのも楽しめますね。


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[完訳]東方見聞録1

2007年12月16日 23:55

『マルコ・ポーロ』 愛宕 松男 訳 平凡社 476ページ

言わずと知れたマルコ・ポーロの旅行記。
手に入れるのに苦労した一冊。定価1300円以下でなかなか見つからない。
古本屋で探しまわった挙句、最終的には高値で購入。とても悔しい(笑)。

長年ドラクエを寵愛してきた私なので、こういう冒険談は大好き。
が、ストーリー性が乏しいのが残念なところ。
マルコは26年間ユーラシアを旅し、
ヴェニスに帰ってきてから戦争で捕虜の身になった。
その時彼が、牢獄で口述した事をまとめたものが東方見聞録だ。

私が思うに、寂しい牢獄で懐かしい旅の思い出を振り返って、随分ホラも吹いたことだろうと思う。
あの頃は色々あったなあ~。フビライ・カーンには厚くもてなされていたし…。
旅の途中、熱病にかかったこともあった。辛かった時もあるが、自由だったなあ。てな感じ。

作品は一巻と二巻に分かれているが、一巻ではマルコの父親のニコロと、
その弟であるマテオが東方へ旅するところから始まる。
そこからマルコがカーンに仕えたことや、カーンの宮廷の説明などが取り上げられている。

当時のヨーロッパではモンスターといわれる幻獣や、妖精たちが信じられていたのだろう。
マルコはそんな夢物語を織り交ぜて語っている。

例えば現在の中国西北にあるロプ市の話。
夜間この地方の砂漠を横断している際、たまたま眠り込んでしまったとか、
あるいは他の理由で仲間から遅れたり取り残されたりした時、
多数の精霊が彼に向って仲間のような声で話しかけてきたり、時には彼の名前を読んだりする。
すると旅人はこれに惑わされて、あらぬ方向に誘い込まれ、二度と姿を見せなくなってしまう。

なんとも奇妙な話で、にわかに信じがたい。
きっと、当時その話を聞いた人たちもそう思った事だろう。
最初に述べた通り、多少大げさに語ったかもしれないが、
明らかに非現実的なものを除けば、ある程度、姿形が合致する生き物は確認されている。

カーンに関しては、その宮殿の豪奢さ、権力の範囲、財宝の多さ、偉大さなどが語られる。
でも、もう規模がデカすぎて、笑うしかない。ホラ吹きマルコと言われてもしょうがない。

淡々と内容が綴られていくので、つまらないと感じる人も多いかと思う。
ただ、今は何でも情報が手に入る時代。昔とは違う。
地球の果てが未知の世界だった当時は、夢膨らむ冒険だったに違いない。
この本を読むにあたって大切なことはイメージである。
あなたもページを開いて、マルコと雄大な旅に出てみませんか。


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千夜一夜物語4

2007年11月18日 12:51

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 617ページ

171~294夜を収録。気のせいか、一話一話が短くなってる気がするのは、
シャーリヤル王がシェヘラザードとイチャイチャしてるからなのか?(笑)

千夜一夜物語の紹介が2巻からだったので、簡単にアラビアンナイトの物語が
なぜ千夜一夜なのかを説明しておく事にする。有名だから知ってる人も多いと思う。

シャーリヤル王はある日、妻の不倫を目撃する。
怒りにまかせ妻を殺し、それよりのちに毎日一人の美女に夜伽をさせては
翌朝には殺してしまうという事を繰り返していた。

大臣の聡明な娘であるシェヘラザードは(本書ではシャーラザッド)、
自ら夜伽をかって出る。いつものように行為が終わったのちに、
傍らにいた妹が「お姉さま、何か面白いお話を聞かせてくださいな」と申し出る。

シェヘラザードの語り紡ぐ物語の面白さに、シャーリヤル王はのめり込む。
話が盛り上がってきたところで、いつも「今日はこれまで」と打ち切ってしまう。

「この話の結末を聞くまでは、決してこの娘を殺しはしないぞ」
王はそう心に決めるが、シェヘラザードの話は一つ終わったかと思うと、
さらに面白い話がございますと、次々と際限がない。
ついに千と一夜をそのように過ごした王は、心を入れ替えるのだった。
その間にシェヘラザードは三回出産しているのだから、
王様もさぞ旺盛な方だったのだろうなあ。

アラジンや、シンドバッド、アリババといった有名な話は、
このシェヘラザードの語る物語に登場する人物たち。
他にも実在の人物が取り入れられていたりする。
魔人や、怪しげな魔術も出てきてまさに私たちの知ってるアラビアンナイトの世界。
今回は「カマル・アル・ザマン」の話で魔人が登場している。

