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だれかに似た人

2009年08月30日 23:45

『阿刀田高』著 新潮文庫 348ページ

いつか、阿刀田氏の作品の出してる文庫は全部読んでやろうと目論見中。
wikiで見る限り、出してるタイトルだけでも約150。道は遠い…。

前回と同様に、「小説新潮」へ掲載された、短編10篇を収録。
「だれかに似た人」というタイトル小説があるわけではなく、
「だれかに似ているが、だれとは特定できない男女の物語」、というテーマ。

ホラー小説…とはちょっと意味合いが違うかもしれないけれど、
異界への扉とか、奇妙な一致とか、オカルト色が強い。

「Y字路の街」   「無邪気な女」
「灰色の名簿」   「黒い数列」
「愛妻物語」    「明日を売る女」
「海の蝶」      「女体」
「孤独な舞踏会」 「奇談パーティ」

頑なに夫の愛撫を拒んでいた妻が抱えた、過去のトラウマとは…。
妻の女体を隅々まで正確に写し撮った写真を眺める男…。

基本的には、男女の関係…ということなので、艶めかしい話が多い。
年季の入った小説家の手にかかれば、情事の描写も、ある種のイラらしさが出ない。

コラムニスト、ミステリ評論家、香山二三郎氏が書いた解説もGood 。
阿刀田さんの書く「不気味さ」を的確に表している。

「残酷シーンをリアルに描き込むことが読者や観客に著しい
 恐怖のみを喚起させるとは限らない。前述したように、スプラッタ・ムービーの中には
 いかもの趣味を逆手に取ったスラプスティック調の怪作さえ現われてきている。
 残酷シーンの多くは生理的な恐怖を与えるが、それも度を超えるとお笑いになってしまうわけだ」

スプラッタを外面の怖さと言うなら、阿刀田さんは内面の怖さ。
これと同じような事を、前にもホームズで書いたけれど、ドイルの小説もまさに同じ。
先日聞いた怖い話で、「猿の手」っていうのがあったけど、これも扉を開けてしまってたら、
どうなっていたか分からない…そういう「分からない」「見えない」ものへの怖さが堪らなかったです…。
阿刀田さんの薄気味悪さと少し似ているなぁ…と感じましたね~。


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あやかしの声

2009年08月27日 23:51

『阿刀田高』著 新潮文庫 271ページ

1996年の作品を文庫にしたもの。阿刀田さんはかなりたくさん作品を出してますが、
作品数でいうと後半の方のものになるためか、より目の付けどころが上手い。
阿刀田さんお得意の「不気味」さが後引く。前に紹介した「七つの怖い扉」に似てるかも。

ドスンと落とし込むオチをもってくる話もあれば、奇妙さを漂わせて終えるのもアリ。
地下鉄サリン事件を題材においた「背後の足音」は、最後の追記を読むと、
阿刀田さんらしい事件への想いや、気遣いが感じられる。

計11の作品を収録。
「背後の足音」    「死の匂い」
「愛のすみか」    「車輪の下」
「気弱な恋の物語」 「鼻のあるスクープ」
「灰色花壇」      「弁当箱の歌」
「俺の力」        「鉢伏山奇談」
「あやかしの声」

ところどころに関係のなさそうな伏線を張り、うま味を利かせる…的な事を、
巻末の解説でルポライターの朝山実さんが書いておられますけれど、
その微妙な一スパイスが、同じような数ある短編でも抜きんでる秘訣なんだろうと思う。

「あやかしの声」では、古い書物のつぶやきが聞こえてくる…という内容ですが、
エジプトのアレクサンドリアで、世界最古の図書館跡地へ赴いた主人公が、
不思議な老人に連れられて、重なった石の奥から聞こえるブツブツという声を聞く。
その主軸の脇には、妻の知り合いで本を出版したという人物が…。

こういう伏線が、やっぱりベテランはすごいんだろうなぁ…。
阿刀田さんは直木賞や、乱歩賞などの審査員をやってますが、
やっぱり大衆小説家というカテゴリーになるのかしら…。
人間を掘り下げる…純文学とは違うものの、そういうところまで、
この方なら考えてそうだなあ…。


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Vの悲劇

2009年06月27日 21:32

『阿刀田高』著 講談社文庫 303ページ

阿刀田さんでは、あんまり読まない長編推理小説。
やっぱり阿刀田さんは短編の方が面白いかな。
文章の書き方も、その方がマッチしてるし、しっくりくる。

二つの謎が交錯する推理小説。
一つは死んだ父親に愛人がいた事実が判明し、その愛人の家に
主人公の安津子は行った記憶がかすかにあること。
その家で嗅いだ、香水の匂いが、父の葬式の時にも香っていたこと…。

もう一つは、自分の恋人の死。
不倫の仲だった智生は、安津子の友人、茂美の旦那だった。
友達の夫と恋仲になることは、安津子にとっても後ろめたいことだ。
これで最後…と思って、那須のコテージへ泊まりに行ったとき、
何者かによって、智生は絞殺されていた。
そして、現場に残っていたあの香水の香り…。

「香り」によってこの謎が結びつき、その先にどんな事実があるのか…。
ガッチガチの推理小説というわけではないし、残酷なシーンが出てくるわけでもないから、
肩肘張らずに読むことができます。
阿刀田さんによく親しんでいる人なら、いつものあっという落とし所や、
ブラックユーモアじゃないから、物足りないかもしれません。

こういう長編にも挑戦しているんだな~くらい。
前に阿刀田さんは、短編小説家が長編を書くときは四苦八苦すると
何かの折に書いていたことがありますが、これもそうなのかなぁ…とか考えました。
私のような素人が読む分には全く分かりませんけれどね…(笑)。


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コーヒー党奇談

2009年05月07日 22:53

『阿刀田高』著 講談社文庫 348ページ

阿刀田さん出現率高いですね。忙しいとついつい手が伸びる…。
短編12篇を収録。いつもの奇をてらった様なのではなく、
物悲しいような、不思議な雰囲気を醸し出す作品集でした。

アムステルダムでふらりと立ち寄ったカフェ。
そこで飲んだアイリッシュ・コーヒーが抜群に美味かった。
店主は「東京においしいコーヒーの名前をつけた街がある」という。
主人公の隆二はその街で10年後の同じ日に再開すると約束する。
東京のどこかな…というのが分かったときには「あ~~」と思う。

