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地底旅行

2010年08月01日 02:00

ジュール・ヴェルヌ』著 朝比奈弘治 訳 岩波文庫 477ページ

こんにちは~、お久しぶりです。
まだ見ていただいている方が、はたしていらっしゃるのかしら(笑)。
年末から、新居を建てて、引越、結婚、新婚旅行とバタバタしていました。
先日、旅行から帰ってきて、やっとこさ落ち着きを取り戻し始めた我が家です。

旅行はトルコへ行ってきましたよ。当初はイギリスへ行く予定でした。
シェイクスピアコナン・ドイルスティーブンソンディケンズなど好きな作家が多く、
アーサー王など、伝説も私達夫婦の好きなものが揃っていたので。
アイスランドの火山の影響で中止になりましたが、結果的にはトルコで良かったです。
雄大で美しく、神秘的な国で、忘れられない一生の思い出ができました。

にしても、世の中の奥様は大変ですね。一緒に暮らして最初の三カ月は家事に忙殺されて、
結婚なんてしなけりゃよかった…と思ったこともありました。(すまん、旦那よ)
仕事との両立に慣れはじめた頃から、苦にならない本を何冊かぼちぼち読み始めました。
ブログに書くのもおっくうな日々でしたので、紹介はできませんでした。
オズの魔法使いシリーズを少しと、グレアム・ヤング「毒殺日記」や、
映画「告白」小説版ディケンズトーマス・マンなども少し。
相変わらず、ジャンルを絞らないで、ふらふらとあっちこっちに手を出しています。

その中でも、やっぱり自分の好きな作家は外せないもので、ヴェルヌも勿論読みました。
地底旅行(原題:地球の中心への旅)は随分前に児童向けを紹介しましたが、彼の児童向けの作品は、
「十五少年漂流記」くらいで、この作品も本来はある程度のページを有する一般向けです。

前にも触れたかもしれませんが、まだ教育が宗教と融合して、科学をないがしろにしていた時代、
こういった化学、地質学、鉱物学などの分野を、小説で興味深く大衆へ浸透させたヴェルヌは偉大です。

あらすじは児童向けを参照していただくとして、構成に少し触れたいと思います。
死火山から地球の中心へいき、地表に戻ってくるまでの話ですが、その死火山にいきつくまでが、長いです。
主人公のアクセル(小説の一人称である「私」本人)と、超頑固者のリーデンブロック教授、
寡黙な雇い人ハンスの人となりが、その間によく分かります。
ルーン文字の解読、旅行の用意、ドイツからアイスランドへ渡る、現地の人との交流、登山…。
これが火口に入るまでの内容ですが、この作家の特徴である「土地柄の説明」も長く、本書の3分の1が終わります。
ちょっと間延びする感じはありますが、私的にはそういうところも好きなので、OKです。

初期の作品と言う事もあり、明るく冒険的思考に溢れた若々しい作品です。
1870年の普仏戦争前なので、物語のブレイン役であるリーデンブロック教授が、
ドイツ人で頑固者という設定も、まだ「好意的」な描かれ方をしていると思います。
せっかちで、誰かを呼んで数秒もしないうちに「まだ来ないのか」と怒る様子などは、
「愛すべき性格」と感じますし、「インド王妃の遺産」でのドイツへの敵対心とは比べものになりません。

ハンスについては、ヴェルヌが持っているアイスランド人の印象を、そのまま反映したかのような人物だし、
アクセルについては(変人のリーデンブロック教授に反して)一般的な青年のため、3人のバランスがGood。
いやいや旅行に連れて行かれるアクセルが、最後には「英雄(リーデンブロック)の甥」として、
華々しく世の中に称えられる事、その後のフィアンセとの結婚…と、人間的な部分をこの作品に提供しています。

科学的な部分に関しては、地球の中心は熱いという事実に反して物語が進んで行ったり、
良く分からない発光現象によって、地下の空洞が明るかったりというのはありますが、
あくまでも空想科学小説なので、許容範囲でしょう。
地下で次々に起こる事象は幻想的、抽象的であっても、圧力計、羅針盤等であくまでも
啓蒙的に現代科学へ結び付けられ、ファンタジー小説へ落としこまないところが嬉しい。