ある遠く離れた二つの国に、それぞれ頑なに結婚を拒む王子と王女がいた。
どんなに父親たちが婚約者を紹介しても、「今度そんな話をしたら私は死にますよ」というありさま。
ある日、女の魔人が眠っている王子を見つけ、その美しさに度肝を抜かれる。
「こんな美しい王子は見たことがない~!」

そこへ通りかかった他の魔人は、もう一人の方の王女の方が美しいと言い張る。
「じゃあ、魔法で王女をここへ連れてきて、お互いに一人ずつ起こして、
どちらがより相手に恋をするかで決着をつけようじゃないか」という事に。

たちまち異国の地から連れてこられた王女は、魔法で眠らされて王子の傍らに降ろされる。
目を覚ました王子はびっくり仰天。誰だこりゃ!?それにしても美しい。
たちまち恋のとりこになるが、ここはぐっと思いとどまって手を出すのをやめる。
父上が結婚を拒む自分に対して、試しているに違いない。

また眠りについた王子、そして今度は王女が起こされると。
まあ、ここはどこかしら?この人は誰?なんて美しいの!
千夜一夜はどちらかというと、女の方が貞操が無くって、この時も王女の方は
男に体を絡ませて、ねえ起きて下さいな。つれない人ねん。と積極的に振舞う。

しかし、それは魔人のイタズラ。翌朝には、お互い昨夜の相手が忽然と消え、
周りからは「何言ってんだ、コイツ」と狂人扱い。恋のとりこになる二人…。

カマル・アル・ザマンの話はかなり長く、その息子の代まで続いていく。
よく分からん話の流れだ!と思うことなかれ。それが千夜一夜物語。
語り継がれてきた話をまとめたものが、こうなったのだと思えばそれも一つの形態なのですから。


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千夜一夜物語3

2007年08月23日 22:07

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 631ページ

2巻から続くオマル王と二人の息子の話が、ついにクライマックス。
2巻では騎士道的な印象の強かったオマル王の話ですが、
その中で語られる「アジズとアジザーの話」では一転して、
男女の恋愛の駆け引きが繰り広げられていきます。

いいなずけのアジズとアジザーは従兄同士で結婚をすることになりました。
しかし、結婚式の当日にアジズは街中の窓にたたずむ美女を見つけ、
とたんに恋慕の炎に包まれる。美女はアジズに謎のジェスチャーを残し、
家の中に消えてしまう…。
結婚式をほっぽり出されたアジザーは、悲しみにくれながらも、
謎の美女に恋い焦がれて苦しむ従兄の恋愛を、愛するが故に助ける。。。

そしていよいよ、アジズは従妹の手助けのおかげで謎の美女と
歓びと官能の言い尽くせない夜を過ごすことになる。
…が、しかし…。

まぁってました~!てな内容。これぞ千夜一夜~!(?)
オマル王の話も、前置きが長いな~と思ってたけれど、
最後の最後で全員集合!悪は必ず滅びる!てな感じで
大変気持ちよく終わってくれました。

読んでて面白い本っていうのは、読みながらその場面が頭で
ドラマのように同時進行で流れるものですが、まさにそれ。

だいたい千夜一夜のパターンは、美女が出てきて→眉目秀麗な男と恋に落ちて、
ってな展開になるけれど、それでも飽きないのはやっぱりすごい。名作。


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千夜一夜物語2

2007年08月11日 14:06

『リチャード・F・バートン』版 大場 正史 訳 ちくま文庫 633ページ 

千夜一夜物語の訳では、割と読みやすいと定評のバートン版2巻。
1巻から続いて「せむし男の話」~「オマル王と二人の息子の物語」、
27~95夜を収録。まだまだ千と一夜の夜は長い…。

オマル王の話は千夜一夜物語の8分の1を占めているらしく、
かなり長い。色々な本を平行して読む私なんかは、何度か
前の文章を読み直して進んでいく有様。
というのも、千夜一夜は物語の中の登場人物が、
さらに物語を語って…そして、さらにその登場人物が物語を…
といった具合に、さながら迷宮のような構造になることも多々あり…。
話も教訓めいたものもあれば、何が言いたいのか分からん!というのもあり…。

今回の2巻はわりとハラハラする展開でもなく、少し物足りない感じがしました。
千夜一夜というと、やっぱりちょっぴりエロティックな…という期待もあり(笑)、
言い回しの長い説法に飽きたり…という事になりました。
バートンも注釈で、「読者はこの説法については読み飛ばしても良い」と書いてたし。

シンドバッドの冒険や、アリババの話はまだ先で、
3巻以降の物語に期待して読み進めていこう…といった感じでした。


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