今回は日本の話が多くて、「新諸国奇談」とはまた違った面白さがある。
基本的に落ち着いた作品が多いので、予想できないようなオチをつける
阿刀田さんが好きな人には、少し物足りないかもしれません。

「新諸国奇談」→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-255.html

私も、まさか!という展開を期待する傾向の人なので、
印象に残る作品はそんなになかったかなあと残念に思いました。
哀愁を楽しむには、まだ早すぎるというところでしょうか。


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ジョークなしでは生きられない

2009年04月24日 00:41

『阿刀田高』著 新潮文庫 327ページ

三人の娘を無事に嫁がせ、亡夫の年金でつつましく暮らしている
未亡人のもとに三人の娘が里帰りして来た。

母親が、「みんないいご主人を持ってしあわせそうだけど、
御主人の持ち物はどんなぐあいだい?あのほうに不足はないんだろうね」
すると長女が答えた。「うちのは細いけど長いわ」未亡人がうなずいて、
「そうかい。さじが壺のそこまで届くのはいいものだよ」
次女が答えて、「彼のは短いけど太いわ」
「ピッチリびんの蓋がしまるのもわるくないねえ」
三女が顔を赤く染めて、「うちのは細くて短いの。でも毎晩かかさずにやってくれるわ」
未亡人は深くうなずいて、「そうかい、そうかい。たとえわずかでも年金がきまっておりるのは心強いからねえ」


と、こんな具合に小咄たくさん盛り込まれたショートショートが、ざっと90篇。
もともと小説新潮のカラーページに連載されていたもので、軽くて読みやすい。

内容は上のような、ちょっとエッチなジョーク満載。
阿刀田さんのお得意の分野ですね~~。
思わず吹き出してしまうのもしばしば。
巻末の「広辞苑」ならぬ「広辞艶」も味が効いている。

人間だれしも興味ある事ですから、読んでて疲れません(笑)。
カラーページといえども侮れませんね、これだけ同じテーマで
90篇も書いてるのに、文庫にまとめられても飽きない。

最後に広辞艶の「ヒ」の段から。

ヒットラー … 自己主張の強い人であった。
         だから挿入の時にも彼はハッキリと自分の名を叫んだ。
         「はいる、ヒットラー!」


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猫を数えて

2009年04月03日 00:56

『阿刀田高』 講談社文庫 314ページ

最近読むのが増えてきた阿刀田さんの短編。
日常生活に追われている時は、やっぱり基本的に
「読んでて疲れない本」を手に取ってる気がします。

難しい本も面白いけれど、やっぱり阿刀田さんの名前があると、
優先的に手を伸ばしてしまう。かといって軽いわけではないのがこの作家のスゴイところ。
一冊だいたい、短編が10篇で「ははぁ、なるほど」と思える節は幾度かある。

今回は男女の恋、それも大人の恋をテーマにしたものが多かった。
その中でも、私の「なるほどなあー」は、恋愛の4分の1確率の話。

「そう。簡単なことだよ。男と女がいて、どっちも関心がなきゃ、なにも起こらない。
 男が好きでも女が厭なら、これも駄目。その反対に女が好きでも男が厭なら、やっぱり駄目。
 男が好きで、女も好きで、このときだけうまくいく。確率は四分の一だな。
 うまくいかないほうが三倍多いんだ」    (第五話 『恋の確率』 より)

この発想はすごい。もちろん人間の感情はそんな単純なものじゃないと思うが、
こんな風に言われてみれば妙に説得力がある。

阿刀田さんの短編は、そういう「絶妙」な言い回しが多い。
だから読んでて飽きない。大きなテーマを積み上げて積み上げて、ワッと出すのでなく、
現代的なアフォリズムを小出しにしていく感じ。

この奇妙な共鳴が、短編ファンの多い理由なんだろうと思う。


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危険な童話

2009年03月25日 00:09

『阿刀田高』著 新潮文庫 287ページ

一昔前に「本当は怖い○○」というようなタイトルで流行ったのがありましたね。
その類のかと思ってたんですが、全然違いました。
阿刀田さんの本来の分野で、現代もののショートストーリーでした。

10作品の収録ですが、どれもユニークなものばかり。
のほほんと読んでたら、最後の2、3ページでいつも驚かされます。
なんかこの感じ、デジャヴだなーと思ってたら、あァ…あれです、
「世にも奇妙な物語」です。あれに似てました。

あからさまなホラーではなく、異様な薄気味悪さにゾッとするような作品ばかり。
この独特なセンスは本当にすごいな~と思います。

阿刀田さんの短編は、いうほど読んでないんですが、
どっちかっていうとこの人は、ちょっと気味の悪い話のほうが合ってる気がする。
ほっとするストーリーや、ギャグみたいなのも勿論おもしろいんですが、
やっぱりキレがあって「うまい!」と思うのは、今回みたいな短編。
なんていうか…、奇妙なところを見つける発想が鋭いという感じ。

お気に入りは「茜色の空」。
同窓会で40年ぶりにあった親友と、子供のころ、
夕陽の校庭でした友情の誓いを語り合う。
懐かく、切ないような、それでいて温かい気持ちになったところで…。
ドンデン返しがキツい。実にシュールだ。

一つの長さも30ページ前後とちょうどいい。
一日とかからず読めてしまいます。


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楽しい古事記

2009年03月18日 21:15

『阿刀田高』著 角川文庫 293ページ

「天地初発之時、於高天原成神名…」
この時点で、古事記はもぉいいか…読む気をなくしてしまう。
もともと外国語に近い古文を、初心者が原文から入るのは無理というもの。

阿刀田さんは入門書をたくさん書いているが、日本のものに着手したのは珍しい。
相変わらずの手腕で、難解な古事記もユニークに紹介してくれる。

基本的に、○○のミコト、○○のオオキミ、などの名前からして覚えにくい。
うんざりさせられ、読む気をなくす。その連鎖に必ず陥ってしまう。
初心者の私たちには、誰に注目して読むべきなのかが分からない。
そこをスムーズに解決してくれるから嬉しい。

