スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不思議な少年

2009年08月14日 01:38

『マーク・トウェイン』著 中野 好夫 訳 岩波文庫 251ページ

「トム・ソーヤーの冒険」「ハックルベリーフィンの冒険」から
少し雰囲気が変わって、内容もペシミズムに満ちたものになっています。
それぞれのあらすじ、感想はリンク先へ。

ペシミズムとは、物事を悲観的に捉える思想のこと。
要するに、「こんな世の中やってらんねー!」ということですよね。
…何度も覚えようとしても、横文字はなかなか覚えれません(笑)。

16世紀、オーストリアのある村に「サタン」と名乗る美少年がやってくる。
サタンは不思議な奇跡を起こすことができた。望むことは何でもかなえる力があり、
人が考えることはすべて分かってしまう。…なぜなら、彼は「天使」だったからだ。

村の3人の少年たちは、彼の力と不思議な魅力に魅せられる。
しかし、「天使」と「人間」では明らかに違いすぎた。
天使にとって人間は、象が蟻を気にしないのと同じような感覚であり、
死のうが生きようが、取るに足りないものなのだ。

サタンが引き起こす不思議な出来事は、楽しいことばかりではなかった。
「善と悪」の感覚がないため、人を殺すことも平気でやってのけるのだ。
しかし、そこに悪意はない。動物が楽しんで他の生き物を殺すことをしないように。
人間は「善と悪」を区別する「良心」があるからこそ、もっとも下劣な下等動物なのだ…!
サタンはそうして、人々の運命を変えていくのだった。

非常に奥が深い。「不思議な少年」はマーク・トウェイン晩年の作品ですが、
「突き詰めて考えると人間は一番下等…」という結論に至った作者が、
必死にそうでないと思いたがってる気持ちの揺れが感じられます。
そういえば、ハック・フィンの作品でも奴隷制度を通して人間の在り方を考えていたようですしね。

「不思議な少年」は、マーク・トウェインの死後、編集されて出版されたものですが、
草稿では、もともとキリスト教や権力社会に対して、もっとキツい批判をしていたようです。
現代のように表現が自由であれば、もっと辛辣な作品を残していたかもしれない作家ですね。
トムやハックの冒険譚で、大衆向けのイメージが強い作家になってますが、本来は違うのでしょう。

以前紹介した「ロミオとジュリエット」「黒猫・モルグ街の殺人事件」でもお馴染みの中野訳。
中野さんのはどれもかなり読みやすく、かつ表現も質が落ちないのでGood。
この苦悩に溢れた作品の訳者としてピッタリでしょう!(笑)

ちなみにウィキで知りましたが、マーク・トウェインと「あしながおじさん」
ウェブスターって、親戚同士だったんですねえ。プチトリビアでした。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

スポンサーサイト

ハックルベリー・フィンの冒険(下)

2008年07月30日 22:26

『マーク・トウェイン』著 西田 実 訳 岩波文庫 268ページ

筏で何日もミシシッピ川を下っていくハックと、黒人奴隷のジム。
ひょんなことから同行することになったペテン師2人も加わって、彼らの旅は続く。

上巻の参照はこちら→http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-143.html

上巻の紹介の時に、「アメリカ文学は人間性の重みが薄い」と私見を述べましたが、
下巻に入って少し違った印象を受けました。それは、作者自身の変化があったのでしょうか?
執筆に7年を要したこの作品は、大きく分けて三つの場面で構成されています。

最初は父親のもとを抜けだして、逃亡奴隷のジムと一緒に筏で旅に出たあとの数日間、
そしてのんびりやっていた2人にペテン師が加わり、その汚い金儲けの手伝いをした日々、
最後にトム・ソーヤーと協力して、捕まったジムを助ける冒険。

トム・ソーヤーがまた出てきて、どうして一緒に冒険をすることになったのかは、
本編を参照して頂くとして、この三つの場面では明らかに物語の雰囲気も変わっているし、
ハックの心の悩みとか、ジムの人情溢れる人柄とか、ハックとトムの対照的な性格などが読み取れます。
7年という「産みの苦しみ」の中で、人間味を楽しめる作風に変化しています。