巻末の解説が、だいたい自分の感じていた事と似通っていたのが面白かった。
彼らの冒険は途中で挫折し、火山の噴火とと共に火口から押し出されて終わります。
つまり「地球の中心へはたどり着く事が出来ない」。ヴェルヌは科学に大きな可能性があると信じている反面、
その限界や、人間が達してはいけない領域(神の領域と呼ぶべきか)も見据えていた作家なので、
たどり着けなかった事は「ああ、やっぱりな」という感じがします。
地底に潜っていくにつれ、旧世代の地層や生き物に遭遇しますが、それらを最後まで突き詰めていけば、
結果的にタブーの世界、人間が及んではいけない世界への旅となってしまうかもしれません。
まあ、作家の本意はわかりませんが。

岩波で嬉しいのは、「原著の挿絵」がすべて入っているところ。
これだけのために、岩波を選んでも損はないでしょう。翻訳も読みやすく特に問題を感じませんでした。
もちろん、ひひの中ではトップクラスの評価ができる作品でした。大満足。


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点子ちゃんとアントン

2009年12月26日 00:54

エーリヒ・ケストナー』著 池田香代子 訳 岩波少年文庫 204ページ

ケストナー三連発。
電車の中で読むと、児童文学の表紙丸出しなので、ちょっと恥ずかしい。
「エーミールと探偵たち」「エーミールと三人のふたご」の二作の間に書かれたもの。

<あらすじ>
お金持ちで、想像力が豊かすぎる元気な女の子、点子ちゃん。
(本名はルイーゼ。生まれて一年、全然大きくならなかったので、点子ちゃんというあだ名がついた)
お父さんはステッキ会社の社長で、お母さんは自由気ままに贅沢暮らしをしている。

点子ちゃんには、アントンという男の子の友達がいた。
アントンのお母さんは病気でベッドから出る事が出来ない。
アントンは料理や家事をして、夜中にこっそりお金も稼いでいる。

夜中にどうやってお金を稼ぐかと言うと、靴ひもを街頭で売る仕事だ。
点子ちゃんも、夜中に養育係のアンダハトさんと街中へ出かけて、
アンダハトさんの彼氏にあげるため、マッチ売りの少女のお芝居をしてお金を稼いでいる。

ところが、点子ちゃんが物乞いでお金を稼いでいるところをお父さんに見つかってしまう。
同時に、アンダハトさんの彼氏が、点子ちゃんの家に強盗に押し入ろうとしている事実も
発覚して、最後には善良な人が救われて、悪い人はそれなりの罰を受ける結末に終わる。
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点子ちゃんのおちゃめぶりが、キュート。
ケストナーはどうしてこうも、キャラ作りが上手なんでしょうね。
壁に向かって、マッチ売りの少女の練習をする女の子…という設定は面白い。

この物語は、16の章からなっていますが、それぞれの終わりに「立ち止まって考えたこと」という、
ケストナーの人物や人生に対する考察が、子供に語りかけるように書かれてあり、それが特に面白い。
「義務について」、「誇りについて」、「空想について」、「勇気について」…という具合。
ケストナーがナチスに圧力をかけられていた…というのは前に少し触れましたが、
平和に何が必要なのか、ケストナーはやんわりとこの「立ち止まって考えたこと」で伝えています。

この物語は、結局は悪人が裁かれて、善人は幸せになるという結末を迎えますが、
彼の時代では、現実は必ずしもそうではない。将来、公正な世界が実現するために、
「みんなは、ぼくたちおとなのほとんどよりも、きちんとした人になってほしい。
 正直な人になってほしい。わけへだてのない人になってほしい。かしこい人になってほしい」
と、最後の考察、「ハッピーエンドについて」で述べています。

こんな明るい話が、ナチス政権下で描かれていたのかと思うと、すごいなあと思う。
エーミールのシリーズにしてもそうだし、彼の描く作品には、「正しい子供」が、
将来を担ってほしいという気持ちが込められているのだなあと感じます。