アマテラス大神や、ヤマトタケルなどの有名な名前は知ってるが、
意外に何をどうした神様なのか、知らないことが多い。
読んでみて、大したことしてないんだな…というのが正直な感想(笑)。
阿刀田さんのいいところは、その伝承の紹介にとどまらず、
由来のある現地に赴いて、そこの感想も一緒に語ってくれるので、
さながら一種の紀行譚のような趣がある。

入門書だけあって、時代錯誤の指摘も簡単にすませ、
ストーリーとして楽しい部分だけを抜き出してくれる。
感想としては、聖書に似ているな…と。こういった歴史を語る書物には
よくあることだが、初期の頃の話は「伝説」のような人間離れした話が多い。
時代がすすむにつれて、戦争の話が多くなってリアルな歴史に近づいていく。
古事記も例外にもれずそれで、後半になってくると多少面白さも減速気味。

「楽しい古事記」というタイトル通り、冒頭に取り上げられている話は、
イザナギとイザナミが、ようするにチョメチョメするところから。
さすが、阿刀田氏は読者をひきつけるポイントを押さえてらっしゃる(笑)。
それ以外にも、古事記の書かれた時代背景や、思惑のようなものも勉強になりました。

日本人である以上、やはり古事記の内容は多少知っておきたいところ。
全く読んだこともなく、興味もない…という人には、お勧めの一冊。


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食卓はいつもミステリー

2009年02月26日 22:35

『阿刀田高』著 新潮文庫 243ページ

阿刀田氏の作品といえば、「~を楽しむために」、「~を知っていますか」などの
解説書シリーズが私の阿刀田始めでした。
新・旧の聖書からスタートして、アラビアンナイト・コーラン…
最近ではダンテやチェーホフといった個別の作家の入門書が出てるので嬉しい。

本来短編小説の天才といわれている作家のショートストーリーをあまり読んでないのは
失礼にあたるかもしれないですね。阿刀田さんの才能は他のジャンルにも及んで、
エッセイ・長編なども書いておられる。

今回のはジャンルにすればエッセイになるのだと思う。
そのタイトルにもあるように、「食」に関する色々な意見を4~5ページほどの短い文章の中に綴っておられる。
全部で45話あるけれど、1つのテーマでよくここまで多岐にわたった話題を広げたものだなあと。
ここはやはり、「閑話休題」がお好きな阿刀田さんらしい。
よくネタに困らなかったものだと野暮な意見は無用ということか。

話はそりゃもう枝葉のように広がり、「食欲」、「食事の夢」、「消化」、「美食」、「語源」、「習慣」と
いささか無理やりな気がしないでもない(笑)。ただ、話はあちこちに飛ぶ割に、
最後はなぜかうまいこと調和して形が整っている。生ハムとメロンを最初に食べたとき、
初めは本当にあうのかしら…と疑ってかかる感じから、ほほぅ…これは旨い、と変化する妙に似ている。

作家ならではと思う話として、エッセイの中で「柿の種」が好きだと書けば、
知人やメーカーから大量の柿の種が送られてくる。紅茶が好きだと書けば、
お歳暮に大量の…チョコレートが好きだと書けば友人が…。
と、目下何年分かの贈り物が届けられる。
いくら好物でもここまでくると…と、この先はハッキリ「きらいになる」とは書いてない。
けれど、タイトルは「好きな物を嫌いにする法」。
締め方は「おや、また玄関でブザーが乱暴に鳴っている」と、さすがに上手い。
送ってくれた人に失礼にあたらない、憎めない落とし方。

物語ではないのでストーリー性はないものの、起承転結の妙技が光る。読みやすい。
気軽に手にして、サクッと終わる。あいかわらず子気味よいです。
こういう作品を読むと、作家の人となりがよく分かりますね。


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チェーホフを楽しむために

2009年02月12日 22:08

『阿刀田高』著 新潮文庫 379ページ

文庫版が出るのを待ち望んでました!
「チェーホフ?よく分からん!」という感想だった私にとって、嬉しい一冊。

…とても面白いんだけど、何が言いたいかちょっと分かりづらいなー。
それがチェーホフの印象。それが何故なのか分かりました。
阿刀田さんも詳しく「ここはこうでね…」と手とり足とり教えてくれるわけではないが、
この時の作家の背景はこうだったんだよー、この時は苦しんでた時期で…とか、
そういう紹介が推考を重ねる上でありがたい。

「チェーホフは問題提起しても答えは出さない主義」
「ありのままの人間像を書く天才」

あ、なるほど。同じロシア作家でも、トルストイの明確な人生論みたいなのを想像して読んだら、そりゃ違うわ…。
「なんか曖昧な感じ…」そういうのはワザとだったのか…。

曖昧さにおいてはチェーホフの性格にもうかがえて、
彼の男女関係もつかず離れずだったそう。
愛を合理的に見ていたので、女性に対しては淡々としたところがあったらしい。
そう思うと、作品の中に出てくる男女のすれ違いも妙に色彩を帯びてくるんだから面白い。
深読みすればするほど、一つの短編の中に濃い要素を詰め込んでるなあ…と感心する。

最近書店でロシア文学が幅を利かせてるような気がするのは、
私のロシアびいきからくる気のせいなのでしょうか。チェーホフも人気があるとか。
いや、今の世知辛い世の中にピッタリの作家ですがね(笑)。

阿刀田さんの「チェーホフを楽しむために」を先に読んでると、
「そういうことを言いたかったのね!」というのが分かって味わい深くなること必至。
チェーホフは一つ一つの話が短いだけに、サラリと終わってしまうけれど、
それじゃ、すごくもったいない!ということを実感しました。


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奇妙におかしい話 どきどき編 寄せられた「体験」

2009年01月12日 22:32

『阿刀田高』選 光文社文庫 254ページ

この本は、読者から寄せられた短編小説を、
最優秀作、優秀作10作、佳作20作集めている。
テーマはタイトル通り「奇妙におかしい話」。
専攻は短編小説の達人、阿刀田高氏。

まあ、読者から寄せられたものだから…と、甘く見ていたけれど、
思ったよりすごい。文章も上手いし、テーマがアレなだけに面白い。
特に最優秀作は、「阿刀田さんが書いた」と言われても、
ふうん、と納得してしまいそうになるくらい上手い。

体験に基づく話なので、書いた人の身に起こったことで、
妙な偶然の話から、ちょっと薄気味悪い話、笑える話など、色々。
共通して言えるのは、やっぱり阿刀田さんの作風に似てるということ。
あの文章力や表現力は憧れますよねえ…。