最初の段階で、ハックは逃亡してきた奴隷のジムと一緒に旅をしますが、
この時代、逃亡奴隷を匿う事は重大な犯罪だったので、それを告発すべきかどうか、
ハックは深く悩みます。でも、優しいジムと一緒にいると、自由にしてやりたい気持ちになる。
そんな揺れる気持ちが表現された、人間味のある作品になっていました。

この本を読むにあたって、一番いいのはやっぱり「トム・ソーヤーの冒険」と対で読むことだと思います。
この二人、似ているようで実は正反対。

トムは色々な小説を読んで、それに憧れて自分で冒険を作り出していましたが、
ハックは実際に起こった事件に巻き込まれて、それを自分なりに頭を使って乗り切っています。
あきらかに見かけを大事にして、カッコいい冒険をしようとするトムと、
できたら事件なんか起こらずにのんびりやりたいと思うハックは、どっちかというと現実主義。

「トム・ソーヤーの冒険」は子供向けの本もたくさん出されていますが、
「ハックルベリー・フィン」の冒険は、児童書ではあまり見かけません。
私もハックの冒険は大人向けの印象を受けました。

汚いペテン師の仕事や、くだらない怨恨、せせこましい教会でのお説教と、教育。
「なんてったって筏ほどいいところはねえな」。
ハックの自由に生きる生き方は、靄が渦巻く社会生活と対照的である。
大人向けと思える所以は、ハックが文字を通して読む私たちに、
その安堵感溢れる筏へ乗せてくれるような気がするからだ。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

ハックルベリー・フィンの冒険(上)

2008年07月17日 20:57

『マーク・トウェイン』著 西田 実 訳 岩波文庫 278ページ

ハックルベリーといえば、あのトム・ソーヤーの友達。
浮浪児で学校に行かず、自由気ままに毎日を暮らしているハックは、みんなの憧れの的。
前回の『トム・ソーヤーの冒険』では、財宝を見つけて6千ドルという大金持ちになったトムとハック。
お金は町の判事さんが管理しているけれど、ハック自身はちっとも関心がないみたい。

『トム・ソーヤーの冒険』はこちらから↓
http://hihidx.blog115.fc2.com/blog-entry-117.html

一躍有名になったハックは、未亡人に引き取られて、今までの気ままな生活から、
学校へ行って読み書きをして、普通の家庭の教育までを教えてもらえることになった。
けれど、タバコは吸えないし、お行儀作法やら食事の前のお祈りやら、
ハックにとっては窮屈極まりない生活だった。

ある日、これまた浮浪者で飲んだくれの父親が、ハックがお金持ちになったことを知って引き取りに来る。
もちろん、お酒のお金が必要だからというのは目に見えている。
ハックは一計を案じて、黒人奴隷のジムと一緒に筏に乗って街を抜け出した。

筏でミシシッピ川を何日も下り、釣りをしたり、昼寝をしたり、泳いだり、
時には途中の街に寄ったり、難破船の捜索をしたり…。
どこまでもどこまでも下流へ旅をしていく。

何日も川を下る旅をするなんて、日本に住む私たちにはあまり想像が出来ない。
アメリカのこういった自然を感じる文学は、どうも雄大すぎて馴染めないのが残念なところ。
しかし、南北戦争時代の、何となくゆっくり時間が過ぎていくような生活にあこがれを感じる。
この小説には目的がない。ハックはどこへ行く当てもなく、いつか故郷の町へ戻りたいという気持ちもない。
ただ、一日一日を自由に過ごしているだけだ。

大型船とぶつかって、川に投げ出された時、たまたまそこの岸の近くの家にお世話になることもあった。
何不自由なく、毎日おなかいっぱい食べれて、着るものもあるけれど、結局のところハックは筏の生活へ戻る。
裕福な生活が、実は色々な制約で縛られているという事を、気が付かないまでも感じているかのように。