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エーミールと三人のふたご

2009年12月24日 00:34

エーリヒ・ケストナー』著 池田香代子 訳 岩波少年文庫 297ページ

「エーミールと探偵たち」の続編。エーミールの物語は、この第二作目で完結です。
前作とは、少し印象も変わって、ちょっと大人の要素も盛り込まれていました。

<あらすじ>
前回の事件から、2年後の物語。
あの後、彼らの活躍は有名になり、映画として上映されることにもなった。

一作目ではほんのわき役だったイェシュケ巡査は、警部になっていて、
エーミールのお母さんと結婚したいと申し出ていた。
(エーミールのお父さんは、彼が小さい頃に亡くなっていた)
複雑な気持ちに揺れていたある日、かつての探偵仲間の教授から手紙が届く。

そこには、教授の大叔母さんが亡くなって、彼が海辺の屋敷を相続した事、
夏休みにみんなでまた、集まって泊まりに来ないかという事が書かれていた。
かくて仲間は再開し、たのしい休みを過ごすことになった。

ところが、そこでまた、ある事件が持ち上がり…。
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個人的には、前作の方が好きでした。
お金が盗まれて、仲間が集って、捕まえて…というストレートな進行が、
二作目になってから、大人たちのコペンハーゲンの旅が語られたり、
再婚騒動が持ち上がったり…と、少々騒がしい感じがしました。

主人公たちは、相変わらず良いキャラだしてますし、
大人たちの素敵な包容力は、作品に魅力を与えているのですが、
今回は大人に捨てられて置いてきぼりになる少年とか、
(結局、置いて行った方はそのまま逃げてしまう)
再婚する母親の幸せを考えて、自分悲しみを我慢するエーミールとか、
「人生ってつらいもんだなあ」というセリフが、しみじみと語られるあたり、
「少年たちの大冒険」!といった、前作とは違っています。

2年たって、少し大人になった少年たちを書きたかったのかな。
母親の再婚に悩むエーミールに、教授がこっそり相談に乗るシーンなんか、いいなと思います。
「おれたち、ずっと友達でいような、長い髭のじいさんになっても」
これはグスタフのセリフですが、この後の続編が無いのは非常に残念。

岩波のケストナー全集は、高橋健二氏の翻訳ですが、
高橋訳は「~です」「~ます」で、
池田女史の方は「~した」「~なのだ」という訳。
どちらがいいかは分かりませんが、また読み比べをしてみようと思います。


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エーミールと探偵たち

2009年12月22日 00:35

エーリヒ・ケストナー』著 池田香代子 訳 岩波少年文庫 230ページ

小学4~5年生向けの文庫です。高橋健二氏の訳では、
岩波からケストナー全集として全8巻+別巻で出版されてます。
作品自体が児童向けに書かれていますが、大人でも充分楽しめます。

<あらすじ>
おばあちゃんを訪ねて、一人ベルリンへ出かけたエーミール。
しかし列車の中で、お母さんから預かった大切な140マルクのお金を、
グルントアイス氏という人に盗まれてしまう。
エーミールは泥棒を捕まえてお金を返してもらうため、
一文無しで、知っている人も誰もいないベルリンに飛び出します。

まず彼を助けてくれたのは、いつも車のクラクションを持ち歩いているグスタフ。
事情を聞いた彼は、クラクションを鳴らして少年たちを集めてきます。
少年探偵たちは、電話センター班、待機班、追跡班と役割分担を決め、
それぞれの持ち場について、泥棒を見張り続けます。

はたして、エーミールが取られたお金は、無事に帰ってくるのでしょうか。
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妙に背伸びした子供たちが本当にかわいい。
「だって、僕のものは僕のものだもん。他の誰かのポケットに入ってたってさ」
「道徳的には、お前が正しいよ。だけど、裁判所はお前を有罪にする。
 ここんとこ、大人だって分かってないやつはいっぱいいる。だけどそういうことなんだよ」
こういう、ちゃんと正攻法で取り返さなければならないと知っているところが、純粋だなあ。