個人的に思ったのは、年配の人の作品は「なんか、味があるな…」ということ。
文章も飾りがなくて、見せるための文章でない感じがしたので。
ラジオのリスナーから寄せられた話の高尚版といった感じでしょうか。
こういうの書ける人っていうのは、ホントすごいですね。それに、性格出ますね(笑)。

私はあんまりこの手の本は読まないタチですが、
軽くて読書に疲れた時に、気分転換になる本ですね。


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新諸国奇談

2008年12月27日 13:07

『阿刀田高』著 講談社文庫 322ページ

読めば読むほど、阿刀田さんはすごい!と思う。
そのタイトル通り、諸国の伝承や神話を材料にした短編小説なのだが、
その「諸国」といっても範囲が広い。

中国、ヨーロッパ、ベトナム、ロシア、ブラジル、エクアドル…などなど。
これだけ幅広い知識を得るには、並大抵の勉強では無理だと思う。
阿刀田さんがすごいのは、その一つ一つの事象に関連して、
他の物語などから共通点を見出してくる才能だ。

例え話ができるということは、物事の関連性を見つけることができるということ。
つまり、頭のいい人だと、ショーペンハウアーは言っていた。
キリストやブッダなど、カリスマ達はやたら例え話を用いる。
それに妙に説得力があるものだから、やっぱこの人スゲエ!ってなるのかも。
阿刀田さんもその能力が顕著に出てる作家で、そのせいか
エッセイなどを読んでても、話があっちこっち飛ぶ(笑)。

こういう伝承の類は、抽象的な話が多く、人によって好みは分かれる。
また、知らないよりか、知っている方が楽しめる事だって多い。
例えば「美しい眼」という話では、トロイア戦争からの帰路、
オデュッセウスが漂着した浜で遭遇する、単眼巨人のキュクロプスを題材にしている。

言い伝えの場所と、実際の位置関係を計算してみると、
現実的にはそこに漂着するのは難しいんじゃないかというところに焦点を当てて、
それを上手く題材として薄気味悪い小説を作り上げる。
阿刀田さんの博識ぶり、着眼点の鋭さが光る。

しかし、この人はほんっとに歴史とか伝承が好きなんだなあと作品を通して感じる。
長年の情報収集と、現地取材の賜物を、こうして私たちが作品を通して読めるのはありがたい。
そして、この文章の巧さ。ムダな贅肉の全くないスレンダーな文。
一日とかからずに読めてしまうが、内容の濃い一冊です。


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食べられた男

2008年10月15日 21:39

『阿刀田高』著 講談社文庫 265ページ

こりゃあ活字嫌いな人も、読んだらハマるんじゃないかな~。
ブラック・ユーモア溢れるショートショート集。全42編。

重い話題も阿刀田テイストで読むと、あーら不思議、こんなにとっつきやすく。
作品みてると、「あ~阿刀田さんっぽいなあ…」と思うものばかり。
シンプルで必要な言葉を厳選した感じ。無駄がない。

基本的に薄気味悪い話が多いので、イメージとしては「世にも奇妙な物語」。
とにかく読みやすいのが今回は一番のポイント。
最近、読書をする時間が減ったせいか、文を目で追うのにいつものスピードが出ず、イライラしてました。
こんな時に読むのはやっぱり阿刀田さんや、赤川さんあたりの作家に限りますねー。

今回も一作だけ紹介を。

夜遅くまで残っていたサラリーマンが、誰もいない廊下を歩いて帰ろうとしていた。
ロッカールームはひっそりと静まり返って薄気味悪い。
ふと、同僚だったN君のことを思い出した。一目見た時から気の弱そうな印象のN君。

N君が配属されたのは、一番底意地の悪いS課長のところだった。
一種のサディズムな新人イビリは、N君を自殺へ追い込んだ。
屋上からの飛び降り自殺だった。遺書はなかったが、言いたいことはきっと沢山あっただろう。

歩いていると、ふと青白い顔が目に浮かんだ。
おや?と思うと、それは次第に輪郭をあらわにしてN君の姿になった。
「…N君!迷わずに成仏してくれ…!」

しかし、N君は黙ってこちらを見つめている。
なんでそんな目つきで私を見るんだ。私は何もしてやしない。見当違いもはなはだしい。
「キミ、お門違いだ。化けて出るのならS課長の所へ出ろ」
怯えながらも私はそう言った。

しかし、N君は悲しげな歌うような声で言う。
「でも、怖くて。オレ、S課長の所へは出られないんだ」

こんな感じのショートショートが続くので、テンポのいいことったらない。
この手のユーモアは、人によって気にいるか気に入らないか分かれるところですね。
私は高尚なセンスだと思っているので、とても気に入っています(笑)。


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ナポレオン狂

2008年08月18日 21:14

『阿刀田高』著 講談社文庫 279ページ

阿刀田さんの作品では、初めて「小説」の分類に入るものを読みました。
いや、正直侮っていましたが、すごい作家です。
短編が14話収録。どれも発想豊かな作品ばかりです。

「ナポレオン狂」は、第81回直木賞に選ばれた作品で、作家としては初期のもの。
阿刀田さんは自分のエッセイなどで、よく昔の作品の誕生秘話みたいなのを紹介してますが、
過去にナポレオンに関するものを、何でも集めたがる紳士と知り合いになった時、
この人がナポレオンの生まれ変わりに出会ったらどうなるだろう、と考えたのがヒントになったのだとか。
すでにこの時点でゾッとする話に仕上がりそうです…。

30ページ前後の短い作品ばかりなので、読むのはたやすい。
しかし、よくもまあこんな少ない枚数で、内容の濃い作品を仕上げれるものかと思います。
最後の最後でドンデン返し、頬の筋肉がひきつるような奇妙な怖さが押し寄せる。
いや、「怖さ」という表現は何かが違う。ユーレイやら、オカルト的な怖さではなく、
人間が持っている「怖さ」。読みながら頭の中に、普通の日常を描いていたはずなのに、
いつのまにか「何かが奇妙な」感じになっていく。