そんな風に生きているハックだから、同じ少年でもトム・ソーヤーとは少し違っている。
どこか現実的に物事をとらえるようなところがあって、子供だけれど発想は大人びている。
面白かったのは、ハックが父親から教わったこと、

「とうちゃんから教わった事は何もないけれど、とうちゃんと同類の連中と付き合うには、
そいつらの勝手にさせておくことがいいってことだけは、教わった」
こんなハックだから、頭の良さは抜群。とっさの嘘も得意で、色々と危ない場面も切り抜ける。
まさに、「冒険」というタイトルに相応しい内容。

作者のマーク・トウェインは、この作品を深読みして、教訓などを読み取ろうとすることを拒否している。
この本から教訓を読み取ろうとするものは訴えられたいい。とまで言っている。
それもそのはず。読んでみたら分かるけれど、この本は気ままな旅を一緒に同行している気分になれる。
そこに教訓だのなんだのと、自由に生きるハックに求める事がすでに意味がない。

アメリカ文学は、登場人物の感情や性格、人間性の重みが薄いと言われるけれど、
正直なところ私もそう思う。これは、そういう人物像に重点を置いた物語なのではなく、
自然や、時間の流れにとらわれないきままさ、穏やかさを感じる物語なのだと、そう感じる。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ

トム・ソーヤーの冒険

2008年04月24日 22:46

『マーク・トウェイン』著 岡上 鈴江 訳 ポプラ社文庫 206ページ

海賊ごっこをして、数日間行方をくらませたり、宝物さがしをしたり、
洞窟からの大脱出をしたり…。さながら、毎日が冒険の日々。

十五少年漂流記のようなものを想像していたんですが、
アメリカの田舎を舞台にて、普通に学校に通ってる少年の物語。
わんぱくで機転がきき、悪戯好きなトムには毎日が普通の日々なんて耐えられないようです。

友人のハックは、その後、「ハックルベリ・フィンの冒険」という著書にも登場しますが、
親なしで自由に毎日を過ごす少年。ある日、トムにいぼ取りのまじないを持ちかけ、
真夜中の墓地へ冒険へ赴きます。
しかし、そこで目にしたのは恐ろしい殺人事件だったのです。。。

その日見た事は決して誰にもしゃべらないという事を約束して、
トムとハックは血判状の誓いを立てます。
それが、なんとも可愛い。ちゃんとピンで指から血を出して押すのです。
ちょっと大人気取りで自分を大きく見せる少年たちが、最後に宝物を見つけるのは爽快。

ネコをいじめたことでおばさんに怒られたトムは、
「おばさんは僕よりネコの方が可愛いんだ」と思って、家での決意をします。
学校にも教会にも行かなくていい自由気ままな生活に憧れ、
トムと友達のジョー、そしてハックの三人はいかだに乗って海賊になろうと旅立ちます。

辿り着いた島で釣った魚を焼いて食べ、ウミガメの卵を取り、川で遊んで楽しく過ごす三人。
でも、街では少年たちが行方不明になって大騒ぎ。
いかだが流されているので、もう三人は死んでしまったとみんなは思います。

だんだん家が恋しくなってきた少年たちだったけど、海賊になった今、
寂しいなんてなかなか言い出せません。
そこで、三人のお葬式が行われる日曜日に帰ろうと相談が決まりました。

もう絶対家には帰らないぞ!最初はそう思っていても、だんだん不安になってくる…。
そんな無鉄砲な気持ちが、とても懐かしく感じませんか?

アメリカ開拓時代の面影を残す舞台で、少年たちの小さな冒険が次々展開されます。
ポプラ社文庫は、小学生向けの本なので、内容も簡単に描かれていますが、
本当はちゃんとした小説なので、ハックの方は岩波で読んでみたいですね。


参考になった!という方はゼヒ押してくださいッ →  にほんブログ村 本ブログへ




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。