深読みする必要がないので、やっぱり児童文学だな~とは思うのですが、
ファンタジーとか○○姫…ではなく、普通の日常生活が舞台で、
ここまでイイ作品が書けるのは、何が他と違うんだろう?と思う。
一つはキャラクターが極めて引き立っている事かな。
子供が、子供の域をでないで、登場人物たちのバランスが取れている。
頭のいい司令塔の教授、「てやんでい」が口癖の大胆なグスタフ…。
ズッコケ三人組のバランスの取れ具合と行ったらいいだろうか。あんな感じ。

もう一つは話のまとまり方。起承転結のつけ方が非常にうまい。
セオリー通りですが、子供のころのわくわく感が持続してライトに終わります。
ケストナー自身も作品中に出てきたり、物語構成を考案する模様を描いた序文など、
小気味いいポイントをいくつか入れてくれています。子供も飽きずに読み終わりそう。

作品の中では、理容師をしている母親が登場しますが、ケストナーの母親も理容師。
彼はマザコンであったらしいですが、この作品中にも母親への愛が溢れています。
ナチ政権下で圧迫を受けるも、亡命せずに活動を続けたことなど、興味深い作家です。
彼の生涯については、ケストナー(ナチスに抵抗し続けた作家)が参考として面白そうですね~。
とりあえず全集に収録されている話を全部を読んでみて、気になるようなら買ってみようかしら。
この作品の続編「エーミールと三人のふたご」は、次回紹介します。


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人魚の姫 童話集Ⅰ

2009年12月20日 23:22

アンデルセン』著 矢崎源九郎 訳 新潮文庫 259ページ

寒過ぎて、パソコンデスクの前に座るのが億劫だわぁ…。
本は読んでるんですが…更新頻度が遅くてすいません。

12月はクリスマスも迎えるという事で、優しくなれる本が読みたくなりますね。
…と言っても、アンデルセンの童話は悲しい結末の方が多いですが…。

いわずと知れた人魚姫。子供向けの本で誰でも読んでいる作品ですが、
実際今読んでみても、ちょっと涙ぐんでしまうほど悲しい話です。
あらすじは、いまさら紹介する必要もないですね。
私が読んだ新潮のは、最後に泡になって終わるのではなくて、
人間の魂を手に入れるために、空気の精として生まれ変わるという結末でした。

この本には、全部で16話が収録されています。
・すずの兵隊さん    ・ナイチンゲール
・のろまのハンス    ・イーダちゃんのお花
・モミの木         ・雪だるま
・アヒルの庭で      ・人形つかい
・幸福な一家       ・ペンとインキつぼ
・ほんとにそのとおり!  ・いいなずけ
・わるい王さま(伝説)  ・眠りの精
・アンエ・リスペット   ・人魚の姫

タイトルから分かりますが、人間が主人公でないもののほうが多いです。
ツリーや雪だるまなど、季節もので、人に忘れられてゆくものなど、
それらの視点から見れば、悲しい定めな事に気が付きます。

アンデルセンは、そういった悲しい物語を、ラストに救うことなく、
「そういうものなのです」と半ば諦めのような結末で描く。
読み終えた後に、幸せになった物語はほとんどなかったので、なんでかなぁと思ったのですが、
もともと貧しい家の生まれで、失恋も何度か経験していた…という作者の生い立ちを読んだときに、
なるほどなぁ~と思いました。アンデルセンが信心深い印象を受けるのも、
「死んで天国に行く」、「現世はつらい事ばかり」という所へ行き着く前提なのか。

ユーモアに関しては、小説ならではの醍醐味でした。
本文一ページ目の「すずの兵隊さん」の書き出しから印象的。

「あるところに、二十五人のすずの兵隊さんがいました。
 この兵隊さんたちは、みんな兄弟でした。
 なぜって、みんなは、一本の古いすずのさじをとかして作られていましたから」

児童書では省かれてしまうような比喩や揶揄が、盛りだくさんで楽しめました。


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