私が一番ゾッとしたのは、第32回日本推理作家協会賞受賞の「来訪者」。
ある女性が出産後すぐに発熱性の病気にかかり、病院の雑務婦に赤ちゃんの世話を任せていたことがあった。
生まれてすぐに子供の世話ができなかったという悔しさは残ったものの、雑務婦のおかげで治療に専念することができた。
その雑務婦の方でも、心づけを弾んだこともあってか、特に親身になって世話を焼いてくれたようだった。

病院を退院してから、雑務婦はたまに家にやってきた。
若い母親は、病院勤めから、楽な家政婦へ仕事を変えたがっているような態度を彼女に見てとり、腹立たしさを覚えていた。
もちろん、娘が生まれた時は世話になったけれど、いつまでも、恩着せがましい態度をされてはかなわない。
少し懇意にしていたからと言って、彼女を雇って、自分たちの家庭を土足で踏み荒らされるような真似はされたくなかった。
それに、自分が知らないだけに、「生まれてすぐの頃は…」なんて話をされると、母親は妙に憤りを感じるのだった。

雑務婦は二、三か月ごとくらいに家へフラリとやってくる。今日も、いつもと変わらない様子だった。
「少し近くにきたものだから、挨拶でもと思って」
早く帰ってほしいオーラを露骨に示すのだが、よほど鈍いのか帰ろうとしない。
それどころか、馴れ馴れしく赤ちゃんを世話する彼女に、母親は少し気味の悪いものを感じた。

雑務婦が帰った後、自宅へ警察がやってきた。
要件は、先ほどまで家にいた雑務婦当人の事だった。
不安に駆られながら、どうしたのかと刑事に聞いてみると、殺人の容疑だという。
雑務婦には一人の娘がいたが、どこの馬の骨とも知らない男と関係を結び、子供を出産。
生まれた次の日に、その赤ちゃんを母親のもとに残して行方をくらましてしまった。

殺したのはその赤ちゃんで、庭に埋められて白骨化しているのが見つかったのだそうだ。
恐らく、経済的な理由で育てる事が出来なかったのだろう。それにしても…
さっきまで殺人犯が傍にいたことを思うと、ゾッとすると同時に、愛しい我が子の無事を喜ぶ母親。
自分の孫を殺したことで、幸せに見える私たちがう羨ましかったのか。それとも子供を奪おうとしたのか。

しかし…刑事の話だと、子供が殺されたのはちょうど一年前くらいだという。
一年前といえば、自分が出産した頃だ。そして、死んだその子供は「女の子」だったそうだ。
自分の子供も女の子だ。彼女の心にさっきまで気味の悪いほど赤ちゃんの世話を焼いた雑務婦の姿が浮かぶ。
彼女が部屋に戻り、乳児ベッドでまどろむ赤ちゃんをのぞき込むと、その顔はどこか雑務婦に似ていた…。

登場人物も平凡。舞台も日常的。
しかし、ブラック・ユーモアはそんな何気ないところから生まれ出る。
その落差は紙一重。だから読む側も、肌を立てながら堪能できるのでしょう…。


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コーランを知っていますか

2008年07月08日 23:11

『阿刀田 高』著 新潮文庫 375ページ

キリストの生涯といえば、宗教に興味のある方ならよく知っているだろう。
それは、キリスト教の聖典のひとつ、新約聖書にその物語が記されているからだ。
同じような聖典として、イスラム教にもコーランがある。
毎年9月になると、ラマダン月といって断食の季節があるけれど、
その時にイスラム教徒がコーランを黙々と読んでいる姿が新聞にも載っていますね。
月の満ち欠けを見て、急に始まり、金融機関もストップするとかで、
イスラム教徒でない人間からしたらビックリ。

そのコーランを日本人観点で分かりやすく解説したのが、今回の阿刀田さんの解説書シリーズ。
シェイクスピア、新・旧約聖書、ギリシャ神話、神曲…と、これまで色々読んできましたが、
今回のは少し様相が違うような感じがします。

それというのも、コーランは先に述べたように、キリストの生涯を追ったような物語形式ではなく、
マホメットが唯一神アラーから受けた啓示を綴ったものであって、基本的に神の一人称で、
どれだけ神が寛容で慈悲深いか、多神教や偶像崇拝について恐ろしい罰を下すか、
そういったことが語られていく形式である。

新・旧約聖書なんて、そのストーリー性が面白いので、それだけで一つの読み物として
充分通用するけれど、コーランは全体を通してストーリーのあるものは10~20ほどだそう。
そういった訳で、今回の解説書は、マホメットの生涯を中心に、イスラム教全体の決まりや社会情勢、
男女の関係や、昨今のサウジアラビアの観光など、幅広く取り上げられている。

意外だったのは、イスラム教とキリスト教、ユダヤ教はもともと一つの宗教であるという考え方。
コーランには、イエスも出てくるし、もっと前のダビデやソロモン、アブラハムやノアといった
名だたるメンバーの名前も出てくる。これはいったいどういう事なのか?

イスラム教徒からしてみれば、これらの聖人達は、最初からアラーが遣わした預言者たちであり、
マホメットが最後に遣わされたのであるという。つまり、イエスもアラーが遣わしたのであり、
最初から唯一の神はアラーだけだったのだという考え方。
キリスト教徒からしてみれば、「コーランは私たちのいいとこばかり取って」と思うだろうが、
「何言ってんの、真実は一つ。アラーはすべてお見通しなのよ」というところ。
だから、イスラム教徒はキリスト教徒と結婚することは平気だけど、多神教の国、例えば
我々日本人はNGということらしい。これだけ宗教戦争をしているのだから、
なんだか首をかしげてしまうけれど、イスラム教の多数派であるスンニ派は比較的穏健なんだとか。

イスラム原理主義といわれる過激派は、主に少数派のシーア派で、
それでもその中の一部に限られているようだから、イスラム教全体を怖い宗教とみなしてしまうのはいけない。
すでに人口の25%を占めてきているイスラム教は、これからのグローバル社会で
無くてはならないところまで来ている。これらのことや、男尊女卑の問題も含め、今後の課題は山積みである。

ところで、色々と紹介されている中でも面白かったのは、礼拝の事。
法学部だった私は、一度刑務所見学というのに参加した事があるのですが、
日本で罪を犯したイスラム教徒の独房には、なんと絨毯がひいてありました。
一日5回の礼拝が行われ、メッカの方を向いて祈る際に必要な絨毯が、
イスラム教徒には支給されるという。しかも、イスラム教で禁止されている豚肉は、
特別に他の囚人たちと違うメニューで作られるというのだから、手厚い。

話がそれてしまったけれど、この礼拝の時に必ず唱えるのが、
「アラーの他に神はなし。マホメットはアラーの使徒である」という言葉。
コーランはアラビア語で詠唱すると、一種の歌のように聞こえてとても美しいらしい。
この言葉をアラビア語でぜひ聴きたいものです。

他にも、前に「イスラム金融入門」で触れましたが、イスラム金融は利子をとらない銀行取引をします。
イスラム法でそう決まっているから…としか分からなかったのですが、その原因が分かりました。
宗教の決まりには多くが歴史的背景があるものですが、この時アラブ人達の悩みの種だったのが、
ユダヤ人による高利貸しだったとか。なるほど、シェイクスピアのヴェニスの商人でもありましたね。
こういったことを踏まえて、アラーの啓示という形で、マホメットは利子取引そのものを廃止しようとしたのでしょうね。

今まで千夜一夜物語を始めとして、いくつかイスラム教の話を読んできましたが、
知っていると知っていないで随分と理解の幅があることが分かりました。
コーランの入門書ということではなく、こうしてイスラム世界がグローバルに浸透してきている今、
イスラム教の異文化を知るために、阿刀田さんの本はとても役に立つと思います。


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やさしいダンテ<神曲>

2008年04月26日 00:12

『阿刀田高』著 角川書店 295ページ

先日紹介した、ドレ画の神曲。岩波文庫の難解な「神曲」を諦め、
まずは絵を介してその迫力を感じたわけですが、今度は阿刀田さんのシリーズで入門編という事に。
前回のドレ画「神曲」はこちら↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-76.html

やっぱり先に阿刀田さんを読んでて良かったなあ~という感じ。
この人は本当に知識が深いですね。それが資料に基づくものであっても、簡単にこういった類の本を書けるものではないと思います。
シェイクスピアにしろ、コーランにしろ、日本文学にしろ…。特に「神曲」は聖書も神話も歴史も、解説には大いに知識を要する文学なので、
生半可に物知り…というだけでは網羅できないところでしょう。

まず大前提として、「神曲」は超キリスト教中心文学であるということ。
地獄・煉獄・天国の三つの世界を、ダンテが旅していくのは周知のところですが、イスラム教の始祖、マホメットが
地獄で切り裂かれてるところなんか、もうちょっと多宗教に対して寛容なところがあってもいいのになあ…と思ってしまう。

順を追って話すと、ダンテは1300年頃にこの冥界巡りを経験し、およそ丸一日かけて三つの世界を旅し、現実世界に戻ってきた。
その目で見た事を著書にしたのが神曲なのだけれど、その中には当時の友人から政敵、はたまた神話の人物から、
歴史上の皇帝まで、ありとあらゆる人がキリスト教、もといダンテの善悪判断で死後の世界をさまよっている。

私たちからすれば、この人ってそんなに悪い人かなあ?と思えるパターンや、
え?この人天国に入れないの!?という人も多く、その基準は推察しがたい。
まあ、そこは神様が決定したことだから、私たち人間の推し量れない領域なんでしょう。
地獄では前回の解説通り、悲惨な状況の中をダンテとウェルギリウスが見聞していく。
そもそも、なんでダンテが冥界巡りをする事になったのか…?

彼が生涯の中で本気であこがれ、愛した女性は一人だけだったようだ。
それは、彼を冥界巡りに導いた女性、ベアトリーチェ。生前、彼女に会ったのは、
二回ほどだったようだが、その神秘的な美しさの虜になってしまったようだ。
現在の私たちからすれば、それっていわゆるストー…げほっげほっ…な訳ですが、
ダンテにしてみれば、ベアトリーチェは天国の最上階に召されるほどの人だったらしく、
彼女が若くして死んだあと、ダンテはその御心に導かれて見聞の旅に赴く…といった筋書きのよう。

ウェルギリウスはその案内役を仰せつかってやってきた訳だが、何でも知ってるもの知り屋さん。
悪魔に襲われそうになっても、ウェルギリウスがいれば安心そのもの。
「私につかまってれば大丈夫。心配することはない。神が守ってくれる」と頼もしい。
そんなことで、まずは地獄を下へ下へと進んでいく二人。
地獄の裁判官(日本で言う閻魔大王のような感じ)ミノスが、罪人を裁いている。
そのしっぽを何回体に巻きつけるかで、その罪人が第何層の地獄へ落されるかが決まる。
地獄については前回紹介したので、そちらを参照して頂ければと思います。
ただ、阿刀田さんの解説する「神曲」の世界は、筆者の筆舌をもってしても簡単に説明するのは難しい様子。

そりゃそうだよなあ、だって歴史の政治問題とか、神話のマイナ~な話とかがわんさか出てくるんだから…
と、読者側もそこはそんなもんだろうと納得して読み進めていくしかない。

地獄の最下層、コキュートスから脱出して煉獄に入った二人は、そこに高名な詩人たちが集まっているのを見る。
話は脱線するかもしれないが、キリスト教が普及する前の世界の扱いは、「神曲」ではどうなっているのか?
なんせキリスト中心の世界なんだから、キリストが生まれていない時代は帰依することができない。
なので、アダムやイヴ、ダビデといった英雄たちは、キリストが生まれるまでは天国に入れなかったらしい。
キリストが天に召されてからのち、煉獄にいた彼らが神の御心で天国へ引き上げられたらしい。
そこまで徹底して天国へ導いていく人を選別しているのだから、煉獄に著名な人が集まってても不思議ではない。
彼らは天国に昇るためにここで罪を浄化しなければならないらしい。そこが煉獄の定めだ。

この三世界のなかで一番中途半端なのが煉獄。重い石を背負って懺悔している人たちや、
眼を縫い合わされて現世の罪を浄化している人、地獄と一見同じように責め苦に合っているように見えるが、
決定的な違いは、彼らがそれを喜んで受け入れているのであって、こうすることでいつかは神のもとへ行けると希望を抱いていることだ。
ダンテは彼らと話をしながら、これまた何層もある煉獄を、今度は上へ上へ昇っていく。

そして、ついに天国へ足を踏み入れるダンテ。
ベアトリーチェとの再会。その美しさにダンテは気を失いそうになるけれど、彼女は久々の再会なのに手厳しい。
「ダンテよ、かつて私を愛した人よ。私が死んでから、あなたは堕落しましたね」
これにはダンテも参った。自分を恥じてうなだれる。しばらくはお説教が続くけれど、その後はベアトリーチェの導きで天国の層を巡る。

ダンテも、筆舌に尽くしがたいと何度も著書の中で述べているように、天国の眩しさや喜び、美しさは表現できそうもない。
ただ、出てくる面々がすごい。ヨハネ、ペテロ、パウロ、マリアにガブリエル。
ベアトリーチェはその最上階の「すごい人たち」の一席に加われるほどの人物らしい。
あんた…二回しか会ってないくせに。
そういう突っ込みはなしにして、その最後の天上人たちが集まる場所を目の当たりにして、ダンテの旅は終わる。

長くなってしまったけれど、だいたいこんな感じ。
私でも一丁前に概要を説明できるくらいにはなれる本なので、ダンテを読む前には絶対読んでおきたい一冊。
ただ、やっぱりそれなりの宗教・神話の知識があった方が面白い。できたら歴史も…。
特に聖書は知らないと話にならない部分が多い。すこしだけ努力してそこは学んでからの方がいい。
「神曲」を読んだ芸術家、ダヴィンチ、ミケランジェロ。彼らの芸術作品にも影響を与えたダンテの「神曲」。
死後の世界が漠然としかなかった当時、明確なイメージをたたき出した彼の作品は、
キリスト教世界に旋風を巻き起こしたに違いない。ルネッサンスの先駆けになったのも頷ける。

まず、私たち日本人が天国に入るためには、キリスト教に帰依して洗礼を受けることから始まり、
欲望を捨てて貞淑に生き、食欲に負けず、嘘を付かず…と、やることが沢山ありそうですがね…。


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シェイクスピアを楽しむために

2008年04月01日 22:29

『阿刀田高』著 新潮文庫 400ページ

久々…でもないかな。の阿刀田作品。
阿刀田さんの作品ってミステリー読んだこと無いから、こういう教養書ばかり書いてる人かと思ってました。
読めば読むほど知識の深さに驚かされますが、それを鼻に掛けない書き方をするのがGOODです。

シェイクスピア作品は、このブログでも何回か紹介してきました。
大きく分けると、悲劇、喜劇、史劇の三つに分かれるんですが、そういや史劇は紹介してないですね。
やっぱり難しいし、名前がややこしいし、喜劇とか悲劇とかの方が読んでて楽しいですもんね。

内容は四大悲劇、ロミジュリ、喜劇が数本に史劇、それにジュリアス・シーザー。
有名どころをだいたい網羅して紹介されてます。
シェイクスピアを全く読んだことが無いとか、知りたいとは思うけどなかなかね~という人にはお勧めです。
お手軽にそれぞれの作品の概要をつかめます。ただ、知ってる人にはちょっと物足りないかな。

シェイクスピア作品は、阿刀田さんも本書の中に書いてるとおり、寄り道が多い。
とりあえず盛りだくさんに要素を詰め込んで、それで大衆にウケたらOK!みたいなところがある。
だから、紹介する方も大変だったろうなあ…と思う。本書も、紹介に文を取られてしまって、
その分、内容を知ってる人には飽きてしまうところがあるだろうと思います。

ところで…西洋文学を読んでていつも感じるのは、
…キリスト教とギリシャ神話ってすげえ浸透力だな。ということ。
前に読んだ神曲にしても、いきなりローマの詩人ウェルギリウスが出てきたりして、
いや、知らんがな、あんた誰?みたいな場面が多々あって…。
そういう時代背景とかを知らないと、海外の文学って手が出しにくくなるんだと思います。
その点、阿刀田さんの解説書シリーズは親切丁寧に教えてくれるので、とっつきやすい。

他にも当時の舞台設定とか、シェイクスピアの生涯とかもよく分かるので、
奥さんはいたの?子供は?どんな身分の人?という疑問に答えてくれます。
印象としては、あんまり家族思いじゃなかったのかな?という感じ。
出来ちゃった婚で結婚して、故郷を飛び出して役者になって、儲けてから地元に帰って余暇を過ごしたようです。

そういう裏話的なところまで余すところなく紹介してくれているので、初心者の方には楽しいところ。
私も読んだことのないジュリアス・シーザーや、ウィンザーの陽気な女房たちはとても読みたくなりました。
「旧約聖書を知っていますか」と「新約聖書を知っていますか」をセットで読んだあとに、
できたら「ホメロスを楽しむために」を読んで、解説書シリーズに取り組むとなお良いかもしれません。


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詭弁の話術 即応する頭の回転

2008年02月05日 22:20

『阿刀田高』著 角川文庫 269ページ

中国製ギョーザが問題になって日も浅い今日この頃ですが…。
本日(2/5)の日経新聞朝刊に「これ食べたらあきません」ってなJTの広告が載ってました。

中華料理って、【本場中国】と載ってるだけで、なんで美味しそうに見えるんでしょう。
子供が粘土遊びよろしく作ってるギョーザかもしれません。
それでも【本場中国】。いや、むしろ本場過ぎる中国になっちゃうんですよねえ?
世の中って詭弁に満ちてるんだなあ~と思いますよ。

さて、今回の阿刀田さんは~?(来週のサザエさんは~?ばりに)
ん?ちょっと堅いめの文章かな?と思ったら(と言っても、他の作家さんに比べれば充分崩れていますが)、
随分前の作品らしく、ご本人も「頑張ってるなあ~」と、振り返っておられます。

確かに世の中詭弁だらけで、むしろもう詭弁しかないんじゃないのか?と思えるほどですが、
そこに焦点を当てて一つの作品にできちゃうのは、スゴイですね。
それにしても、阿刀田さんと詭弁って…どんな組み合わせだ。最強やないか(笑)。

宗教やギリシャ神話にも精通している筆者のこと、
歴史上の詭弁家の事やら、恋愛上の詭弁などを紹介しています。
一番笑えたのは、詭弁をどうやったら学べるかというところ。
そりゃあ~慣れるしかないだろう?詭弁は実践してナンボじゃ~。
すると、ナンパ行為とかが習得の一番近道じゃないか?

いやいやいや、そんな事は無い。
天下のNHKでやっているんです。なんていったかなあ~ほら、日曜日の朝にやってる…。
あ、「日曜討論」とか言ったっけなあ…??(笑)

阿刀田さんは、こんな天の邪鬼的なものを題材にしても憎めないから不思議だ。
詭弁を使うと世の中うまく渡れますよ~という以上に、どうせ詭弁だらけなら、それを楽しまなくっちゃ!
という根本の明るさみたいなのが、文章に表れてる気がします。

誰だって、口説かれる時は真っ正直に、
「君のおなかはタレてるけど、好きだ!」と言われるより、
「抱き心地のよさそうな女の子が、俺好きだな」と言われた方がいいですよね?

本当に、阿刀田さんの本を読んだあとは、こんな感じで人生がちょっぴり楽しくなります。
日曜討論も、斜めから見て楽しんでみたり。広告チラシを見て突っ込みを入れてみたり。
はたまた、自分の営業の仕事に活かして見たり……とここまでは、さすがにまだ習得不足感がいなめませんが…(汗


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旧約聖書を知っていますか

2007年09月16日 23:10

『阿刀田高』著 新潮文庫 317ページ

聖書っていきなり時代が変わったり、
今までの登場人物はどーなったんだ!?
そういう展開が多い。

読みにくいなあ…。なんか、簡単につながりがわかって、
お手軽に、浅く知識を詰め込んだ本はないものか。
呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。と、この本の出番な訳で。

頼むから登場人物の会話を現代風にしないでほしい。
おもしろすぎますから、阿刀田さん。

旧約聖書はユダヤ教の聖典である。
正確にはキリスト教も入ってきたりするけれど。

それにしてもユダヤの神様って嫉妬深いんだな~と思う。
天上天下唯我仏尊じゃないけれど、「俺だけ敬え!!」と。

子供時代、本気の本気の本気に神様にお願いしたら、
願い事は叶うと思ってた頃。。。
「お願いします!お願いします!お願いします!」
本気になろうとするけれど、どうしても心の片隅では
神様のことが信用できない自分がいて。
「願い事がかなわないのは、本気で神様を信じることができないからだ」

な~んて思ったりしたもんです。
子供心にこんなことを感じていたんだから、本の中で
「悪いことばかり起こる…神様なんていないんじゃないか」
「それは神様を心から信じてないからだ」
「じゃあ信じます。でも、悪いことばかり起こる」
「それは神様を心から…」
「でも、悪いことばかり…」
「いや、それは…」


悪いことが起これば、神様なんていない…と思ってしまう。
願い事がかなわないから、神様なんていない…と。
この悪循環を指摘してるあたり、そうそう、そうなんだよ!と、
妙に納得してしまったり。

きっと私には一生理解できない領域なんでしょう。
だからこそ、バチの当たりそうなスレスレエッセイを書く
阿刀田さんの文章に惹かれてしまう。

聖書!と意気込んでみても、風船に針を刺したように
気が抜ける感じ。本当は奥が深いのだろうけれど…ね。


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あなたの知らないガリバー旅行記

2007年09月04日 20:19

『阿刀田高』著 新潮文庫 234ページ

ガラガラと音をたてて、ファンタジーな世界が崩れていった。
前にガリバー旅行記を読み終わり、さらに理解を深めようと、
阿刀田さんの「あなたの知らないガリバー旅行記」を手に取った。

スウィフトという人物を前提としてみたガリバー旅行記。
いわば、作者の意図というフィルターを通して見る世界。

スウィフトさん自身はかなり偏った人だったようで、
阿刀田さんいわく「頑固で、偏屈者で、人付き合いが悪い」。
たしかに、こんな皮肉な物語をかける人っていうのは、多少の変人かもしれない。
たとえば、小人の国での話…。

小人の国では二つの国が対立していた。その原因というのが、
卵を割る時に弧の小さい方から割るか、大きい方から割るかというのである。

当時、イギリスはフランスと対立していた。
簡単にいえばカトリックとプロテスタントの宗派の違いで。
スウィフトは晩年牧師の職業についているが、どうにも
こういった事にはドライであったようだ。ガリバー旅行記にこんな風刺で残している。

スウィフトの功績はただの皮肉にとどまらない。
例えば「奴婢訓」(ぬひくん)という著書がある。
単純に言うと「召使がいかにサボって使用主に責められないか」という極意を
授けてくださるありがたい本な訳ですが、この本の本当の意図は
実は使用者側から見た召使への皮肉集である。
こういった天の邪鬼的な文章表現は、現代でも多く技法として用いられている。

「あなたの知らない」とはよく言ったもので、スウィフトの
グラックユーモアを理解するのに大変勉強になりました。
ただ、ガリバー旅行記を「少年の心」のままで思い出としたいなら、
胸を張ってお勧めできるシロモノではございません(笑)。


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新約聖書を知っていますか

2007年08月29日 18:38

『阿刀田高』著 新潮文庫 295ページ 

ブラックユーモアで世界のキリスト教にメスを入れる!
タイトルの通り新約聖書を紹介する内容であることはもちろん、
阿刀田さんの推理小説家視点で、イエスに迫る。

姉妹本の「旧約聖書を知っていますか」とセットで
10年の取材の上で著されたこの本は、絵画やその地方の情景まで
紹介されていて面白い。

著者自身は信仰を持たない人であるらしいけれど、
だからこそ持てた視点が日本人には共感が持てると思う。

マリアの受胎告知に関しても、正直なところのキモチ、
「処女が受胎するわけ………ないだろ」
それがいいたかった!を代弁。そして現代風に解釈。
歴史的な視点から見ても納得できる風に推察を重ねる…。

ただ、キリスト教を批判するだけの本ならつまらないことでしょうが、
阿刀田さん自身がイエスに共感し、ピエタを見て涙が溢れたりしたという
人柄だからこそ、読んでいて気持ちのいい内容になっているんでしょう。

しかしまあ、聖書を知ってる知っていないで、人生の楽しみ方が
なんと変わることか。世界は宗教の歴史の上に立っているといっても
過言ではない。ましてキリスト教ならなおさら。
阿刀田さん推奨派と云う訳ではないが、聖書の内容を軽く知りたい
というなら、是非最初に読んでみて!と薦めれる本です。


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